人間って、恐ろしいものです。
どんな環境にも慣れてしまうものですね……。
湖の中に建つログハウスで、私はいつも通りに掃除をしながらため息をついていました。
突然異世界へ飛ばされ。
いきなりフルーツゼリー風精霊(通称ぐねぐねさん)によって銀髪イケメン男ルーランのところに運ばれ。
ここは地球じゃないレイオスという星で、自分は異星人であると告げられ。
この星唯一の地球人……レイオスの人からみれば異星人である私はあわや実験動物行きになったところでルーランに救われて。
現在、その恩返し兼自分の食いぶち稼ぎにルーランの下女兼操り人形をしております……。
ルーランは私を操り人形にする実験が連続して失敗し、その度に私がその後半日寝たきりになったのを二回繰り返したあと、その実験を繰り返すのを一時中断してくれました。
失敗の原因が明らかで、その失敗を克服する目途も立っていない以上、繰り返すのは時間の無駄、という弁です。
私としては半日もの間寝たきりになる実験が中止になって万々歳だったのですが、この環境に慣れますと、やはり人間欲が出るものでして……。
この家の周りは湖に囲まれています。というか、湖の中に家があります。
ルーランが外出するときは転移でぱっと姿を消しますが、その芸当は私には無理。
……そして、湖はとても澄んで、透明度も高く、奥の方には魚影なんかも見えていて、さらに湖の岸辺まで二十歩ほどでしょうか。さほど距離もなさそうで……。
むらむらっと、出歩きたいという衝動が湧いてきました。
――だって、ひと月も狭いログハウスのなかしか歩いてないんですよ?
ルーラン(の護衛)が作って出してくれる食事は今のところ異星人の体質の違いなどもなく、美味しく食べておりますが、外へ出たいという欲求が膨らんでも当然ではないでしょうか。
むしろ、ひと月もった方を褒めてほしいです。
操り人形にされて寝たきり、というのを挟んだせいもありますが……。
外を歩きたいのです!
狭い家から出たいのです!
一度意識すると、閉塞感で心がもやもやします。
贅沢……と言えば贅沢なのですが。
ルーランが助けてくれなければ、今頃人体実験をされていたはずで、それを思えばと思うんですが。
――でも、やっぱり外に出たいのです。
私は意を決して、ルーランにお願いしました。
「外へ出たいんですけど、いいですか?」
「ああ、別にかまわんぞ」
……あの葛藤は何だったのでしょう。
拍子抜けするほどあっさりと、ルーランは許可してくれました。
となれば、ルーランの気が変わらないうちにさっさと実行です。
私は脱いだ服(ルーランからもらった服です)をひとまとめにすると頭の上にくくりつけました。
これで立ち泳ぎすれば、服を濡らすこともありません。最寄りの岸までは遠くなく、二十メートルプールぐらいの距離です、辿りつけるはずです。
……思い返せば、私は、このときちょっとお願いしていればよかったのです。
岸まで連れてってくれませんか、と。
あるいは、聞いていればよかったのです。
湖の中に危険な生き物はいませんか、と。
両方を怠った私の辿った運命は……はい、言うまでもありません。
「きゃあああ〜〜っ! がぼがぼぼ……っ」
水中生物に襲われ、間一髪でルーランに引き上げられました。
「……何をやっているんだお前は」
「ずみまぜん……」
さすがに、それしか言葉がありませんでした……。
頭にくくりつけていた服は必死に逃げまわったときに落としてしまったのですが、それも一緒に引き上げられてびしょ濡れでログハウスのデッキに転がっています。
そして私は……濡れ鼠の全裸でした。
それを意識した途端にカッと頬が赤くなりましたが、これを急激に氷点下まで下げたのが、ルーランの言葉でした。
ルーランは女性に対する配慮のはの字もなく、私の体を上から下まで眺めた後、言ったのです。
「気持ち悪い体だな」
――ナンテオッシャイマシタカ、コノヒト。
凍りついている私を余所に、ルーランは一欠片の興味も劣情もない瞳で視線を服へと移し、拾い上げました。
術で水分を飛ばし、私に放ります。
ぱさりと、乾いた音が私の凍りついた頭を通り過ぎて行きました。
「種が違うと、好み以前の問題だな。早く服を着ろ。見るだけで気持ち悪い」
ぱく、ぱく、ぱく。
私は口を金魚のように開閉させました。……が、言葉が出てきません。
ひと月もの間、異性と狭い一軒家で共同生活をしたのです。
しかも相手は異星人とはいえ、外見はまるっきり地球人のイケメン。意識するなという方が無理でしょう。
しかも恩人で、たくさんある質問にも、うんざりせずにちゃんと付き合って答えてくれるいい人です。
実はちょっとだけ……ほんのちょっとだけあったときめきの萌芽は、今の言葉で完膚無きまでに木端微塵になりました。
――くそうこのエイリアンめえええええっ!
フラグ全折れ。
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