「この星では、あなたより偉い人は皇帝陛下しかいないほど、あなたは偉いんですね?」
「質問の意図が不明瞭だな。本音と建前、という言葉はお前の世界にもあったはずだが?」
痛いところをついてきます。
「ぐ……っ。では本音では、皇帝陛下以外にあなたに命令できるひとはいないということでいいんですか?」
「私は建前では一切の公的地位を持っていない。建前では、ひとりの民と変わらない。が……シミナーを一市民と同列に扱う人間など、このレイオスにはひとりも存在しない。それがこの星の、本音と建前だ」
この星全体でたった百人しかいない、精神治療者。
地位はなくても……確かにそんな人を一市民として扱える人はいないでしょう。
あれ? なんか引っかかる言い回しがありましたねー。
「ここでは、身分制があるんですか?」
皇帝陛下なんていうものがいるのです。地球では廃れ切った「貴族」なんてものがいてもおかしくありませんね。ファンタジーの定番ですし。
「あることはある。だが、さほどその権力は強くないな。たとえば、貴族が領民を斬ったとする。どんな事情があれ、牢獄行きだ」
「……それはまた。正当防衛でもですか?」
「お前の国では正当防衛ですと言ったら、あっさり無罪放免になるのか? 一旦は牢獄に入って拘留されて捜査されるものだろう? 最終的に無罪になるとしてもだ」
「……はい、そのとおりです」
「この星では殺人はそれほど忌まれている。また、隠そうとしても、無駄だ。必ずばれる」
「なんでですか? 魔法ですか?」
「魔法を使えるということは、魔力があるということだ。魔力が最も強くなるときというのは、どんな時だと思う?」
「え、えーと……精神を集中させたとき?」
「死ぬ間際だ」
「あ、ああ……はい。そうですね」
言われてみれば頷ける答えです。
「レイオス人を殺せば、死ぬ間際に魔力は恨みの念となって殺人者の体にまとわりつく。我々はそれを瘴気と呼んでいるが……誰のにも、それは見えるわけだ。――そうなると、どうなると思う?」
「……一発で殺人者とわかりますね」
「つまり、地球の言葉でいうところの、死人に口無し、はできないわけだ。また、税率は皇家が定める一律だから圧政を敷く事もできない。こっそりと権力を振るって横暴することもできない。司法権の濫用も、難しい。ううむ、言わば貴族というのは、皇家の代わりに領地のこまごまとした事を処理する雑用係みたいなものか?」
ヒドイ扱いだ、この世界の貴族!
「こっそり横暴できないというのはなんでです?」
「理由は二つある。一つは、お前の世界でも領民から上への直訴という最終手段はあっただろう。それを我らはたやすくできる。『転移』という術がある。子どもでもできる、基本中の基本だ。お前たちの言葉でいうところの、瞬間移動だな」
「――しゅんかん、いどう?」
ど○でもドアがいる! こんなところに!
「不満があっても長い距離を踏破しなければならないということがない。だから気軽に上に訴え出ることができるわけだ。そうなると細かい監査が入るし、誤魔化しがきかない」
「そ、それは逆に……偽りの訴えが多くなるのでは……」
讒訴ってやつです。人間、清廉潔白な人を蹴落としたいっていう人も多いですからね。
「公的な裁きの場で調べられるとわかっていて、それをやる馬鹿はいないな。難易度が高くて面倒だから生活の場で使われることは少ないが、裁きの場では過去を見る術で調査が行われる。罪も冤罪も両方が白日の下にさらされるわけだ」
「……魔法世界ぐっじょぶ?」
魔法があるからこその欠点も多いですが、長所も多い、とそういう世界ですね。ここは。
「ああそれと……」
珍しく、ルーランは口ごもって迷った様子を見せた後、言いました。
「お前に殺されるようなひ弱な人間はいないと思うが、絶対にお前は人を殺すなよ」
「え? もちろんですよ?」
こっちは人畜無害な、荒事とは無縁のOLです。いくら異世界に落ちたからって言って、人殺しなんてする気ないですよ。
「そうだろうが、状況がそれを許さない場合というのもある。その場合でもだ。……死ぬぞ」
「えっ」
喉の奥から引きつった音が出ました。
「さっき言った瘴気だ。我々の、死に際の全魔力を込めた憎悪の念だ。魔力がないお前など、ひとたまりもない」
「……」
「即死……か、即死に近い状態になるだろうな。もって一分か……」
「や、やりませんやりませんっ。人殺しなんてする気ないですから! 大丈夫ですっ」
