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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

風邪を引きました 1


ふたりの関係性としては四巻の途中あたり。
同人誌を読んでいなくても問題はありません。





 ジョカが風邪で倒れた。
 前もってこうなる事態を予想して対策はしてあったので、問題はない。
 ……ない、はずだった。

 現在、ジョカは熱を出して寝込んでいる。
 ちょっと前までなら大変だったろうが、ジョカが魔術師流の増築を施した家ならベッドは二つあるし、食料の貯蔵庫もあるから問題ない。
 ……ない、はずだった。

 リオンは頭が良い。この場合の頭の良さには、応用力も入っている。
 ジョカに前もって「病人に対する看病の仕方」を習っていたのでその通りにすればよかったのだが、教えられたメニューは冷たいものばかりで(保存性を優先させれば必然的にそうなる)応用力溢れたリオンはこう思ったのだ。
 ――風邪のときは、温かいものがいいはずだ! と。



 五分後、リオンは、厨房(恐らく)の前で、顎に手を当てて悩んでいた。
 リオンに料理のスキルはない。
 だが、彼には応用力があったし、頭の良い彼は己の「分」も知っていた。
 料理ではなく、ただ温めるぐらいはできるだろう、そう思ったのだが……。

 目の前に竈はある。
 以上、それだけである。竈以外、なにもない。

 鍋――なし。
 薪――なし。
 火種――なし。

「……どうやってジョカは火をつけていたんだ?」
 ぽつりと呟き、その質問のあまりの馬鹿馬鹿しさにリオンは金の髪を掻き混ぜた。
 これ以上阿呆らしい問いがあるだろうか。
 魔法でに決まっているではないか。

 しかし、ここでリオンはとあることに気づいてしまった。気がつかなければよかったのに。
 ――薪があったとしても、火がつけられるか、私に?

 ちなみに一般家庭では、火打石でともすか、近所に貰いに行く。
 世継ぎの王子さま、であったリオンは、火をつけることすらできない。
 野営のときも、火をたくのは下っ端の仕事である。やったことなどあるはずもない。

 火をつけることすらできない人間に、どんなものであれ調理することができるはずもない。ただ温めることでさえも。
 火の扱いを知らない人間が、大人の監督もないところで見よう見まねで火をつける……その恐ろしさを知らない人間は、この時代、いない。

 火事を起こし、焼け死ぬのがオチであることを考えれば、ジョカが薪や火種を置いていないことの意味は明らかだった。
 ――勝手なことして火事を起こすな。
 そういうことだ。

 リオンは肩を落とした。
「――仕方ない」


     ◆ ◆ ◆


 ジョカは並べられた食事に目を丸くした。
 なんせ、あのリオンの初料理だ。どんなゲテモノが出てきても頑張って愛の力で完食しようと悲壮な決意を固めていたのだ。

 しかし、出てきたものは、

 一、一口大に切られた果物。
 二、水差しに入れられた冷たい透明度の高い湧き水とコップ。
 三、冷たい牛乳(牛乳は痛みやすいが、魔法で保存しておいた)の中に浮かんだ細かく千切られたパン。
 おまけに、症状に合わせて持ってきた薬。

 という、食べやすく、消化によろしく、かつ、リオンでも作れるものだった。

 リオンは心配そうにジョカを覗き込んだ。
「これぐらいなら食べられるか?」
「あ……うん」

 リオンに病人の世話なんてできるわけがない、と言い、転移の力がこもった羽根を渡して、俺が病気になったら外へ行け、と言っておいたジョカは一瞬、口ごもった。

 まあ、その後、粘るリオンに「看病の仕方」を教えておいたのもジョカだが。……教えなかったらいろいろと恐ろしいことになりそうだったので。
 しかし幸いなことに、起こるかもしれなかった「いろいろと恐ろしい事態」は、回避されたようである。
 事前の準備はいつの世も大事だという好例であった。

