時期的に同人誌五巻の直前あたり。
同人誌を読んでいなくても問題ありません。
リオンの16歳の誕生日に何を贈ろうか苦悩するジョカのお話です。
女の「あなたのくれたものなら何でもいいの」ほど、当てにならず、嘘っぱちなものはない。
女というのは口ではそう言っておいて、実際に心「だけ」籠もった稚拙な土人形やら手作りの何かを差し出しても、笑顔で受け取った裏でがっかりして減点する生き物である。
女の「あなたのくれたものなら何でもいいの」とは、翻訳すると、「あなたのくれる宝石や高価なものならなんでもいい」なのだ。
――しかし、そっちの方がむしろ楽だった……。
ジョカはしみじみと世の男たちとは真逆のことを痛感していた。
富にも宝石にもまるで興味がない人間に比べれば、副音声がついた女の「なんでもいい」の方が遥かに楽だった、と。
宝石のついた見た目に綺麗な細工物だの、布地だの、衣装だのを買って来て贈れば良かったわけだ。要は金さえあれば、これほど楽なものはない。
むしろ、金で済まない相手の方がずっと面倒だった。
リオンは王族なので、金銀財宝は腐るほど持っていた。上等な衣装も箪笥の肥やしになるほどどっさりあった。
そもそも何百もの人間が、彼の好むものを贈り、機嫌を取ろうと頭をこねくり回していたのだ。
そうそう簡単に思いつくものでもないが……。
ジョカは天に向けてうーんと唸ってしまった。
リオンの好むものが中々思いつかない。
つかないけれど、でも、喜んでもらいたいのだ。喜ぶ顔が見たいのだ。
こういう時、自分がリオンを甘やかしすぎた弊害を思う。
本が読みたい、と言えば貸した。
知識が欲しい、と言われれば求められるまま分け与えた。
常日頃から、求められるがままほいほいとやりすぎたので、いざ贈り物に本をと思っても、有難味がまるでない。
他にリオンが欲しがるものといったら……馬?
いやいやいやいや、ジョカを足代わりに使って空を好き勝手に飛んでいる状態で、馬がいるだろうか。
どう考えても馬<飛行だ。
それ以前に、王子だったのだ。既にとびきりの名馬を持っていたはずだが、完全に存在を忘れているのは見ていれば判る。それに、飼うスペースもなければ必要性もない。
では豪華な建物……といっても、王宮以上に豪華な建物は無い。
「――物欲ないよなあ、おまえ……」
リオンはいきなり言われて、目を丸くした。
「俺はな、お前を甘やかしたい。ちやほやしたい。好きなものをホイホイ与えて喜ぶ顔が見たい!」
「駄目人間製造機だな」
ばっさりと……リオンが容赦なく一刀両断にこき下ろした。
ジョカはがっくりと首を折る。
自分でも、「そうかも」と思ってしまったために。
リオンはそのアイスブルーの瞳にはっきりと嫌悪と非難を浮かべて言い放った。
「過去、魔術師の寵愛を受けた人間がどうして道を踏み外したのか、あなたの言葉を聞くだけで明々白々だ。喜ぶ顔が見たいからって何でもやってどうする。それで堕落しない人間がいるとでも思うのか」
ぐうの音も出ません。困りました。
「……そうだけど……、お前の言う通りだけど……、お前の喜ぶ顔が見たい……っ。これは魔術師の本能みたいなものなんだ!」
「――ああ、なるほど。魔術師の寵愛を受けた人間が増長するわけだ……」
リオンの青い眼差しは冷めきった軽蔑の色だった。
なまじ人並み外れた美少年なだけに、軽蔑の眼(まなこ)のダメージは凄いものがあった。
ジョカはざっくりと心に傷を負って、いじけた。地面にのの字を書く。
「――おまえ、好きなものとか欲しいものとかないの?」
「欲しいものは逐一あなたがくれるじゃないか」
厳密に言えば、リオンは王族なので欲しいものはたくさんある。――彼は、清潔なベッドと清潔な絹の服でしかくつろぐことができないのだ。
庶民と同等レベルの生活は、著しく彼の神経をすり減らす。
数十日同じものを着っぱなしで垢が繊維の奥深くにまでこびりつき、不潔なしらみが湧いた服、ベッド、隙間風に悩まされる家屋。
この当時の庶民の生活レベルでは「当たり前」のものが、王族の彼にとっては拷問に等しい。
リオンは「普通」の生活ができない。
庶民にとっての贅沢品が、彼にとっては生活必需品なのだ。
そして、それらをリオンに支給してくれるのがジョカであり、炊事も洗濯も全て彼にまかせきりである(ジョカが実際それを手でやるのではなく、魔法だが)。
「……そうだけど、そうじゃないというか、違うものというか、衣食住以外のものというか……」
ジョカはぶつぶつ言っているが、リオンはこう片づけた。
「じゃあこうしよう。あなたが私に食事を用意してくれるたび、魔法で部屋を綺麗にしてくれるたび、衣服を用意してくれるたびに、私はあなたに笑顔で礼を言おう」
「……」
リオンは、これまで食事を供されても礼を言ったことは無かった。
王子であった彼にとって、それは、「当然」のことだったからだ。
王族のリオンは救い難いことに、「掃除しなくても部屋はいつまでも綺麗なままである」という錯覚があるが、もちろんそれは大いなる誤解である。
彼の部屋が常に清潔に保たれていたのは、無数の使用人と、ジョカがいたお陰に他ならない。不潔なのがいやだ、という点においてリオンとジョカの嗜好は一致していた。
しかし、リオンにとってそれは当然なので、その事に礼を言ったことももちろんない。
衣服も、何も、与えられるのが当然と思い、感謝も何もしてこなかった。
そして、それを、ジョカでさえ当たり前だと思っていたのだ。何不自由なく暮らせる王宮から彼を連れ出したという深い負い目のために。
リオンはジョカをつかまえると目を合わせ、こういった。
「あなたが私を喜ばせたいというのなら、私も与えられるものを当然と思わず、きちんと喜んで礼を言おう。
いつも……私の住み心地のいい環境をつくってくれてありがとう、ジョカ」
言葉とともに与えられたのは、輝くような笑顔。
異名に恥じないその笑顔と額への接吻に、ころりと機嫌が直ったジョカはちょろい……かもしれない。
結局ジョカが何を贈ったのかは五巻をお読みください。
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