「……体が痛いです……」
しくしくしくしく。
まるでテゴメにあった女性のように、私は床にへたりこんで泣いておりました。
それもこれもっ、あんの冷血ご主人様のせいですっ!
……そりゃあ、私は炊事ができませんよ?
でも、仕方ないじゃないですかあ! 異世界で、異星人の皆さんの食材なんてわからないんですからっ。
だから特徴を言ってくれれば憶える、作るって言ったのにい!
私には、それ以前の問題がありました。
はい、私は――魔力がなかったのです。
異星人で体の作り自体が根本的に違う私は、レイオスの人たちみたいに魔力がありません。
異世界人補正? ナニソレ。
チート? ナニソレ。
世界を渡っただけで魔法が使えるわけないだろ、馬鹿じゃないか?
……しくしくしくしく……。
むしろ、チートを持っているのはご主人様でした。
いえ、ご主人様の言う事もわかるんです。
この星――レイオスに住んでいる人は、子どもの頃から魔力の使い方を研鑽し、憶えていきます。
私たちが、赤ん坊の頃からバタ足や寝返りをして体を鍛え、同時に体の使い方を憶えていくように、ほんの赤子の頃から、そうやって少しずつ魔力の使い方を憶えていくんです。
仮に、私が魔力を持っていたとしても、それで使えるほど甘くないと。
そして、ですね。
ちょっと考えればわかることですが――
手間のかかる日常の生活雑事に、魔法(レイオスの人たちは術って言ってますが)を使わないなんてはずがありません。
レイオスの人が家事で術を使わないのは基本、掃除ぐらい。
何でも、家具だのなんだのでごちゃごちゃしている家の中を術で掃除しようと思うと、そりゃあもう複雑な術になっちゃうそうで……まあ判ります。
風を吹かせて埃を取ったら、花瓶や小物まで倒れたりしちゃいますもんね。同様に、魔法で水ぶきをしようとしたら絨毯まで濡れちゃいますし。
だから私も居候生活の最初の一週間は、掃除ばっかりしていたんですよ。
他のは洗濯にしろ、炊事にしろ、ルーランの護衛さんがやってくれました。
と言っても、洗濯は洗濯ものを大きな桶に入れて、ちょっと呪文を唱えるだけという簡単仕様。分離された汚れは皮脂とかなので、お魚さんたちのご飯として湖に流しました。
大人数ならともかく、たった二人なので汚染されることはなく美味しくお魚の栄養になるみたいです(護衛さんの分はどうしているのか謎です)。
……言いづらいですが、トイレとかもそうみたいです。水洗です。
天然自然の浄化システム、万歳!
そして、炊事ですが――電子レンジもコンロも竈もありません。ぜーんぶ、魔力が代用品でした。
ふふふふふふふふ……。
生でお魚食べる文化って、珍しいですよね。
レイオスでもお魚食べるときは焼くのが基本です。
生でお肉食べる文化って、珍しいですよね。
レイオスでもお肉食べるときには、焼くのが基本です。
加熱できない=料理できない。
炊事ができないで申し訳ない顔している私に対して、ルーランは優しく言いました。
「大丈夫だ。できるようにしてやるから」
……その時、これで私も魔法が使えるようになるんだ! と喜んだ自分を地の果てまでしばき倒したいです。
ルーランが私を目の前に立たせ、呪文を唱えました。
「絡まる糸よ、ほどけて成せ、傀儡よここへ」
背筋がぞおおおっとしたときには遅く――
私は自分の体が勝手に動くのを自分の目で見ていました。
うぎゃああああ!
タンマ! 待って! お願いしますう!
心の中でいくら叫んでも口からは言葉が出ません。
――そして。
驚くべきことに、私の手からはぽっと魔法が……出たけどすぐに消えました。
「ちっ……」
いえ、ちっじゃないですから、ちっ、じゃ!
そう抗議したいのですが、できませんでした。
もう、疲労困憊で。
後から聞いたのですが、私はその時「体内にある微弱な微弱なほんの僅かな魔力を、ルーランに操られることで術として編み、現世に発現させることに成功した」のでした。
ハッキリ言って歴史的瞬間なのですが――代償は大きく。
私は、ばったりと倒れてしまったのでした。
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