キールくんの年齢と、子どもの早熟さについてつらつらと考えていた私は、ある根源的疑問に気が付きました。
「あ、この世界の一年て」
「生命が誕生する条件を満たす太陽との距離は極めて短い範囲しかない。惑星が近すぎても遠すぎても死の星となる。言いたいことはわかるな?」
「ほとんど同じ、ってことですか……」
「同じでなければ、生命は発生しないからな。ひと月は三十日、一日は二十四時間より多少長いな。トータルの日数では秒単位での誤差しかないだろう。……いくら別世界とはいえ、ここまで複雑かつ煩雑な生命発生条件を満たす星がもう一つあったとはにわかには信じられん。しかもそこで進化した生命体は見かけは瓜二つときた。
――こんなときばかりは、神の実在を信じたくなる」
その声は、どこか見知らぬ大きなものへの畏怖がにじんでいました。
似たような言葉を、私は聞いたことがありました。
どれほどの奇跡的な偶然をくぐりぬけて、地球に生命が発生したのか。
あまりに天文学的な確率の連続をくぐりぬけて命が発生し、ここまでに至った。
――地球が存在することは奇跡だと。
恐らく、この星でも同じような天文学の研究はされているのでしょう。そして、同じように、レイオスが存在するのは奇跡、と言われているのでしょう。
異世界トリップでは転移先の場所に人間がいるのは当たり前ですが、そう考えるととんでもない奇跡なわけです。
地球で生命が発生したのは、それこそ天文学的な、サイコロを一億回振って全部1が出るような確率のはずで。
異世界とはいえそんな条件が揃った星がもう一つあって。
更に(中身はともかく)同じような外見であったなら……、これは、ルーランでなくても神を信じたくなりますね。
というか、神がいないという方が非合理なほどの確率ではないでしょうか……。
「……この星には……崇められている神様がいるのですか?」
「いる」
答えは端的でした。
「私は、信じてはいないが、いる。お前の言葉では政教分離……か、それは為されていない。皇帝陛下が、最高神官をも兼任している。皇家の権力継承そのものがその神話にのっとっているからだ」
「神話?」
「その昔、この星では精霊によって人間は迫害されていた」
「はあ……」
精霊、を魔族に変えたら、ファンタジーものではよくある設定ですね。
「そこで嘆き悲しむ人間を見るに見かねて『翼ある神(ファル・フィー・メデン)』が一人の人間に精霊と対抗できる力を与えた。その人間が皇家の始祖である……というものだ」
王権神授説の典型ですねえ。
と思っていたら、同じことを言われました。
「お前の世界で言うところの、王権神授説の典型だな」
「その『翼ある神』様がこの星の宗教なんですね」
そう言うと、ルーランは同意とも困惑ともとれる顔になりました。
「……お前の記憶にある宗教というものとは、かなり、定義が違うがな。お前の定義でいうと、この星は『一神教』で、『政教分離』はなってないのだが……、どうしてお前の世界ではこんなに宗教が力を持っているんだ?」
「ううんと……」
異星人だからこその素朴な疑問でしょうね、コレは。比較対象があればこそ出てくる質問です。
この星では宗教に力がないのでしょう。だから、地球での宗教の力に疑問をもった、と。
私は頭をこねくり回し、答えらしきものを見出しました。
オ○ムなどの、新興宗教に若者がどうしてハマるのか。
そういうテーマの番組を見たことがあります。色んなコメンテイターが色んな意見を言っていましたが、私の心に一番フィットしたのはこの言葉でした。
「それだけ、心に不安を抱えている人が多いんでしょう。信じるというのは、心に支えをつくるってことですから……、信じるものが欲しいんだと、思います」
「なら、自分を信じればいいだろうに。自分だけはどんな時も自分を裏切らんぞ」
当たり前のように言われた言葉に、がっくりとカルチャーショックを味わうのはこれで何回目でしょうか……。
「……自分を信じるのは、大変ですよ。魔が差す、って言葉がありますし……私みたいな取り柄らしいものがない人間は、自分を信じられません。土壇場で自分を信じて踏ん張ることができません」
「――もし、地球人が魔力を持ったとしても、絶対に術は使えんな。暴走させて終わるのがオチだ」
「う……その、やっぱり、術を使うには自分を信じることが必要ですか?」
「当たり前だ。術を編んでいる最中、疑心暗鬼に囚われたら終わりだぞ。下手にそこで構成を間違えたかと迷ったら時間切れで編んでいる途中の術が破裂する。たとえ間違えたかもしれないと思っても、構成を最後まで編みきらねばならない。そうした方が、間違っていた場合の被害も少なくなる」
「……術を使うのは、自分を信じて終わりまで紡ぎ抜く精神力が必要なんですね……」
「そうだ。上級技になると、恐ろしく長い構成になるぞ。できる者は簡単にやってのけるがな。あればかりは理解できん。どうしてああまで長い構成を失敗せずに紡げるんだ? 構成を省略するにしても一度は半日ずっと精神集中して編まねばならんのだぞ? しかも失敗は許されん」
後半は、地球でもよくある愚痴ですが、意味は伝わりました。
ルーランがこともなげに言った「信じるものが欲しければ自分を信じればいいだろう」という姿勢は、ルーランだけではなく、他のレイオスの人にも共通していると見ていいでしょう。
そうでなければ、そもそも術の行使ができないから。
……魔法が普通の世界って、シビアですねえ。
たぶんこの世界、異世界転生してきた主人公は魔法使えない落ちこぼれに成り下がりますよ。
自分を信じる、なんて、すごく簡単で難しいことですから。
「上級技……ってことは、中級も下級もあるんですね?」
「生活で使うほとんどの術は下級だな。癒しは上級のなかの下だ。術は使えば使うほど上手くなるから、基本的に年を経た人間の方が編むのが上手い。
……そうだな、癒しなら、百五十歳ぐらいになれば普通は編めるようになる。ただ、超上級技になると、まるで次元の違う話になる。才能がなければ一生できない」
――『癒し』の術が上級技で、それを以前ルーランは誰でも使えると言っていて、でもさっきルーランは上級技はできないって言っていて……、つまり。
私はとある疑問を抱きましたが、口にチャックしておくことにしました。――ルーランは術者としてどれぐらいなんですか、というのは扶養者の身の上では聞かぬが花です、うん。
聞いてばかりの私だって、聞いていいことと悪いことの区別ぐらいはつくのですよ。
調べれば調べるほど、地球が存在することは奇跡としか思えないです。そして、レイオスもまた。
ルーランはそういう知識を持っているので、「神」というものを信じそうになっています。そりゃもう超低確率なわけです。
一方サナエは「異世界だから」でスルーしてます。うん、こっちの方が気楽に生きられるよねw
あ、ルーランは術者としては三流です。10段階評価で10が最高で5が普通なら、ルーランは2.5〜2程度。
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