 どんな奇天烈なものが出てくるかと思いきや、至ってまともだ。
 食料の貯蔵庫には防腐の魔法をかけた保存食、そして山の湧き水を引いておいたのだが、リオンはきちんとそれらを活用したらしい。

 リオンは心配そうに見ている。
 ジョカは牛乳に浸されて柔らかくなったパンを匙ですくって口に運んだ。
「……甘くておいしい」
 どんな味でもまずいと言える眼差しではなかったが、それはお世辞ではなかった。

「そうか、よかった」
「砂糖入れたんだな」
「似たようなものを食べたとき、甘くて美味しかったから……嫌だったか?」
「いや。甘くて美味い。教えてないから驚いただけだ」

 リオンの応用力は、正しく発揮されたようである。甘く味付けして食べやすくする、という方面で。
 砂糖の分量も、甘すぎるほどではなく、程良い甘味だ。
 カチカチのパンを槌で割って牛乳に浸す簡単料理(といっていいのかどうか)は、リオンにもできる病人食として教えておいたが、砂糖を入れることは教えてなかった。

 ジョカは甘いものが好きだし、牛乳が冷え過ぎていて内腑が冷える以外は何も問題はない。そして、牛乳が冷えているのは保存の関係からどうしようもない。魔法も万能ではなく、牛乳なんて腐りやすいものは冷たくしなければ保存ができず、病気の今は温める魔法も使えないのだから。

 果物の皮むきなども初めてだったろうに、悪戦苦闘の跡は見えるがちゃんと剥けていた。おまけに応用編で、一口大に切るという小技も見せている。
 それを齧りつつ、ジョカはそっとリオンを見上げた。
 ――基本の性能が高いから、教えれば何でもできるな、コイツ。

 よくよく記憶をあさってみれば、王族なので常識外の部分は多々あるが、リオンに教えても憶えない、できない、という事があった記憶がない。
 何かを教えれば、大抵はまずまず上出来にこなしてみせる。

 何をやっても不出来な人間がいる一方で、こういう何をやっても良く出来る人間というのも、世の中にはいるのである。不公平なことに。

 胃袋がいっぱいになるとジョカは寝台に横になったまま腕を伸ばし、リオンの金の頭を撫でた。
「美味しかった。ありがとな」

 リオンはにっこりと、笑顔で頷いた。
 その笑顔を見ると、ジョカの唇もしぜんとほころんだ。

 リオンはジョカが食事を終えると立ち上がった。
「氷嚢を作ってくる。待っていてくれ」
 ジョカは枕に頭を置いたまま、頷いた。

 目を閉じてジョカはまどろむ。
 以前は病を得たときはただ黙って丸くなり、耐えて嵐が過ぎるのを待つばかりだった。
 ――けれど、今は。

 ふと、額に冷たい感触がして、意識が戻る。リオンが氷嚢を無事作って戻ってきたことを悟る。
 ――自分のために食事を作って、自分の世話をして自分の心配をしてくれる相手がいる。

 しあわせだった。

     ◆ ◆ ◆

 リオンが貯蔵庫を覗いたとき、驚いたことに、貯蔵庫の奥には小さな扉があり、その奥には氷室があった。

 そして、氷室の手前には、凍るように冷えた湧き水がこんこんと湧いていたのだ。
 リオンは教師から教わった事を思い出した。
 ――籠城戦で何より大事なことは、水の確保です。

 水の重要性を、ジョカも知っていたのだ。
 食料があっても、水がなければ人は数日で死ぬ。
 だから、ジョカはここに水を引いておいた。いざという時、リオンが飲み水に困らないように。

 ――俺がもし病気で倒れたときは。

 以前言われた言葉は、もちろん憶えている。
 病気が治ったら迎えに行くから、それまで町で暮らせ、と。
 金と、転移の力のある使い捨ての羽根を渡されてそう言われた。

 ジョカは変なところで自分の頑丈さに自信があるらしい。
 長年の幽閉の間、病気のとき死にたくてもいつも死ねなかったのだから当たり前かもしれないが、食事も何もなく放っておかれても自分は死なない、と思っているようだった。

