どうやら、ルーラン(根性悪)が、レイオスの人は全員銀の髪銀の瞳白い肌、といったのは嘘ではないようで、迎えに来た二人の男性(たぶん)も、同じ色彩を身にまとっていました。
それはイコール、私がここで逃走しても町に出たら一発で見つかる、ってことですよ……ね。
髪はまだ隠せばいいとしても……日本人の黄色い肌は、隠すのが難しいでしょう。
迎えに来たお二人は、細いお身体です。
骨格自体が違うのかな? それとも女性でしょうか。
そして、ルーランに負けず劣らす、綺麗なお顔です。
彼らは私を見ると、微笑みました。ふんわりと、優しく。
はい、このボディランゲージの意味は一発です。
相手の不安を溶かし、安心させようという心遣いがあらわれた笑顔です。ルーランのあれとは雲泥の差デスネー?
「はじめまして。私の名前はモンドリエ。異界からのお客人、あなたを歓迎いたします」
「はじめまして。私はティエルーアです」
その温和な態度にちょっと勇気が出ました。
私は思いきって、単刀直入正面突破してみることにしました。
「あの、もし私が行きたくないと言ったら?」
迎えの二人は顔を見合せます。困惑したような顔です。
そして向き直って問いかけました。
「……どのようにして、生きていかれるおつもりでしょうか? 少なくともこの土地からは退去していただかないといけませんし、付近に町はありませんし、あったとしても……」
う。
異世界のお金も常識もないですし、歴史上初めての異世界人ですもんね。雇ってもらえるとは……かぎりませんよねえ。というか、私だったら絶対に雇いませんて。
あと、この土地から退去ってことは、やっぱりここは、ルーランの私有地か何かなのでしょうか。
「ここはルーランの所有する土地なんですか?」
そう思いながら尋ねると、予想の斜め右の返答が返ってきました。
「いいえ。ここは、精霊の土地です」
……はい?
◆ ◆ ◆
精霊――はい、ファンタジーものでは定番の単語ですね。
自然の精が集まった生き物とかそういう意味合いです。魔法なんかと縁があるように書かれる場合が多いですね。
しかし、この世界レイオスでは、ちょっとばかり意味合いが違うようです。
「レイオスでは、長年にわたり、精霊と人とが勢力争いをしています。今は長い停戦の最中ですが」
「勢力争い?」
「簡単にいうと、領土争いです」
……まあ生臭い。
「現在、精霊側の勢力は圧倒的です。レイオスの九割を所有しています。残りの一割が我々人間の領土なのです」
「九割!? 一割!?」
「はい。海はすべて精霊の領土で、海だけでもこの星の七割を占めますから」
海と陸地の比率は地球と変わらないんですねー。
……それもそうです。七対三でないと、星の健全さが損なわれる、成り立たないって聞いたことがあります。多くても少なくても、生命の進化と生育にさしさわりがあるんだとか……神様の調和の手ですね。
ここに知的生命があるということは、海と陸地の比率は地球と同じということです。
「また、陸地も半分が精霊の領土です」
「それは……」
七割の海のすべてと、三割の陸地の半分。つまり単純計算で八割五分。
なるほど、九割近いですね。四捨五入して九割です。
「そして、ここは精霊の領土なのです。ここに立ち入るには、精霊の許可がいります。我々は異世界人を迎えに来た特例ということで許可されましたが、一時的なものです」
「ルーランは?」
「ルーラン様は、精霊の許可をお持ちで、こちらに住んでおられますので……」
おおっと。「様」づけですか。
さっきからの態度からして、なーんとなく傲慢系っぽいニオイがしていたんですが、やっぱり偉い人だったみたいですね。
そして、これまでの説明を聞けば、想像がつこうというもの。
「あの……橙色の、こう半透明の生き物が私をこの家まで運んでくれたのですが、ひょっとして?」
答えたのはルーランでした。
「あれは精霊の中で百二十一位にあたる、かなり高位の精霊だ。侵入者を排除しようとしたところ、そこにいたのが異世界人だったので対処に困って私のところにやってきた」
……やっぱり「助けてドラ○モーン!」だったのですね。
しかし、百二十一位で高位ですか……。いえ、人間でも「世界の資産家トップ百!」とかありますが、百位の資産家でも物凄い大金持ちですからね。
精霊全体のなかで百二十一位、といったら、とても高位なのでしょう。
人間全体のなかで、百二十一番目に大金持ち、とかいったらすごいお金持ちですもんね。
「侵入者を排除……ってことは、精霊の領土に無断で入ったら殺されるとかですか?」
あの親切でコミカルなぐねぐねさんに私は好意を持っていたので、できれば否定して欲しかったのですが……。
答えたのはルーランです。
「そうなる場合もあるらしい。大抵は警告されれば出ていくが。精霊の姿は普通は見えないし、声も聞こえない」
「え……さっきの精霊さんは?」
私には精霊の姿が見えるとかそういう異世界人特典でもあるのかと一瞬、胸を躍らせたのですが。
「あれは、お前にも見えるように姿を現していたんだ。高位の精霊でないと出来ない芸当だ。他にも精霊はあの場にたくさんいた」
