銀髪。銀の瞳。白い肌。中々将来有望そうな少年。
十歳ぐらいの子どもの姿に驚きましたが、よく考えれば彼らはエイリアン。
ルーランの年も聞いていませんし、成長速度が一緒である保証はありません。
まして、精霊との仲立ちをやっていて、皇帝陛下より偉い、なんていうこの子が見た目通りの年であるはずがないですよね。小説ではよくあるアレですよアレ。若づくりの実年齢年寄りさん。
私は一瞬だけ茫然としましたが、すぐに立ち直って頭を下げました。
「こ、こんにちは。五十嵐早苗……サナエ・イガラシです。よろしくお願いします」
やっぱり、ここの星の人はみんな銀髪に白い肌に銀の瞳みたいですね。おまけに、やたらと会う人会う人ぶっちゃけ美形なんですけど……。この子も、きりっとした眉がいい感じの美少年です。
色素が白すぎるのが日本人から見てアレですけど、成長したらきっと美形になるでしょうねー。
「こんにちは、サナエさん。――で、ルーラン。用件は精霊の領域にこの子を住まわせたい、だっけ?」
ルーランは、苦虫潰した顔になってます。
「……ああ。お前の権限で、許可を貰いたい」
「ルーランの頼みだもの。いいよって、普通の『人間』ならすぐ言ってあげるんだけど……」
と、そこで少年は困ったように小首を傾げました。
「異星人だろう? この人は。今、ここで、彼女の運命に手を出すのなら半端な覚悟では出しちゃいけない。飽きたら放りだすなんて駄目だ。まあ長生きしてもあと五十年程度だろうけど、五十年間。その間、ちゃんと面倒を見続けられる? この人が起こしたすべての事象の全責任を、君が負うんだよ」
「判っている。面倒になったら始末は自分でつけるさ」
……不穏な言葉が聞こえた気がしますが、スルーしましょう私の精神衛生上のために!
少年も同意見らしく、苦笑しいしい言いました。
「あのね、殺せばいいってもんじゃないよ。食事の世話をして、病気の世話をして、精神面の世話をする。それが、愛玩物を飼うってことだよ」
……はい? あいがんぶつ?
いま、私、なにか、物凄い言葉を聞いたような……。
――無視です無視! スルーですスルー! 私の精神衛生上のために考えちゃいけません! きっと聞き間違いです、ええ!
苦虫を百匹ほどもまとめて噛みつぶした表情で、ルーランが言いました。
「……この正論小僧が。わかっちゃいたが、お前の言葉は人ごとになると途端に正論になるから腹が立つな」
「わかってないなあ。人ごとだからこそ、正論が言えるんじゃないか。自分ごとなら正論なんて糞喰らえだよ」
少年はくすくすと笑います。
「それで? 彼女の全責任を、ちゃんと負える? もちろん面倒になったら殺すなんていうのは駄目だよ。力の限り、ちゃーんと最後まで面倒をみること。それが許可を出す条件。子どもじゃあるまいし、気まぐれだろうがなんだろうが生き物を一度引き取った以上、飽きたら殺す、は駄目だよ。
子どもじゃないんだから、できるよね?」
ひ、ひええええっ!