 しかしそれでも、万が一ということはある。
 ――もし、俺が死んだら、これらのものを有効活用しろ。
 と、近隣諸国の詳細な地図を山ほどくれた。各地の金鉱脈などの宝石に等しい情報もたっぷり。そしてもちろん金貨もたっぷり。

 一度その気で見れば大抵のものは記憶できるリオンは財宝にも等しいそれらをしっかりと記憶に保存したが、同時にむかついた。
 ――少しは私に頼れ、ばか!

 一人で膝を抱えて耐えるしかなかった頃とはちがう、ここにはリオンがいるのだと、わかっているようでわかっていないジョカが腹立たしい。

 リオンがいる、だからリオンのために保存食やら羽根やら金やらは用意する。
 でも、リオンに頼ろうとはしない。
 たぶんリオンが病気に倒れればおろおろしながらも完璧に看病をしてくれるのだろう魔術師は、自分が倒れてもリオンに看病してもらおうという発想がない。
 リオンが主張しなければ、思いつきもしなかっただろう。

 氷室には巨大な氷の塊があったので、それを砕いて氷嚢をつくる。(作り方についてはジョカに「看病の仕方」で習った)。
 鎚を振るって氷を削る間、リオンはずっと腹が立っていた。
 いや、腹が立つ、というのとは少し違う。
 ……悲しいのだ。

 自分が、世間一般常識がなく、「病人の看病」ということでさえジョカに教わっていなければ満足にできなかったことをリオンは知っている。
 そんな自分の至らなさが惨めで、頼ってもらえないことが、悲しい。
「くそう、ジョカなんてジョカなんてジョカなんて……」

 ――世界唯一の魔術師で、何でも知っていて何でもできる。

 ……比較するのも馬鹿馬鹿しい格の差に、リオンはそこでやめた。
 いくらリオンが王家の王子で、誰もが認める美貌の持ち主で英才であろうが、ジョカとは比べるだけ無駄だ。
 この世のすべての人間は、ジョカの前では塵芥に等しく無価値だ。

 ――力になりたい。ジョカの役に立ちたい。頼ってもらいたい。

 リオンは知っている――その力のない人間にできない事を頼むことが、いかに愚かなことか。
 王子であり、采配を振るっていた頃、リオンは多くの人間の力量を見極めていた。
 そして「無能」の烙印を押した相手には、それがつとまるぐらいの役しか廻さなかった。
 ――それが、人を使うということなのだ。
 「出来ない人間」に、できないことをさせても無駄で、その割り振りこそが上に立つ人間の力量だと、リオンは習った。
 ……あの愚鈍な人間と、自分が重なる。

 たぶん、ジョカもそうなのだ。
 ジョカから見て、リオンとあの愚鈍な者は、一緒だ。
 リオンに頼らないのは、リオンに「頼れない」と考えているからなのだ。
 ――だったら、リオンがすべきことは、まず今回の看病をやってみせて、ジョカに「病人の看病ぐらいはできる」と認めてもらう事だ。
 決して、病人のジョカにだだをこねることではない。

 そう決意して持っていった料理は好評だったし、氷嚢も目を丸くしながらも気持ちよさそうに受け入れてくれた。

 そこまでは何の問題もなかった。
 ジョカもリオンの評価を改めただろうし、次は最初からちゃんとあてにしてくれるだろう。上々の出来だった。

 だが――。

 その日の晩、寝入っているジョカの乾いた唇を見ながら、リオンは額を押さえていた。
 薄暗い闇のなか、少し離れた位置においてある明かりの光をあびて、無防備な顔が青白く浮き上がっている。

 この住居は、魔術師の出鱈目がまかり通る場所だ。
 角灯に「ともれ」と言えば、中に火種もないのに明るくなる。そのおかげで夜なのに、すぐ隣に置けば読書ができるぐらいに明るい。
 今はジョカが眠れるように、離しておいてあるが。