「……そうですか……」
そううまい話はないようです。
「普通は見えない。だが見えない人間も、実力行使で外に出されればさすがに気づく。しかし、それでも懲りない人間もいる」
姿が見えなくて、声も聞こえなくても、体を持ち上げられて運ばれれば気がつきますよね。
でも、それで懲りずに何度も入ろうとする人もいる……と。
――でも。
「どうしてその人たちは精霊の領土に入りたがるんですか?」
「開発されていない未開の土地で、資源の宝庫だからだ」
「あ……」
地球でもいやってほどありましたね。不法侵入しての密猟。盗掘。 ルーランが唇を吊り上げます。また、あの嫌な感じの笑いです。
私に向けてのものではないですけど……地球ではこう言われる笑みです。――嘲笑。
「あとは、人間がいないからな。罪人が入ってくることもある」
「罪人……」
やっぱり、いるんですね。この世界にも。
人がいない土地……潜伏先にはもってこいでしょう。見たところ自然も豊富ですし。サバイバルスキルがあれば、ですけど。
「でも、精霊に追い出されるのでは?」
「短時間なら問題ないし、そいつが精霊に愛されていたら、精霊は喜んで迎えるだろう」
「う……」
精霊さんも、正義の味方ってわけではないみたいですね。
「ここは精霊の土地だ。人が住むことは認められない。お前のような異世界人なら尚更だ。人間の土地へ行き、そこで庇護されて暮らせ」
……私には、野外でのサバイバル技術はありません……。
まして、ここはぐねぐねさんたちの土地です。私は現在不法侵入しているわけで、出て行ってくれという主張はもっともでしょう。
迎えに来た人たちの手を取るのが、唯一の道であることはわかりますが……。
「――じ、実験動物とかには……なりませんよね……?」
体をいじられて解剖とか、薬を投与されてのあれこれが脳裏をよぎります……が、現実は苛酷でした。
「なるに決まっているだろう」
脱いだシャツを放るように、ゴミを投げ捨てるように、ルーランが言ったのです。
そこには私への配慮なんてかけらもありません。私がどう思うかとか、そういうことへの労わりはゼロです。
ですがそれだけに真実だろうと思わせられました。
だって、彼は、私の内心に配慮して嘘をついたり隠したりする必要を私に認めてないんですから!
人を人とも思っていない、という言葉がありますがまさにそれです! 彼は私を同じ人と思ってない。価値を認めていない。それを
隠す必要があるとすらも思ってないんです!
だから赤裸々に真実を言うんです。傷つける真実を。
「ルーラン様!」
迎えに来た人が押さえた声で非難するように呼びましたが、逆に言えばそれぐらいしかできないみたいです。
ルーランの立場はかなり上みたいですね。
「きゃあああっ! わ、私は何をされるんですかっ!」
「まずは裸に剥いて、生殖実験だろうな」
「せ、せいしょくじっけん……」
「グロテスクで性欲が喚起される体ではないが、まあ妊娠するかどうかを実験してみる分には関係ないだろう」
「ルーランさま!」
大声で迎えの人が制止しますが、手遅れです。
さあっと顔から血の気が引くのがわかります。
ええと……第二次世界大戦のころ、そんな話がありませんでしたっけ? 猿と人間の合いの子を作ろうとしたとかそんな話が……。
くら、と気が遠くなるのを感じましたが、必死でこらえます。
――ここで気を失ったら最後です。
世の中の異世界物でよくあるちやほやコースなんて私にはありません!
ルーランの態度で薄々気づいていましたがはっきりしました。
ここで付いて行ったら、食べるには困らないでしょうが――だって貴重なたった一人の異世界人です――実験動物です!
「ルーラン! お願いします! 私をここに置いて下さい! なんでもしますから!」
恥も外聞もなく、私はこの場で唯一私を助けられそうな人物――ルーランにすがりました。床に這いつくばり、土下座しました。
地位もありそうで、これまでの話からして、精霊にも気に入られているだろう彼。
でも……私に価値を見出してない彼が、私の嘆願を聞き入れてくれる可能性は、ないでしょう……。
「ふむ」
足元に土下座し、頭を垂れたままルーランの返答を待つ私に、声が降ってきました。
「いいだろう」
……はい?
びっくりして顔を上げると、迎えに来た人たちも驚いた顔をしていました。
「ルーラン様。ですが……」
「私に逆らう気か?」
「……いえ。ですが……」
「上の人間には私の気まぐれだと言っておけ。それで諦めるだろう」
迎えの人たちが、顔を見合せます。
「……どうします?」「いやでも異世界人が」「ですが相手はルーラン様ですし」「きっとじきに飽きてくれますよ」「機嫌を損ねた
らまずいです」「そうですね、上にはそう言いますか……」
「私に逆らうか? 分をわきまえろ」
――日本社会で生きてきた私には信じられないことに、ホントにそれで迎えに来た人は諦めて帰って行ったのでした。
……えーと、ルーランて、何者ですか?
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