カンカンカンッ!
木製の剣を打ち合う澄んだ音が響く。
王宮の地下に設けられた練兵場で、二人の少年が闘っていた。
一人は白い綿のシャツに兵士が着るズボンをはいただけという簡素な姿をしているものの、金の髪が眩しい十四歳のこの国の第一王子であり、もう一人はブラウンの髪をした、褐色の肌の同年代の少年である。
木剣と言っても打撃の殺傷力は真剣のそれと変わりない。
普通ならば王子に対してふるう剣筋にためらいが出てしまうが、よく日に焼けた少年は全力で剣をふるっていた。
リオンの剣を受け止め、はじき返し、受け流すうち、少年―――カザの顔に笑みが浮かんでいく。
最初、父に言われ、王宮に伺候したときは面倒くさいという感情しかなかった。父が同年代の友人を王子が欲しがっていると聞かされたら尚更だ。
この国の王子様が、取り巻きの一人に毛色の変わった多少腕の立つのを欲しがっているとしか思えなかった。
それでも王子の命令とあれば逆らえず、これから先は王子のパシリになるのかと、憂鬱な気持ちだったものだ。
ところが、会ってみた王子はとんでもない美貌の持ち主で、それにまず度肝を抜かれた。
確かに、「輝ける王子」の噂は聞いていたし、父からもそのように言われていたが、あそこまでとは思わなかった。
そして、王子は、自分を見てにっこりと笑った。
……今思えばその笑顔にガツンとやられてしまったのだろう。ほわわ~となっているうちにあれよあれよと王子と試合をすることになり、試合をしてみたら王子は意外な使い手でつい本気で打ってしまい、罵声と牢獄を覚悟していたら、王子はまたもにっこりと笑って「今後も手加減なしで頼む」と言ったのだ。
あれ、こいつ、思ってたよりずっといいじゃん。
王子は、所詮王子様のお遊びの範疇と思っていた自分の思いを打ち砕くほど立派に剣を遣う。そして、手を合わせるたび強くなっていくのだ。
同世代の稽古仲間など相手にはならず、大人とばかり試合をしていたカザにとっても、初めてまともに打ち合うことのできる同世代の「友人」だった。
自分の父に剣を習ったので剣筋は同型。
リオンはどんどん強くなっているが、今はまだ自分の方が強い。そして、これからもそのつもりだ。
一生、追いつかせやしない。
リオンが強くなればなるだけ、自分も強くなる。
交わった剣を間に挟み、二人はにらみあった。
カザの口元には笑み。
そして、リオンの口元にも、同じものが浮かんでいた。
力任せに押しやると、力で劣るリオンの足元の砂がずりずりと動く。
リオンの表情に焦りが見えた瞬間、カザは剣を引き、リオンの腹部を思い切り蹴りつけた。
「ぐっ!」
体勢が崩れた所にこんなものをくらってはたまらない。
リオンはふっとび、演習場の周囲をぐるりと囲む砂俵に背中からぶつかった。
そこに、カザの木剣が喉元につきつけられた。
「また、おれの勝ち」
肩を上下させ息を整えながらカザが宣言すると、リオンは悔しげな顔で立ち上がった。
「くそ……また負けた」
カザは剣を引く。
この「王子様」は陰湿なところがない。王族の自分を蹴るなんて、とか、たまには負けろとかは、一切言わない。もし自分が手を抜いたら、それこそ憤然と怒るだろう。
そういうところを、カザはとても気に入っていた。
リオンは上半身は綿のシャツを一枚着ただけの姿で、カザも似たような姿である。
二人とも息が乱れ、汗でシャツが体に張り付いていた。
「カザには負けてばかりだ」
「あったりまえだろー年季がちがうよ、年季が!」
「私は、そんなに弱くないと思っていたんだが」
「お前は結構強いぜ。ただ、俺がそれ以上に強いだけ」
「だいぶ、強くなったと思っていたんだがな」
「うん、お前強くなった。会った頃に比べて腕も太くなったし力も段違いに強くなった。ただやっぱり足腰弱いな。あとすぐ息が切れる。力任せって結構効果あんだぜ。今日みたいに」
