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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

うっかりは本音です


 それは、うっかりリオンが本音を言ってしまったのが始まりだった。

「ジョカは稚児趣味だから」
 うっかりである。
 つい。
 悪気はない。
 前々から思っていたことだが、悪気はないのだ本当に。

 しかし寝台で本を読んでいたジョカは凍りつき、やがて解凍途中の凍死体の動きでリオンを振り返った。

 稚児趣味=年若い男の子と性的な関係を持つこと。

「――だれが?」
「あなたが」
「――き、も、ち、わるい~っ! 俺があ!? どうして!」
「どうしてって……あのなあ。私がそのまま証拠だろうが」

 ジョカはそこでハッと気づいたようだった。
「そういえば、リオンってまだ十五だった!」
「……忘れるな」

 ジョカは大真面目に言った。
「お前と話をしていたら大抵の人間はお前の年齢忘れると思う」
「真顔で言うな」

 リオンは十五。
 この世界で十五は成人とされているが、それはあくまで建前だ。
 たとえば商人の世界で十五歳の若者がいたら「未熟者の見習い」とみられるのが普通だし、他の職種でも同様である。
 実質的に「大人」とみられるのは、それから三四年は後の話になる。

 老人が十五歳の少年と性的関係を結んでいれば、世間はそれを、稚児趣味の変態、という。

「でも、確かにお前は少年だけど、なんでイコール俺が稚児趣味って話になるんだ」
「幼女と付き合っている人間は幼女趣味という」
「そうだけど……って待て! 俺はリオンが好きなんであって稚児趣味じゃない! 男なんざ論外だ!」
「幼女と付き合っている人間は幼女趣味という」
 リオンはにっこり笑ってトドメをさした。

 ジョカは反論できずに突っ伏した。

「あなたの主観はどうあれ、あなたが日夜いたいけな少年を寝台に連れ込んで淫らな行為にふけっている以上、他人から見たあなたは紛れもなく稚児趣味の変態だ」
「……いたいけ……? おまえが……?」

「私は、誰がどう見ても完全無欠ないたいけな少年だとも」
「…………。反論したい! 思いっきり反論したいんだけど、他人から見たら本気でそうとしか見えない! どこをどう弁解しても言い訳にしか聞こえない!」

 外見的な年齢差はともかく、実質の年齢差がありすぎる。
 こういう場合、世間は「エロジジイがいたいけな少年を毒牙にかけている」という。

「お前のどの辺がイタイケなのか、じっくりたっぷり聞きたいけど、確かに他人から見たらそれ以外に見えない……っ」
「自覚があるようで何よりだ」
 リオンはふふんと鼻で笑って、そしてまじめな顔になった。
 ジョカは猛烈に嫌な予感に駆られる。

 リオンはたずねた。
「なあジョカ。あなたは細い人間と筋肉隆々の人間とどっちが好きだ?」

「……ものすごく、不吉な予感がするんだが、その質問……」
「どっちが好きなんだ?」
「リオンならどっちも好きです!」
「で、どっちがより好みなんだ?」

 じりじりと追い詰められる錯覚に陥って、ジョカは逃げ出そうとしたが遅かった。
 がしりと襟首をつかまれる。
「やーめーてー、はーなーしーてー」
「……遊ばないでくれ。こっちはわりと真面目に聞いているんだ」

「――いや、ほんとに俺は稚児趣味じゃないんです。信じて下さい。リオン様がムキムキの大男になっても構いません、ほんとです」

 稚児趣味の人間の好みと言えばある程度決まっている。
 大人の男のたくましさのない発達途上の体。
 小柄で、オスの匂いがまだしない、女性的とも言っていいほっそりとした細い肢体を彼らは好む。

 そしてリオンは、今はまさにそういう時期だ。既に片足はみ出しているけれど。
 しかし、後一二年もすれば彼らの好みには合わなくなる。

 リオンは成長期なので、旺盛な食欲に比例して体も成長しているからだ。
「伸びる身長はどうしようもないが、体につく筋肉は鍛錬次第だからな。あなたが棒きれのように細い少年が好きだというのなら、好みに合わせて努力するのもやぶさかじゃない」

「…………。だから、俺は、リオンが好きなんであって稚児趣味じゃないんだってば……」

 しくしくといじけるジョカを、リオンは不思議なものを見る目で見つめた。
「なんで泣くんだ?」
「こっちが聞きたい。なんでそんな事を言うんだよー」
「愛とは相手のために努力するものだろう? それは、相手の好みになるよう努力することも含むんじゃないのか?」

 非常にまともな「正しい」言葉に、ジョカは額を棍棒で打ち抜かれたようにのけぞった。
 そして、ため息をつく。

「……お前の言いたいことは判った。嬉しいし有難いとも思う。でもな、これだけは言っておく。――俺は、断じて、稚児趣味じゃない!」
「うんうん、世間の人間はまかり間違ってもそうは思わないだろうが、あなたがそう主張するのは自由だな」

「…………リオンの舌鋒が鋭すぎて胸がしくしく痛い……。とにかく! だからお前がムキムキの大男になったって俺は別に構わないんだよ」
「本当に?」
「ああ」

「筋肉は一度ついたら落とすのは難しいぞ?」
「俺好みになろうとしてくれることは嬉しいけど、俺は稚児趣味じゃないんです信じてください」

「あなたの内心はどうあれ、いたいけな少年を寝台につれこんでさんざっぱらずこぱこ行為にふけったんだから、そう思われるのは当然で、自業自得なんじゃないか?」
「…………リオンさんの言葉が正しすぎて胸が痛いです」

 たとえ心の中で「こんなことはしたくないのに……っ」と思っていても、幼女に手を出せばそれは幼女趣味の変態である。
 内心がどうなのかは関係ない。
 どんな行動をしたかがすべてだ。
 ジョカはリオンに手を出したのだから、それは言われても仕方のないことなのだった。

「言ってることは正しいけど、これだけは言いたい。言わせてくれ。俺は男が好きなんじゃなくてリオンが好きなんだ」
 ジョカの、精一杯の真実を込めた告白は。

「そんな事は知ってるが」
 当たり前のように返されて撃沈した。

「……お前のどこがいたいけな少年なんだどこが!」
「年齢あたりじゃないか?」

 軽く返し、リオンは腕を組んだ。
「あなたが私を愛しているのは知っているが、それとこれは本質的に別問題だと考える。あなたが私を愛しているからと言って、私があなたのために努力しないで良いという問題ではない。ちがうか?」

 きらりと青い瞳を光らせて言うリオンは、非常に男前だった。

 ジョカは除草剤(正論)を注がれた雑草のように、萎れて言った。
「お前の言うことは正しいけど、でも、俺は本当にお前ならいいんだよ……」

「私が、むくつけの大男になっても?」
「うん」
「頭が禿げて腹が出ても?」
「うん」
「――わたしが、年老いて皺だらけになっても?」
「うん」

 リオンはジョカを見つめた。
 あと五十年もすれば老いさらばえて死ぬ定めの人の子は、三百年以上その姿で生きている魔術師を見つめた。

 その口元に浮かんだのは、不思議な優しさに満ちた笑みだった。
「……わかった。なら、いいよ」


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Date:2015/10/31
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