傍で見ていた私にも、ルーランの周りの空気が怒気に包まれるのがわかりました。
しかし相手は、ルーラン自身がくれぐれも怒らせるなと言った、皇帝陛下より偉い相手です。
怒れません。
ルーランが私を引き取ると決めたのは、「気まぐれ」です。
キールくんが言う通り、飽きたら処分すればいいや、ぐらいの軽い気持ちだったんではないでしょうか。
でも、子どものキールくんに「拾ったら責任持とうね」と非の打ちどころのない正論を言われ、「子どもじゃないんだから」と言われては……こう言うしかないですよね。
「……わかった」
「それともう一つ。わかっているだろうけど――これは、『貸し』だからね」
「――わかっている」
苦々しげに、ルーランは吐き捨てました。
「よろしい。――サナエさん」
少年が私の方を見ます。
「は、はいっ」
「手を出してくれるかな?」
握手した瞬間、何かが譲渡されたのがわかりました。
ふわりと、心の隙間にそっと何かが差し込まれたのです。形容するなら、暖色系の色がついた何か。
「これで、あなたは精霊の領域の一部を自由に闊歩できる権利を得た。でも、精霊の機嫌を損ねたら、剥奪されてしまうから気をつけてね。あと、精霊と何かもめ事が起きたら、とりあえず『キールを呼んで』って言えば何とかなるから」
「キ、キールを呼んで……って、あなたを呼びつけるっていうことですか?」
「呼びつけるのは精霊であって、サナエさんじゃないから、気にしないで。俺は元々そういうもめ事の調停役だしね。『調停者』っていう役職なんだ。そのまんまだよね?」
十歳ぐらいの子ども(美少年)が、『押し付けがましさのない親切さ』を発揮して、きりっとした表情でやわらかく苦笑します。その絵になる動作に、私は感心しました。
――この子、人との距離の取り方が抜群に上手いです。
さっきから、「サナエさん」と、さんづけしているのも証拠です。
私の記憶についてはもう受け取っているんでしょうが、ルーランでさえ私のことはお前、と呼び捨てでした。
呼び捨てがこちらの文化だから、命の恩人だから、ということで呼び捨てにされても受け入れていましたけど、やっぱり本音はできればもうすこし距離感のある呼び方をしてほしかったのです。
うん、これ、子どもじゃないです絶対。
この絶妙な距離感は、大人の、それも気配りが相当できる人にしかできません。
「人間とトラブルになったときは、逆にルーランの名前の方が効果があるよ。俺の立場はいろいろ微妙だから。精霊とのトラブルはキール。人間とのトラブルはルーラン、そう憶えておけばいいから」
「あなたのことはキールと呼んでもいいですか?」
そう問いかけると、少年はくすりとしました。
「うん。俺は揉め事担当だから、二度と会わないほうがあなたにとってはいいと思うけれど。あなたが思うよりずっと、ルーランの名前には力がある。そのルーランがあなたの保護者になったからには、ここで、穏やかな一生を送れるんじゃないかな」
揉め事担当=この子に会うのはトラブル発生時。
二度と会わない=トラブルにも合わない。
……はて?
「あ、あのひょっとしてひょっとしなくても……私、ここでずっと暮らすんですか? ルーラン以外の人には誰にも会わず?」
ここで暮らすことは理解していましたが、これまでの説明を考えると、今まで気がつかなかった大問題が浮上してきます。
一、精霊の領域には資格を持つ人しか入れない。
二、ルーランは資格もち、私もいま資格をもらいました。
三、この少年は資格を持っているけれど、私たちに干渉する気が基本的にない。揉め事があったときだけ。
四、二人暮らしが死ぬまでつづく?
少年は、一歩踏み込んで私の目を覗き込みました。
「『人間』に、会いたいの?」
どうしてでしょう。急に、呼吸ができなくなりました。
視界いっぱいに、少年の銀の目が映り込んで……。
「『地球人』なんて、この星には一人もいない。いるのは、異星人だけだよ。それでも、会いたいの?」
そう、言われると……。
「本当は元の世界に帰してあげるのが一番いいと思うんだけどね。残念ながら、そんな方法誰も知らない。だから、次善は、ここでルーランと一緒に世間から引きこもっている事だと思うよ? ルーランの力と、俺の口添えがあれば、ほとんどの権力者の圧力は撥ね退けられる。ルーランと俺を敵に回してまで欲するほどの、そこまでの利用価値は君にはない。町で暮らすには、君の姿は目立ちすぎるし珍しすぎる。異世界人なんて、どれほど珍しいのか、君も君の世界の常識で考えてみるだけでわかるでしょう?」
……そう、です。
考えて見るまでもなく、これまで会ったレイオスの人たちはみんな、銀の髪、銀の瞳、白い肌だったじゃないですか。
ルーランの言葉が嘘である可能性は限りなく低い、と見るべきでしょう。なら、私の取るべき道は……波風立てないよう、この人が訪れない精霊の領域で、ひっそりと暮らすこと、でしょう……。
私は、頷きました。
「わかりました……すみません」
何を贅沢言っていたんでしょう……わたし。
実験動物になる未来を考えれば、それで、充分幸せじゃないですか。
な、なんという外面の良さ……!(ガクガクブルブル)
キールの正論小僧に体がかゆくなりました。なまじ、言葉は完全な正論なだけにたちが悪いです。そして、正論ゆえに反論が難しく……。サナエちゃんよかったね。
現時点のルーランの認識=飽きても捨てられなくなった暇つぶし。
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