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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

逆鱗


時系列では同人誌四巻のあたり。
同人誌を読まなくても問題ありません。



 どんな人間にもこれをされたら怒るという逆鱗はある。
 そして、世界でもっとも怒らせてはならない人間の逆鱗に触れた人間の末路は、
 ――「悲惨」の一言に尽きた。



 ジョカの逆鱗。これはかなり判りやすい。とても判りやすい。
 リオンだ。

 ジョカの沸点は、意外と高い。
 意外と、彼は話が通じない人間ではないからだ。
 意外と、彼は聞く耳を持った冷静な人間である。魔術師のイメージにも沿う聡明な人だ。
 リオンがジョカの意向に真っ向から逆らっても、ジョカはむっという表情をするだけで、怒りはしない。ちゃんと話も聞いてくれる。リオンの正しさを認めれば、折れてくれる。決して、怒りっぽい人物ではないのだ。

 ――しかし、こと、リオンの無事に関わることだと、何もかもすっとぶ。

 リオンが殺されかけたとき。
 荒れ狂うジョカの報復を、リオンはうわちゃーという思いで見ていた。もちろん、止めなかった。

 それにしても。
 それにしてもだ。
 馬鹿だ。馬鹿だ。大馬鹿だ。あいつ、馬鹿だろう。完全に。

 リオンを殺しかけたのは、とある馬鹿である。
 その馬鹿は、リオンとジョカの関係についてある程度つかんでいたにもかかわらず、ジョカの目の前でリオンに向けて投擲武器を放ったのである。

 繰り返す。
 ジョカの目の前で、リオンを、殺そうとしたのである。
 ……その後の大噴火は、ご想像のとおり。

 まったく同情できないので、リオンはまったくジョカを制止しなかった。

 ジョカが冷静に怒り狂うという二律背反していることを両立させていたとき、リオンはため息をついていた。

 ……あのなあ。
 恋人関係であるという確証まではなくても、リオンがジョカの「お気に入り」だってことぐらいは判ってただろうに。
 それでなんでジョカの前で、信じがたいことに、冗談半分で武器を向けるのか。

 相手にとっては冗談だった。
 だが、それを、そういうことを、なぜやるのか、リオンの思考回路では完全に謎である。

 いや、これがリオンを恨んで殺そうとしたとか、リオンが邪魔で排除しようとしたとかなら判るのだが、あの馬鹿(名前不明。たぶん今頃拷問受けて解体されているだろう)は、信じがたいことに、ごく、ごく、かるーい気持ちで、リオンに即死の投擲武器を投げたのだ。
 ジョカが気づかなければ、リオンは死んでいただろう。

 ……ひょっとして、物語の腕試しのように、「いい腕だな」だの、「次やったらタダじゃおかない」とか言われるだけで、許してくれるとでも思ったのか。

 ジョカの目の前で、リオンに武器を向けて殺しかけるという行為を、「冗談」の一言でジョカが済ますとでも思っていたのか。

 ……考えれば考えるほど、自意識過剰で後先考えない想像力のない馬鹿、という結論に行きつく。

 本当に、いったい何を考えていたんだろうか、あの馬鹿は。

 ……ひょっとしたら、リオンの知識にあるいくつかの物語のように、「いきなり斬りかかったらガキンと受け止められ、お互いの力量を認め合い、それから交流が始まる」とでも思ったのか? ひょっとして。

 たしかに、そのパターンで仲良くなる物語は多々ある。
 だがしかし。
 それはあくまで、物語の中だからだ。

 普通の人間は、いきなり殺されかけて好意は持たない。もちろん、あっさり許したりも、しない。
 殺されかけたら殺してもいい。それが常識だ。正当防衛である。
 戦闘状態へ移行する行為であり、そして、世界唯一の魔術師であるジョカに敵う者など、世界のどこにもいないのだ。

 ――阿呆だ。

 物語では、「悪気なく」刃を向けられたら、許すのが「お約束」だが、往々にして、現実と物語は相反するものである。
 というより、いくらジョカが物語から抜け出てきたかのようなお伽話の中の存在だからと言って、物語の「お約束」が通じると思うなんて、阿呆にも程がある。