リオンは真面目に聞いていた。
「それと、お前、時々木剣だからって打つところ甘くなってる」
カザは、剣を目の前に差し出し、指し示しながら言う。
「剣の刃は、きちんとした角度でないと、切れない。鍔元や切っ先はその気で当てないと切れないことがほとんどだ。木剣なら、剣の中腹を常に意識しろ。リオンは、ときどきそれがずれる。もちろん意識してやるならいいんだけど、無意識だろ」
「ああ。気づいてなかった」
悔しそうに言う。
「それ、実戦でやったら斬りそこないになるから気をつけろよ」
リオンは真剣に聞いていて、本気で強くなりたいのだとわかる。
その真摯な態度も、カザは好きだった。
輝ける王子。
月の光を集めたような金の髪。海の青より蒼く、空より青い紺碧の瞳。顔立ちは玲瓏として端麗。人柄は誠実。頭も切れ英明で、剣の才もあり、いたって健康。
いくらなんでも誇張で、半分ほんとなら上出来だろ、と思っていたら、実物と接して、ひっくり返った。母国の第一王子は、まことに非の打ちどころのない人間であった。
はー、まったくこんな完璧な人間いるんだな、というのがカザの感想である。
もちろん、自国民としては、こういう王子が王になってくれた方が、放蕩王子の千倍いい。
第一王子だということもありがたい。なまじこんな完璧な王子が第二王子だったら、国を割るもとになってしまう。
リオンは十四歳。来年には立太子式が行われるだろう。
将来、リオンが王になったら、きっとカザはこんな王を戴く国の民であることを誇りに思い、リオンのためなら、自ら志願して戦で死ぬことも怖くないだろう。
同様のことを思う人間は多くいるようで、王子個人への信奉者も多いと聞く。そりゃあなあ、とリオンに接して、カザも思った。
こいつなら、できるよな。
リオンはシャツをぱたぱたさせて空気を送り込みながら言う。
「カザ。一緒に湯浴みしないか?」
「ん……やめとくよ」
カザはあいまいに笑って断る。
提案に心惹かれるものはあったが、カザの身分はそんなに高くない。それが、王子と一緒に入浴などとんでもなかった。
王子は気にするなというが、世話をする従僕は不満だろうし、面白くない人間の方が多いだろう。
自分の身分をわきまえ、いらない摩擦は避けるのが、この、身分が違いすぎる友人と長く付き合う秘訣だと、カザは悟っていた。
リオンもカザの態度で気づいたらしく、そうか、と引き下がった。
カザは、自分の木剣についた汗をぬぐい、布を巻いて、しまう。
練兵場に他に人はいない。
やはり王子を平気でぶっ叩いたり、蹴り飛ばしたり、場合によっては殴り飛ばしたりする姿を(しかも熱心な信奉者がいるリオンを)人に見せるのはかなりの身の危険をともなうため、人のいない地下練兵場へ来て、入口を父に見張ってもらっていたのだ。
かちゃりと音がして、地上へ上がる階段から父が顔を出した。
「終わりましたか」
リオンが答えた。
「はい、先生」
折り目正しい態度で一礼し、カザもそれにならう。
王族だから、と教師に横柄に振る舞う人間も多いが、リオンは剣術の教師である父に対し、礼儀正しい態度をとる。
父と一緒に家路をたどりながら、カザは尋ねた。
「リオンって、どうしてああかな?」
「ああとは?」
言葉を探して、カザは頭をひっくり返す。
「なんていうか……すげー優等生っていうか、ケチつけるところがないっていうか」
「そうだな、あの方が我が国の王子で、第一王子でよかった」
国の誰もが思っていることを口にする。
「だが、以前は今ほど、親しみやすい方ではなかった」
「え? そうなんだ」
「二年ほど前から、険が取れた。もともと聡明な方だ。頭が切れすぎて才気走っているところがあり、人を自分より愚か者だと見下している部分があった。まあ事実、ほとんどの者より聡明な方だから、否定もできないが。王妃様との関係が修復したそうだから、そのせいかな」
