部屋に戻り、私は先ほど投げられた服に着替え、ぴしりと背筋を伸ばし、しゃちほこばってルーランに尋ねました。
「私は何をすればいいでしょうか?」
掃除、洗濯、今の私ができるのはそれぐらいです。……炊事、はここの食材を見たことがないのでイマイチ自信ないですが、日本ではちゃんと自炊していましたから、食材の特徴や調理法を教えてもらえれば何とかなる自信があります。
人格に少々……多少……かなりの問題はありそうですが、彼は私の命の恩人で保護者です。
そして、彼の上位者らしいキールくんにも約束してくれました。私を保護する、途中で見捨てたりしない、と。
とても心強いほっとする言葉です。
だったら私もそれに見合った働きをしなければなりません。……まあ、私にできることといったら、下女ぐらいでしょうが……。
そして、予想通り、ルーランが言いつけた仕事はこれでした。
「そうだな……お前にできる仕事と言ったら、掃除くらいか」
「はい、わかりました!」
元気よく私は返事をしました。
そんなこと、と不貞腐れたりしません。OLのときも最初は掃除からでした。ぶーたれていた同期の子もいましたが、私はお掃除嫌いじゃありません。
……その子は、男はちゃんとした取引先巡りからなのにどうして女子だけ、って言ってまして、それには頷く点もなくもなかったのですが、仕方ないです。日本の企業はやっぱりそういうところありますし。
何よりこの異世界で、私にできることってそれぐらいですから。
さて、お掃除となりますと。
「掃除道具の在り処と使い方を教えてくれますか?」
「知らん。掃除などしたことがない」
……はい、困りました。
「これまではどうしていたんですか?」
「護衛の連中がやっていたようだ」
「……護衛さーん、ちょっと出てきてくれませんかー?」
呼んでも来ません。困りました。
ルーランはため息をついて、呼びました。
「来い」
一瞬で現れた護衛の人に、腰を抜かしそうになったのは内緒です。
いきなり人が目の前に出現するとか……心臓に悪いですよ、この世界っ!
「掃除道具の場所を教えてくれますか?」
護衛の人は少し考えた後、無言で道具を差し出しました。――虚空から。
引きつりながらも受け取った私です。
ええと……これはホウキですね。で、こっちはちりとり。で、これは布……ああ雑巾ですね、きっと! でこれは……なんでしょう布の塊で……ああ、ハタキみたいに使うんですね。たぶん。でこれは――はい一目瞭然、桶ですね。
よかったよかった、こうした基本的な道具は大体形が似通っているのでわかります。
私に掃除道具を渡すと、彼は姿を消しました。
「……どこへ行ったんですか?」
「空間と空間の隙間に作った界の中だ」
なんですか、それ?
もう既に、定番になってしまった気がしますが……、いつものごとくいつものように疑問符を浮かべると、ルーランは教えてくれました。
なんだかんだ言っても、教えてくれるんですよねえ……。
これだけ質問攻めだと、普通は嫌気がさすと思うんですが……、やっぱり根はいい人なのかもしれません。うん。
「空間は木の年輪のように幾重にも重なっている。我々は最も中央のこの空間しか知覚できないだけで、薄皮のように世界は重なっている。この空間と上位の空間の間に結界を張ると、そこは一つの小さな自分だけの空間になる。空間の圧力に耐えるだけの強度の結界を張れるだけの技量が必要となるから、術の中でも超がつく上級技だな。できる人間はかなり少ない。これができるなら術者として一流といえる」
えーと、すみません、丁寧に説明されてもよくわかりません。
でも、私はこれを知っているような気がしますよ、そう、わかりやすく言えば――
「ドラ○もんの四次元ポケット!」
ルーランがずっこけました。漫画みたいです。
……あ、そういえば私の知識全部ルーランに転写されてるんでした!
じゃ、じゃあ今のも当然意味がわかったってことで……うわっ恥ずかしい!
恥ずかしさに身悶えせんばかりにご主人様(ルーラン)の反応を見守っていると……変な音がします。
「くっ……くくく……っ!」
笑ってました。
笑いを堪えようとして更に笑いが止まらなくなるっていう悪循環みたいで……えー……、これは、謝るべき、なんでしょうか……。
くっくっくっ、わはははは。
ルーランは一分近く笑いつづけて、ようやく衝動を収めました。
拭う目尻には笑い涙が浮かんでますよ……。
「異世界人は、反応が面白いな」
えーと、それ、本日二度目なんですけど……。
「し、しかたないじゃないですかっ。私にとっては全部新鮮なんですからっ」
顔を赤くして反論しつつも、私はどこかほっとしてました。
やっぱり笑いはコミュニケーションの潤滑油ですからね。
笑われたって、嫌われるより千倍ましですよ。
異世界に島流し。世捨て人の異星人と一緒に、二人きりの生活はこうして幕を開けました――。
が。
すぐに私は悲鳴を上げることになりました。
わ、わ、私が悪うございましたああああ!
どうか操り人形にするのは勘弁してくださいい!
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