「私も、お前のような貧弱な異世界人に殺される同胞がいるとは思えんが……状況というのはわからないものだからな。一応は言っておく」
「はい……。どんな状況になっても、殺さないよう気をつけます……」
「毒殺でも謀殺でも、どうしてか瘴気はしっかりと殺人者本人に巻きつくからな。因果を見通す目でも死者は持っているのかもしれん。瘴気をかわしたり防御したりするすべは遥か太古からいろんな人間が密かに研究しているが、抜け道は見つかっていない」
「……それは、見つからない方がいいんでしょうねえ……」
「その通りだな。だが、犯罪組織の人間からすれば、逆に何としてでも見つけたい方法でもあるが……」
と、そこで、ルーランは何故か苦い顔になりました。
「それは、そうでしょうね」
瘴気が殺人者の証というのなら逆もしかり。
瘴気がついていない自分は人を殺していない、と主張することができるのです。
「わかりました。私は、たとえ正当防衛でも何であっても、絶対に人を殺してはならないということですね。殺してしまったら……私もすぐに死んでしまうのですね」
「そして、お前自身は、魔力を持たない」
何度も言われた言葉ですが、今の言葉は重みが違いました。
含まれた響きに、私は顔をあげます。
合わさった瞳には、感情は含まれていませんでした。
……気まぐれで助けた、赤の他人。私にある価値と言ったら、「珍しさ」ぐらい。
この惑星で皇帝以外に頭を下げる相手もいないルーランからすれば、私は、いつ死んでも構わないぐらいの存在でしょう。
……しょうがないことです。私は気持ちを切り替えました。
さっき出会ったばかりなのに、助けてくれて、こんなに色々億劫がらずに教えてくれるだけでも、とてもありがたいことです。
「異世界人で、魔力を持たないお前は、私たちよりずっとひ弱な上に、殺しても瘴気がつかない。わかるな?」
「……はい」
「このわたしの力をもってしても、様々な現世のしがらみから完全に自由であることは達成できない。
お前を守りきれない状況がこの先あるかもしれない」
「――はい。大丈夫です。ありがとうございます」
私は彼の目をまっすぐみて、頭を下げました。心から。
異世界人で、人体実験に回されるはずのところを助けてくれて、(嫌味はあっても)食事を与え、右も左もわからない私にいろいろ親切に物をおしえてくれる人です。
赤の他人なのに、これだけ良くしてくれたのです。
これ以上を望むなんて、バチがあたります。
彼の力で駄目なら、そのときはだめだったんだと……はい。諦めがつけられます。
「そうか。……これから、ちょっと厄介な人間がくる。お前がここに住むにあたって、どうしても許可を取らねばならない奴だ。ここは、精霊の土地だからな」
「あ、はい。そうですよね。ここは精霊さんの土地ですから、許可とらないといけませんよね。いらっしゃるのは精霊さんですか?」
「いや。人間だ。精霊と人との仲立ちの窓口をしている奴で……」
何を思ったか、ルーランはため息をつきました。
「お前の基準で言うと、アメリカ大統領より偉い」
「――すみません、例えてくださって有難いですが、逆にかえってどれぐらいか、判りません……」
だって、ルーランが皇帝陛下の次に偉いなんて国ですよ?
わかりません、どれぐらい偉いのか想像もつきません。
「そうだな……皇帝陛下よりも偉い」
「――はい?」
「建前では対等だが、実質的には、人間の中で一番偉い」
「――こ、皇帝陛下より、偉いんですか?」
人間の中でいちばん偉いのが皇帝陛下じゃなかったんですかと、そうツッコミたくなりました。
「ああ。だから、まあ、大丈夫だろうが、絶対に機嫌を損ねないように。心の準備をしておいてくれ。外面はいい奴だから、大丈夫だとは思うが……」
何とも含みのある、不安をそそるいい方をしてくれるものです。
この星で屈指の権力者であるというルーラン。彼にしてからが、厄介というのはどういう人でしょうか?
私は高鳴る鼓動を持て余しながら、お客人の到着を待ちました。
さほども待たず、先ほども鳴った呼び鈴が音高く鳴り響き、ルーランが立ち上がって招き入れました。
「こんにちは、異世界からのお客人。僕はキール。キール・スティンです。よろしく」
――にっこりと人懐っこい笑みでそう言ったのは、背丈が私の胸ぐらいまでしかない子どもでした。
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