「へー……」
今からは思いつかない姿だ。
だが、その手の、自分が頭がいいことを鼻にかけた人間はカザの周囲にも沢山いるので、想像はできる。
鼻持ちならないイヤ~な奴である。
「人より先が見える目があると、多かれ少なかれ、そうなってしまうものだ。第一王子にとっては欠点とも言い難いので何も言わなかったが、ご自分で気づかれて、直された。―――立派な方だ」
おやおや、とカザは内心微笑みながら思う。
どうやら、父も、王子の信奉者のひとりらしい。
◆ ◆ ◆
週に一度の訪問は、もう、嫌ではないものになりつつあった。
「ジョカ? 私だリオンだ。明かりをつけてくれ」
入って声をかけると、返事がない。
またいつぞやのように寝ているのかと、テーブル上のランプを手に取り、奥へ進む。
長椅子の上に姿はなく、更に奥、寝台の方に進むと、寝台の上に影があった。
「ジョカ……?」
「王子、か……」
しわがれた声。
急いで近寄る。
ジョカの息づかいが荒い。天蓋の紗をめくって額に触れると、燃えるように熱かった。肌は汗ばみ、頬は紅潮している。
ジョカの瞳が、リオンを見て、ほっとしたようになごむ。胸をつかれた。
「み……ず」
「わかった、今持ってくる」
幸い、視線を巡らせると枕もとのチェストに水差しとコップがあった。
だが、持ち上げてそれが埃だらけだと気づく。もちろん、水も入っていない。
抱えあげ、ジョカがいつも茶を淹れる衝立の裏に回ると、そこには水道があった。
こんな埃だらけの代物で持っていくわけにはいかない。リオンは水差しに水を入れ、口を塞いで何度も振る。出てきた汚水を捨て、三回ほどそれを繰り返した。
コップは王族が使うような透明度の高い硝子製で、それを自分の指の腹でこすりながら水で洗う。もちろん、これが初めての洗い物、である。
できるかぎり綺麗にした水差しを持って戻り、コップに注いで、寝ているジョカに差し出すと、ジョカは上半身を起こそうとした。
背に腕を廻してそれを助け、水を飲ませる。
ジョカの喉がなった。
余程、喉が渇いていたのだろう。
こく、こく、こくと、水を飲み干し、リオンはもう一杯、飲ませた。
水分を取るとずいぶん楽になったのか、ジョカは息をつき、頭を寝台に沈める。
「ジョカ……どうしたんだ?」
ジョカは億劫そうに眼を開いた。
「……単なる、感冒だ。お前も病気になることぐらい、あるだろう……」
「ジョカも病気になることがあるのか?」
意外さに、思わず問い返してしまった。
「阿呆。俺は、人間だ……」
実は常々人間かどうか疑っていた。
「わかった。感冒なんだな? じゃあ薬師を呼んでくるから、待っていてくれ」
言いながら立ち上がろうとして、動きが止まった。
「駄目だ!」
ジョカが肘を支えに熱い体を起こし、そう声を上げたためだ。
「なぜだ?」
「俺は、お前ら以外と、会いたくない……!」
リオンは体を折り、宥める口調でいった。
「ジョカ。だが、今あなたは病を得ている。薬師の診察と、薬が必要なんだ。わかるだろう?」
返答は、凄絶な舌打ちだった。
リオンは戸惑いつつも立ち上がり、袖口をつかまれて立ち止った。
ジョカは、苦しい息の中、燃える瞳でこちらを見ていた。一瞬、炎に見惚れるような錯覚を味わったほど、それは鮮やかだった。
「薬師を、殺したいのか!」
リオンは、ジョカに向き直る。
「どういうことだ?」
「……俺は、ルイジアナ王家直系以外を、目にしたら、殺さなければならない…! そういう、制約に、縛られて、い、る……」
途中で力尽きたのか、ジョカは寝台に沈んだ。
今聞いたことに衝撃を受けながらも、リオンはジョカを仰向けにし、毛布も整える。
―――ルイジアナ王家以外の人間を、目にしたら、殺してしまう?