「――滑らかな肌だ。年齢を忘れ去ったように。いや、本当にそうなのかな」
 リオンは呟く。
 青白く、浮かび上がる肌。黄色味がかっている事を除けば、今まで見たどんな女性よりも肌理が細かく、しみもそばかすもない。
 三百五十年。生きてきた年輪をまるで感じさせない存在が、ここにいる。

「いつか、私は、あなたに取り残されるんだろうな……」
 リオンは勃然と、身の内に湧いた衝動を息を吐いてなだめる。
 いくらなんでも今は駄目だ。病人に負担をかけるのはもってのほか。風邪がうつってもまずい。看病できる人間がいなくなる。閉鎖空間で健常人ゼロ。一番まずい状況だ。

 ――さわりたい。口づけたい。その衣の下に手をしのばせ、喘がせたい。
 その衝動の名前ぐらい知っている。

 ジョカの容姿は、格別美しいというものではない。不器量ではないけれど、器量よしかと言われると言葉に詰まる、その程度のものだ。間近で見れば整っているとわかるのに、見なければわからない野傍の花のようなもの。

 ――でもそれが、どういうわけか、リオンにだけはこの上なく姿良く感じられるのだ。恋愛フィルターの威力は抜群で、これが恋というやつかと素直に納得いった。

 そう、リオンはジョカに恋をしている。
 自分で自覚して、何度もそう告げているのに……ジョカの心にそれが届いた様子はない。

 理由はいくつもあるだろう。
 リオンが嘘をついていてもいいと思っているから。
 そして、リオンにしたことに、負い目を持っているから。
 ――ジョカは、リオンの事を信じてはいないから。

 どうしても詰められない距離を、直截的に、体で繋げたいと思った。
 そうすることで寂しさを伝え紛わせたいと思った。
 ――そういうことだ。

 リオンは指を伸ばし、ジョカの顔の輪郭をつ……っとなぞった。
「――あなたが思っているよりずっと、私はあなたを好きだということを、あなたはいつになったらわかってくれるのかな」

 ジョカが心のどこかで、リオンを信じていないことを、リオンも気づいている。
 最初に体を繋げたのが流血をともなう強姦であったことも、起因しているようだ。リオンとしては、まったく気にしていないのだけれど。

 ジョカが全快したら――とリオンは考え、くすりとする。
 この埋め合わせはしてもらおう。そんな名目がなくてもこの魔法使いは、リオンの望みなら大抵叶えてくれるけれど。

 いつも襲われているから、たまには襲うのもいいだろう。襲ったところでただ喜ぶだけな気がするのが癪だけれど。
「――早く、良くなってくれ」
 心をこめて、リオンは囁く。

 ――そして、ジョカは恋人の邪な思惑に全く気づかず、幸せに熟睡していた。

 ちなみに、彼が二日間の闘病生活から復帰した時、一切掃除されなかった部屋には埃が溜まり洗濯物が積まれていたが、綺麗好きとはいえ所詮は男。気にもしなかったことを明記しておく。
 上出来の料理と、側にいて看病してくれたことだけで、ジョカは充分幸せであったのである。


 その後、魔法で部屋をさっぱりさせ、久しぶりに温かい料理を食べた後で襲われることになるのだが――リオンの予想通りになったことも、追記しておこう。






リオンが火をつけられないのは、やったことのない人で火打ち石で火をつけられる人間は滅多にいないということで。結構コツがいります。
この時代の庶民なら大抵できる技術ですが、リオンは王族なのでやったことがなく、できなかった、と。
あと、薪が主な燃料であるこの時代の火の管理はスイッチ一つでオンオフできる現代とは違い、難易度が高く、危険です。だからジョカはリオンに火を使わせなかったのでした。(でもこの後、リオンは火の付け方をジョカに教わってできるようになります)


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Date:2015/10/31
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