 ジョカの怒りは凄かった。
 リオンは長くジョカの側にいたが、あれほど彼が激怒するのを初めて見た。
 カッカカッカと目に見えて燃え上がるのではなく、途方もない圧力をかけられて圧縮され、固形化した石を思わせる怒り。

 そして、世界で最も怒らせてはいけない人物を大激怒させた結果。
 ――張本人はもちろんのこと、所属していた組織まるごと全員、死ぬより酷いことになった。

 恐らく、今頃は、「殺してくれー」と絶叫しているのではないだろうか。
 もちろん、リオンは一切、止めなかった。
 自分を殺しかけ、ジョカの逆鱗に触れた相手を助けるほど、彼は聖人君子な性格をしていない。

 報復が終わると、リオンはジョカを抱きしめた。先ほどまでその身に宿していた怒りの残滓で、その身体は震えていた。
 ……彼は怯えていた。リオンが死ぬ事を。彼の側からいなくなることを。
 死んだ人間は、生き返らない。たとえジョカでも。

 ジョカの怒りの激しさにはリオンも驚いたが、一つ、気づいたことがある。
 ――死は、一瞬の苦痛に過ぎない。
 ジョカは、冷然とそう告げた。
 魔術師の怒りに震える人々の前で。
 だから、殺してなどやらないと。

 言葉の裏を読めば、人の本音がわかる。
 ……つまり、ジョカにとって死というのは、「一瞬の苦痛」でしかないわけだ。
 理屈はわかる。手の施しようのない怪我人に死を与えることが慈悲であるように、ジョカにとってもそうだったのだ。

 ――死は、一瞬の苦痛でしかない。

 生きとし生ける者、すべてが恐れることでさえ、彼にとってはその程度なのだ。その程度にしかならなくなる地獄を、あの永遠の監獄の中で、味わったのだ。

 その事を思うと、リオンは、ひたひたとある感情が胸を満たしていくのを感じる。

 ――三百二十年、彼が幽閉され続けていた闇の監獄。
 自殺は魔術師の制約によってできず、発狂することも許されず、訪れる王族に助けてくれと泣き濡れて額(ぬか)づいて切願してもしてくれず、希望を殺し、絶望すら麻痺していた青年にとって、死は唯一の希望だった。
 あの牢獄から、逃れられるたったひとつの光だった。

 ジョカにとって、死とは、単なる一瞬の苦痛でしかないのだ。少し苦しむだけで、幽閉から解放される鍵。そうでしかないほど、彼は現状に絶望していたのだ。
 ……そして、だからこそ、ジョカは、リオンにだけは、微笑んでくれるのだ。

 ――助けてくれて、ありがとう。
 ――あの闇から、俺を、助けてくれて、ありがとう。

 一緒に暮らしていれば、嫌でも伝わる。
 幽閉中、ジョカがどれほどの苦痛と屈辱を味わったか。
 ジョカに与えられた傷を感じ取るたび、リオンは息苦しいようないたたまれないような気分になる。
 その正体は、とうに気づいている。
 罪悪感だ。

 口にして、罪悪感が軽くなる時期はとうに過ぎた。
 ジョカはリオンの謝罪を受け入れてくれた。それでも、己を責めさいなむ声が、消えないのだ。
 これはもう、墓場まで持っていくのだろうと、見切りはついていた。

 リオンは、無関係の善意の第三者などではない。ジョカの力の恩恵に浴して生きてきたルイジアナ王家の直系だ。

 物語と現実はちがう。
 物語なら、ゴメンナサイと言えば済むだろう。けれどこれは現実だ。
 謝ったところで、どうにもならない。そんなことをジョカは望んでいないと知りつつも、はいそうですかとあっさり水に流すことなどできない。

 一生付き合うことになるだろう。
 それが、自分が背負っていくものだと、リオンは覚悟を決めていた。


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Date:2015/11/02
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