そんな馬鹿な、と思う心の一方で、思い当たることがあった。
―――お前は、そこへ行くのに決して誰かを連れて行ってはならぬ。ひとりきりで参り、ひとりきりで戻るのだ。
父。
―――気がついたら部屋にいて、気がついたら死体になっててな。
―――反射的に攻撃してしまったとかか?
―――まあそんなもん。
かつて一人だけジョカの部屋に侵入を成功させた密偵。
それをジョカは殺してしまい、悔いていた。
侵入者にとっさに攻撃をしたのかと、思ったが―――。
ちがうのか。
ジョカは、王家の人間以外を目にしたら、殺してしまうのか。そういう制約に、縛られているのか……!
「―――わかった。私が、薬を持ってくる」
語りかけると、力ない声の返答があった。
「食事も、たのむ……」
「魔法は……ああそうか」
使えるのなら、喉が渇きに痛むことは、ない。そうしたことは、精神集中が必要なのだと聞く。病気の時は使えないのだろう。
リオンは何気なく立ち上がりながら周囲を見回した。光源は、チェストの上のランプひとつ。
心を、冷たいものがかすめた。
―――何だ? この部屋は。
この部屋は暗く、衝立が多く、視界が遮られる。しかも話をするのはいつも入口近くの丸テーブルだ。
だから、こうも頻繁に何度も通っているのに、部屋全体を見たことはなかった。
暗がりに沈んだ向こうの方の塊は浴室だろうか?
以前、ジョカが眠っていた時、ジョカが光を呼んだのはリオンが入口近くに移動してからだった。
隠しておくつもりだったのかもしれない。
最初に来た時も思った。その後のことで忘れていた。奥の見えない箇所にあるのかと思ったが、やはり、ない。
この部屋は、窓がない。
背筋がぞっとしたのを押し殺し、リオンは足早に部屋を出た。
氷嚢と、食事と、薬と……。他に要るものはあるだろうか。
リオンは病人の看病などしたことがない。何が必要なのか分からない。
部屋に戻り、侍従に極秘でと念押しした上で、薬と食事と看病に必要なものを手配してくれるよう頼む。
有能な侍従は何も聞かず、用意してくれた。
しかし、リオンが右手首に薬の入った革袋をひっかけ、右手で食事の盆をもち、左手に盥(たらい)を持つに至って、控え目に声をかけた。
「殿下。私が……」
「いや。いい。―――これは、私が持っていかなければならないものだ」
リオンが歩く姿は、背筋がピンと伸び、颯爽として品がある。しかし、今回ばかりは困惑した風情で、人々は見送った。
王族が廊下を歩くときは、行き合った者は頭を垂れ、過ぎるのを待つのが礼儀。
ジョカへの部屋に通じる廊下は、不思議な力で人を拒絶する。「なんとなく」目に入らず、意識しないようになるのだ。
ただし、それは無意識に働きかけるものなので、意識的にリオンの後を追いかけよう等、思っていると、役に立たない。
後をつける人間がいないのを確認しつつ、リオンはジョカの部屋に入った。
薄暗い室内を慎重に進み、枕もとのチェストの上に、食事の盆をおいた。侍従の気遣いで、病人用の消化のいい食事と、汁気の多い果物という献立だ。
盥の中には氷嚢がある。
ジョカの様子は変わりなく、寝台の上で目を閉じていた。
「ジョカ。待たせて済まなかった」
うっすらと、目があく。
「……王子か」
「ああ。私だ」
背に腕を回して体を起こすのを手伝い、熱さましの薬を飲ませ、食事をさせる。
ふと、ジョカが笑った。
「……イガイだ」
「だろうな。私も自分で自分がとても意外だ」
リオンはげんなりしながら言う。
いろいろと恨みのある人物なのだが、こうも弱っていては、優しくするしかないではないか。
食事を終えると、ジョカは一心地ついたように言った。
「助かった。腹がすいて仕方がなかった。王子が来てくれて助かったぞ」
「……こんな風になるのはよくあるのか?」
「王子はどれぐらいの頻度で熱を出す?」
リオンは考え込む。
「……一年に二回ぐらいか? 幼いころは多かったが、最近は一年に一回あるかないかだな」
「それぐらいだな、頻度は」
リオンは一週間に一度しか来ない。いつから病に伏していたのだろう?
