ルーランはしばし、美しい湖面が光を弾き、白銀に輝く様を眺めていました。
「――お前の世界を知るまでは考えもしていなかったが、人は精霊がいるからこそ、自滅への道を走らずに済んでいるのかもしれない」
「……そうですね」
「そして、精霊の恵みが廻りまわって、人の世界を潤しているのも事実だ。やれ年間の伐採量はいくついくつ、採掘量は最大いくつまで、と精霊からの締め付けもきついがな。精霊は森を守り、森を育む。そして森は栄養分をのせた水を下流へと流し、大雨の際には天然の堰となり、山火事のときには防火堤になる。……そうした精霊を信奉する人間が出てきても、不思議ではあるまい?」
「そうですね」
どんな集団も、一枚岩というのはありえないものです。
ましてや相手は精霊。敵ではありますが、同時に味方でもあるという不思議な存在です。
私の世界の日本にも、文明を嫌い山籠りをする人はいました。
ここでは精霊という存在が実際にいるのです。その比率が多くなるのは当然かもしれません。
「キールくんは……精霊を信奉する民族で、だから精霊に目をつけられて雑用係にされてもそれを家族には言えないってことですね……」
なんて可哀想な子でしょうか。
生まれつき、そんな力を持っていたのは彼のせいじゃないでしょうに。
その力であわや一生幽閉かという目に(生まれる前に)あい、それでもやっと生まれて家族のところで暮らしていたら、悪人に何度も何度も襲われて。
きっととても怖かったでしょう。
護衛の人が助けてくれたとしても、自分を利用しようと悪人が迫ってくるのです、怖くないはずありません。
……それがやっと無くなったと思ったら、たとえ人間の最高権力者でもどうにもできない存在から利用され、使用人のようにこき使われて。
「かわいそうな、子ですね……」
ぽつりと呟くと、ルーランの顔が思いっきり引きつりました。
――え?
美形が引きつると、綺麗なだけに落差がひどいです。
一体どうしたんでしょうか。
「わ、わたし、何か変なこといいました?」
問いかけると、ルーランは視線をそらしました。
「い、いや……。あ、ああそうだな。キールは思えば可哀想な奴だ。たったの十歳で無数の人間からその身柄を狙われ、それを切り抜けたと思えば精霊によって酷使されるのだから。うん、あいつは同情に値する境遇だ」
「……なんか、誤魔化してません?」
「いや? とにかくだ、最初心配していた食物の不適合も今のところ大丈夫なようだし、キールはそれだけの権力者であるということでもある。安心して過ごすといい」
私はそこでぽんと手を打ちました。
「あ、そういえばそうでしたね。食べ物が合わなかったら私死んでますね」
いやー、忘れてましたよあっはっはー。
だって心配するだけ無駄でしょう。食べたら死ぬんであっても、食べなきゃ死ぬし。
「術で吐かせて体力を回復させれば大抵は大丈夫だが……、お前は本当に見かけによらず図太いな」
「良く言われます」
何でか私、見かけによらず図太いってよく言われるんですよね。
なんででしょう? こんなにか弱いのに……不満です。
そしてまた、足を動かすことを再開したのですが……。
「それにしても、この湖広いですねー」
これは、一周するのはむりですね。あそこにログハウスが遠くに見えてますから……、まだまだ五分の一周もきてませんよ。
おまけに足元はぬかるんだでこぼこ道ですし。
……道のない森の中を歩くよりはいいですけど。
湖のほとりだからこそ歩けていますが――森の中は枝葉が張り巡らされていて、常時しゃがんで匍匐前進しないと進めないぐらいなんですよ、この森っ。
精霊の恵みが豊かだからでしょうね。自然保護区の森林みたいな感じです。生命の気配も、昆虫の気配も豊富です。蜘蛛……ていう言葉がちゃんとレイオスの言語の概念にある以上、蜘蛛もいるんでしょうねえ。ああやだやだ。
歩くたびに蜘蛛の巣を体のあちこちにひっかけて、虫が肌をざわざわ這う……道なき道をゆく山歩きってそういうものですけど!
現代日本のOLのほとんどは、遊歩道を歩くのはともかく道なき場所を歩くのは嫌ですよ!
「この湖って、どれぐらい広いんですか?」
地上からだと、これだけ広くて森が豊かな湖を一望することはできません。
ひょうたん型か、ごつごつ型か……とにかく広いです。対岸が見えませんから、全景も予想できないのです。
「かなり広いな。三日歩いてもお前の足では外周を一周するのは無理だろう。気が済んだなら戻るか?」
「そうですね……」
足も疲れてきましたし、気晴らしにもなりました。
ラノベでよくある発見物なんかもなさそうですし、お腹も減りました。
この辺りで帰りますか。
私はルーランを見上げて、頷きました。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0