ぐねぐねさんに抱えられ、運ばれるほど一時間あまり。
私はぽかんと口を開けました。
――んなアホな。
関西系の芸人さんの突っ込みを全力でしたくなりました。
そして、ここでやっと、私は今自分がいるここが異世界であると理解し、観念する覚悟ができました。
一時間ほど抱えられて走っている間に、その言葉が何度も頭をよぎりました。よぎりましたが、必死で否定しました。でも、さすがにこれは、もう、無理です。
ここは――日本ではありません。世界の秘境のどこかでもありません。
ここは「異世界」です。
だって――一体どこの世の中にこんなものが現実に存在していると思う人がいるでしょう。
「どうして水の上におうちがあるんですかあ!」
目の前に広がるのは……海? それともびわ湖級の巨大湖でしょうか。
透明度が高く、奥の方に緑色の水草が揺らめいているのが見えますがそれさえも美しい。
対岸が見えないほどの透明な青色の広がりの中に、ログハウスがあります。浮かんでいるのです、水の上に。
船じゃないし、土台が湖底に突き刺さってるわけでもありませんよ! 念の為!
思わず叫んだ私ですが、ぐねぐねさんがその湖の中に入っていくに従って、動きを止めました。
だって、もし私が暴れた結果、ぐねぐねさんが私を取り落としたら……びしょ濡れです。駄目です、無理です。怖いです!
大人しくぐねぐねさんに運ばれるままでいると、予想通り、ぐねぐねさんは水中に浮かぶログハウスに辿りつき、短い階段を昇ってデッキにあがり、扉を叩きました。
――この時点で私は覚悟していました。
はい。
ぐねぐねさんの言動からして、知性があることは確実。そう、最低でも賢い調教犬ぐらいの知能はあると見ていいでしょう。
そして、ぐねぐねさんの行動を思い返してみると、何をしようとしているのか推理するのはたやすいのではないでしょうか。
私という異分子を見つけ、コミュニケーションを取ろうとしてもできず、どうしたらいいか判らず、自分よりもっと上位の者のところに指示を求めにやってきた……はい、早い話でいえば、「助けてドラ●モーン!」な状況なのではないでしょうか。
ということは、このログハウスに住んでいるのは……ぐねぐねさんの上司もといお仲間、ということ、ですよ、ね……。
だ、大丈夫です! ぐねぐねさんにも一時間抱えられて移動する間に大分慣れました!
ぐねぐね踊りは見ていて愛嬌があって面白かったですし、悪い生き物ではなさそうです。なんとなく。はい、なんとなくですけど。
理由はありませんけど。
ごくりと生唾を飲み、私は開かれていく扉を見つめていました。
――そこにいたのは。
人間の姿をした、びっくりするほど綺麗な男性でした。
◆ ◆ ◆
男性は、ぐねぐねさんとは違って半透明ではありません。向こうが透けてみえたりしません。
男性は、ぐねぐねさんとは違って人の形をしています。手も足もあります、目も鼻も口もあります。眉毛も睫毛もあります。
男性は、ぐねぐねさんよりも喜怒哀楽がわかりやすいみたいです。
彼の眼球……目が私を見た瞬間にぐわっと大きくなりました。
はい、わかりやすい驚愕の表情です。
そして私を見て数秒間、すべての動きを止めていました。
はい、これもわかりやすい驚きのボディランゲージです。
少なくとも、ぐねぐね踊りよりかは意志の疎通がしやすそうです。
ここは異世界みたいですが、言葉は通じるでしょうか。
昨今の異世界物では言語翻訳機能付きが当たり前みたいですが……。
男性が口を開きました。ぐねぐねさんに話しかけます。
「●×※※×××」
ぐねぐねさんが答えます。こっちはなんだか電波系の音です。言語……ではないような? テレビ電波みたいな、それ単体ではさっぱりだけど機器で受け取った側にはわかるみたいなものしょうか。
「ピピピピピ……(以下略)」
延々とふたりは会話していますが……。
……わかりません。まったくわかりません。
どうやら言語翻訳機能はなさそうです。どうしましょう……。
……でも少なくとも人間はいますから、必要最低限のことはボディランゲージで何とかなるのではないでしょうか。
水が飲みたい、お腹が空いた、とかの原始的意志疎通は、言葉が通じなくても何とかなるものだという話を聞いたことがあります。
そう思うとぐねぐねさんには感謝です。
あの森の中、ここまで一直線で一時間以上もかかったのです。私の足よりずっと早いぐねぐねさんに上に抱えられて、です。
自分の足で、どちらに行けばいいのかもわからず迷い迷ってでは到底辿りつけなかったでしょう。
ぐねぐねさん、よくここまで私を連れてきてくれました!
感謝をこめてぐねぐねさんを見つめていると……。
男性とのお話が終わったらしいぐねぐねさんの姿が消えました。
目の前で。
私の目の前でさっぱりと。
「きゃ……きゃあああああ!」
いえ、外見からして幽霊系で、感触も幽霊系でしたけどっ!
い、いきなり消えなくたっていいじゃないですかあ!
そのとき、男性が私の頭を鷲掴みにしました。
――い、いたいっ!
で、でも意味はわかります。うるさい黙れってことですよね! はい黙ります!
私は口をピタッと閉ざしました。
それでも男性の手は外されることなく――。
そして――なんて言えばいいのでしょうか。
目の前をさまざまな無数の色彩が万華鏡のように踊りました。
耳からはえも言われぬ美しい音楽が聞こえます。
その乱舞の中で、私の意識は闇に閉ざされました。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0