「どれぐらい食べてなかったんだ?」
「丸二日」
ジョカの答えを聞いて、リオンは言葉をなくした。
「……呼べばいいものを」
ジョカは寝台に横になりながら返した。
「どうやって?」
「……父上はジョカのもとに来ないのか?」
「王は滅多に俺のところに来ないな。数年に一度あるかないかだ。それはお前の父王だけじゃない。歴代の王のほとんどがそうだ。……まあ一人だけ例外がいるが。こんなに俺のところに頻繁に来る人間は、お前が二人目だ」
「そうなのか?」
思わず確認すると、ジョカは首肯した。
「大抵の王子は、顔見せに一回来てそれきりだ」
「―――じゃあ、もし、病に倒れた時に誰も来なかったら」
「聡明な王子なら、答えはわかるだろう。わざわざ聞くような愚をおかさないことだ」
リオンは束の間黙り、盥に入っていた布を濡らしてジョカの額に置いた。ジョカの目が丸くなる。
「……本当に甲斐甲斐しいな、王子」
濡れ布巾の上に、氷嚢を置く。ジョカは気持ちよさげに目を閉じた。
「どうして、これまでの王子に頻繁に来るよう言わなかった?」
「大抵の王族は傲慢で馬鹿で軽薄で薄っぺらく、気に入らないことがあるとすぐ怒鳴り声をあげる。こちらまで馬鹿がうつりそうな気になるほど愚かだ。側にいるのが不快で耐えがたい人間が王子にもいるだろう? そんな輩と一緒にいたいと思うか?」
「―――そうだな……」
自分にあれだけ言いたい放題言っていたのだから、ジョカが他の王子に手加減するとはとても思えない。そして、我ながら、リオンはかなり辛抱強い方だと思う。
それも、ジョカが王国の守護神だと思えばこそだが。
「病を治す魔法は、ないのか?」
ジョカが、息を吐き出す音が聞こえた。
「そんな魔法があるなら、お前の母は、まだ、生きている」
リオンは一瞬目を見開き、顔をそらす。
「そうか……そうだな」
リオンの母の死因は病死だ。
そして、父は、ジョカに、母を救うよう頼んだはずなのだ……。
リオンは、手を握りしめる。
ジョカは寝台からひらひらと手を振り、言った。
「王子。もういい。帰れ」
「だが……」
「看病などしたことないだろう? うろうろされると邪魔で気が散るだけだ」
「―――わかった。後で食事を持ってくる」
「そうだな、頼む」
ジョカの部屋から帰る途中、こらえていた感情が激発した。
辺りは魔法でまるで人気のない廊下。リオンは、力任せに壁を拳で殴りつけた。
―――なにが、なにが、なにが!
王が滅多に訪れないのも当然だ。いかにジョカに不思議な力があっても、軽々しく頼れるはずがない。人としての心があるのなら。直系の王族以外を受け入れることのできない部屋。病に倒れればたちまち食べるものにも事欠いて、しかもそれに助けを求めることもできない。王の印章であく扉? 二日も食事をとれず、恐らくこれまでは病が体を去るまでずっと呻いているしかない生活。なにが制約だと? 王家の人間以外の人間を目にすると殺してしまうだと? それがそんな可愛らしい名前であるものか。それは―――
呪いだ。
リオンは壁に置いた拳に額を押しつけた。力任せに殴りつけた拳の痛みなど、胸の痛みに比べれば何ほどのことか。
息をするたび、ざらざらしたものが肺をこする。拳の痛みは、それを誤魔化してくれる福音だった。
その頃、ジョカは苦笑していた。痛み止めのおかげで、ひっきりなしの頭の痛みは、和らいだ。悪寒も薬のおかげで引いた。
「……気づいたかな?」
あの、頭が切れる王子様は、ジョカのことに、気づいただろうか?
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