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あかね雲

□ 異世界で人非人に拾われました □

21 人権? なんですかそれ


「本音と建前って、どこの世界でも同じですねえ……」
 私は何やらしみじみとしてしまいましたよ。

「キールくんは、だから皇帝陛下……ええと緑の座って言うんですね、この星では。緑の座よりも偉いんですね」
「ああ。実質的にな。つまり――」
 ルーランは、手近にあった木の果実をもぐと、かじりました。

「そのキールが口先だけであってもお前を支持する、後援する、と言明した以上、お前はとりあえず安全なわけだ」
「そんな偉いキールくんが私の味方についてくれたのに、とりあえず、なんですか?」

 どうやら、ルーランはキールくんが嫌いみたいです。
 また、苦い顔になりました。

「……私も人の事は言えないが、あんまりあいつを信用するな。あいつはな、口先だけしか他人の為には動かさない奴だ。お前の身が実際に危険にさらされようと、平気で見捨てるぞ」
「はい? 他人なんですから、当たり前じゃないですか」

 ルーランがちょっとだけ、これまでとは違った目で私を見た……気がしました。
「口先だけの後援の約束でも、キールくんの支持っていうのは、かなり効果があるんでしょう? 赤の他人なんですから、口先だけでも味方してくれるだけでも有難いですよ」

 皇帝陛下……緑の座よりも偉いっていうキールくん。
 なら、彼が私の味方側に立った、っていう立場表明だけでも、かなりの影響力があるはず。
 ルーランは、キールくんはそう言うだけで実際は私の為には何もしてくれないっていうけど、じゅうぶん過ぎるくらいですよ。

 ルーランは私を見下ろしてましたが、やがてぽつりと言いました。
「……キールは、物凄く特殊な生まれでな」
「はい」
「私と同じシミナーで、瘴気浄化能力者だ」

「……はい? 瘴気、浄化、能力者?」
 単語の意味をつなぎ合わせて考えます。
 ……それって……。
 瘴気。ってたしか……。
 すべての人が魔力を持つ世界レイオス。そこでは殺人をしたら必ず瘴気がつく。一目でわかる、殺人者の証。

「瘴気を浄化する方法はわかっていないんじゃないんですか?」
「瘴気浄化能力者に頼る以外の方法はわかっていない。そして……、シミナーもそうだが、瘴気浄化能力も、出生前の能力診断で判明する。もし、瘴気浄化能力があるとわかったら、その場で生涯幽閉の運命になる」

「そんな……!」
「――仕方のないことだ。瘴気浄化能力者は、野放しにしておくには危険すぎる。前にも言ったが、犯罪組織の人間は、レイオスにもいる。そんな輩が、瘴気浄化能力者を放っておいてくれると思うか?」
「それは……」

 反論しかけて、喉につまりました。
 そうです、ここで理想論をぶちあげても、何にもなりません。
 現実として、こうして話を聞いているだけの異世界人である私でさえ、瘴気浄化能力者を犯罪組織が喉から手が出るほどほしがるだろうということは、わかってしまうのです。

「あまりにも、悪用されたら危険だ。そして同時に、社会にとって、瘴気を浄化する能力というのは必要不可欠なものだ。お前の世界でも、正当防衛という概念はあるだろう?」
「はい……あります」
「殺人を犯しても、裁判を経て、社会に出る人間はいるだろう?」
「はい……」
「死刑、という制度もあるだろう?」
「はい……」

「人が人に殺されたら、瘴気がつく。そこに事情の忖度(そんたく)はない。ただ、人を殺したら、殺した人間の瘴気がつく。そういう画一的なものだ。だが、人の世は殺人が絶対悪というほど単純な世の中ではない。それは、生存権をも否定してしまう――殺されそうになっても殺してはいけないということになってしまう」
「はい、わかります」

「だから、瘴気浄化能力は社会にとって極めて重大な力だ。需要は多くないがな。殺人を犯しても刑罰を与えられ社会に出る者、そしてまた、職務の一環として死刑を施行する者。瘴気がついていたら、人前に出ることすらできない。悲鳴を上げられ、捕縛される。そうでなくても、気力と寿命を削っていく。社会にとって野放しにはできず、かつ必要不可欠な能力者。そこで出た結論が、衣食住を決して不自由させず、豪華な皇宮の一角での生涯幽閉なわけだ」

 ……話の流れは、理解できます。
 たぶんそれは、最善の政策なのでしょう。
 もやもやっとしてしまいますが。

「……その、ことを……普通の人たちは知っているんですか?」
「ああ。普通に知っている。刑罰の一つに死刑があり、裁判という制度がある以上、瘴気浄化能力者を皇家が囲っていることは隠しようがない。そして、社会における必要悪と割り切っている。出生前診断でわかるから、家族もいないしな」

 そういえば、この星では子どもができてから、希望する人に振り分けるんでしたね。
「そう、ですか……」
「家族がいない以上、文句を申し立てる人間もいない。当の能力者は、何せ生まれた時からその環境だ。それが当たり前と刷り込まれる」

 ……この世界の人がそれでよしというのなら、乱入者である私が偉そうに言うべきことではないのでしょう。
 だいいち――外にでても悪党の食い物にされるのがオチだって私にですらわかりますし。

「瘴気浄化能力者の待遇は、悪くない。皇家も罪のない人間を虐げるほど愚かでも無慈悲でもないからな。贅を尽くし、快適そのものだ。……生涯そこから出られないということを除けばな。仮に今彼らが解放されたとしても外で普通の暮らしなどできるまい。貧民の中には幽閉されてもいいからそんな生活をしたいと望む者も少なくないだろう」
「そうですね」

 動物園の動物は、動物園でしか生きられない。
 ふっと、そんな言葉が頭をよぎりました。

 たとえ解放されても――、飼殺しにされている彼らは、自力で生計を立てられず、また贅を尽くした生活から離れることもできないでしょう。



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Date:2015/10/31
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