あかね雲
概要: ご飯を食べることは人生の大いなる喜びだ。 心の底からそれを信じている彼女は、豊かなサンローランの屋台を思う存分満喫していた。 「これはなんだ?」 「子芋を油で揚げて串にさしたもの。美味しいよ。食べる?」 「食べる。亭主二つくれ。これは?」 「穀物の粉を水で溶いて卵と混ぜて、野菜や魚介と一緒に焼いたもの。香ばしくって、魚介の旨みが出てて美味しいよ」 「これも貰おう。あれは?」 「皮つきの果物ってすぐに...
概要: クリスが友人に言われたことは、こうだ。 「いい、あんたはちょっと男を立てるっていうのを覚えなさい!」 友人はこんこんと諭したものである。 「あんたがどれほど強かろうが、大抵の、いやええとこの世のほとんどの男は殴り倒せようが、だからといって、男は女に庇われたらプライドが傷つくもんなの! 女は男に庇われたって傷つかないけど、男はちがうの。男はね、女より上に立ちたいもんなの。見栄をはりたい生き物なのよ...
概要: そのとき、彼女は絶体絶命の危機にいた。 「さあーあ、吐いてもらいましょうか。いったいどこで、どういう事情で、そうなったのかな?」 ぐいと詰め寄られ、サンローランの主は思わず一歩引く。 「そ、そそそれは」 「もっちろん、根掘り葉掘り、話してくれるわよね~?」 嬉しそうな満面の笑顔でにじり寄るのは、彼女の数少ない女友達である。 ガールズトーク、堂々の第一位といえば恋バナだ。 この町の主で、本人が気...
概要: リオンが大仕事を終えた後のジョカに食事を届け、一緒に食事をしていると、リオンの顔には自然と笑顔が浮かぶ。 二人とも胃袋はからっぽなのでひたすら胃に食物を送る作業に熱中しているが、気詰まり感は一切ない。 ときどき顔を上げ、ジョカと目を合わせるだけでほのぼのとした温かい気持ちになれた。 沈黙が気持ちを追いつめ、何か言わなくてはと焦らせるのではなく、通じ合っている。無駄に話をする必要はない。 親密...
概要: 森の精霊族であるマーラは、人族とは食物からして違う。 彼の主食は果物だ。植物性のものなら食べられるので、穀物もパンも口にできるのだが、やはり生の植物が最もおいしく、その中でも果物が甘くて美味である。 しかし、果物というのは結構高い。冬ならば尚更高い。 しかし、家には季節を問わず、常に果物が数種、中には海を渡ってきた高価な果物なども常備されている。むろん、彼のためだ。 「マーラ。いい加減に、した...
概要: スゾンは彼女の仲間のエルフを訪ねた。 「マーラどの?」 呼びかけると、ぎょっとした様子で、彼は振り返った。 緑髪の、優しげな美貌。――中身は泥水だが。 「……あ、あなたですか……」 机の上で、何か作業をしていた彼は、動揺を隠せない様子で、しかし椅子に座っていたので後ずさることもできず半立ちの姿勢だ。 その顔をスゾンは眺めた。――記憶は主観で構成される。だが、それを差し引いても。 「……人は、変わるもので...
概要: 質問は、会話の流れのたゆとうまま、穏やかに紡がれた。 「あなたは、魔族の国の正妃となって、同じことをあっちでするつもりですね?」 「ええ」 彼女は、すんなりと頷いた。 隠すような事でもない、と思っているのだろう。 サンローランと同じように。同じことを。たくさんの異種族が平和に暮らせる場所を。 彼女の人脈と王妃の権力を用いれば、もっと容易くできるだろう。 「お手伝いしますよ」 「そうね、おねがい。...
概要: 魔術師という輩は、知的好奇心に満ち溢れた人間である――というわけでもないらしい。 スゾンはサンローランの町に入ってから(入る時にゾンビを入れるなんてとんでもない! と三悶着ほどあったが、主である少女の言葉に最終的には全員が従った)、日々を実験台にされているのだが、魔術師がぞろぞろ要るこの町のなかでも、明確に温度差があった。 一番研究熱心なのは、人族の魔術師だ。 力量的には最下位に位置するけれど...
概要: 一つわかったのは、どうやら、マーラの下準備のほどを甘く見ていた、ということだ。 「ご結婚されるそうですな。いや、めでたいことでございます」 通り一遍のあいさつの後、にこにこと相手が切り出したときは、さあ来たかと思ったが――。 町の防衛体勢などの打ち合わせを軽くして、 「どうぞ、お幸せになってくださいますように」 と、結婚祝いの手土産を渡すと、さっさと帰っていった。 「……え?」 取り残され、少女は重...
概要: 世の男は処女性を尊ぶ。 そんなことは彼女だって知っているのだ。 魔族は人族と違って処女信仰は無く、離婚も再婚もずっと自由である。それも知っている。 だが、魔王が彼女が未経験であることに喜んでいる事もまた、気づいているのだ。 どうやら、愛する相手に自分以外の男が触れていないというのは、種族関係なく世の男にとって歓迎すべきことらしい。 「……ううう」 サンローランの町に帰って一週間。 すでに彼女...
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