時期的には同人誌でいうと、五巻の後あたり。同人誌を読んでなくても大丈夫です。
※濃厚な性描写がありますので、そういうのが嫌いな方はご注意ください。
ジョカがリオンに目を引かれた最初の要因は、顔だった。
その時まだリオンは十二だったが、ジョカの理想をそのまま具現化したような、凛々しくもうつくしい顔をしていた。
自分の好みというものは、わかっているようでわかっていない。好みの形を目の前に差し出されて、そのときの自分の反応に、ああなるほどと納得することがよくある。
ジョカの場合も同様で、ひょいとど真ん中的中の顔を差し出されて、ああこういうのが俺は好みだったのかと手を打つ思いだった。
出会った時、リオンは十二歳だった。
見事な金の髪を持ち、お人形のように整った風貌の、美しい少年だった。
いかにも育ちの良さそうな気品漂う顔立ちも、気の強そうな青い瞳もよければ、白いのに痘痕のひとつもない、まっさらな肌もいい。
特に目を引くのは金髪の見事さで、金髪ほど多くの色調(バリエーション)がある髪はないだろう。
白に近い白金の髪も金髪なら、黄色味が強すぎて茶色に近い色も金髪だ。
金、とひとことで言い表される髪は、多くの色を抱えている。
その中でも、リオンの髪は白眉だった。
本当に微妙な、色を一滴付け加えるだけで崩れてしまうだろうバランスの上で成り立つ、燦然と輝く黄金の髪。
白くなく、黄色味が強く、それでいて茶色ではない「金」色をしている。
リオンの母は、その髪で有名だったらしい。それはそうだ。
ルイジアナにおいて金髪の人間は珍しくもないが、こんな見事な金髪は、滅多にいない。
これだけ見事な金髪だと、幼児期はこの色でも大人になるに従ってくすんでしまい、茶色に近い髪になることが多いのだけれど、母親同様、リオンもその髪色を堅持して成長した。
大抵の男がそうであるように、ジョカも金髪は好きだ。純粋に、綺麗だと思う。リオンの髪は、観賞に値する髪だった。
惜しむらくは、男なので髪を伸ばしたりせず、短く切っていることか。
人柄を知るのは、怒らせるのがいちばん手っ取り早い。そうでなくとも、ジョカはルイジアナの王族相手に下げる頭はない。
口をきいてみれば生意気盛りの年頃だ。
いつも通りに振る舞い、ちょっとつつくだけでたちまち怒りだした。
ただし、それを表出させるほどは愚かではなかった。王族らしくプライドが高いが、知能はまあまあ。少なくとも馬鹿ではない。
年齢を考えれば、充分及第点だろう。
矜持を傷つけられ、怒りで輝く青い瞳が気に入った。ジョカは、気の強い人間が、きらいではない。
何より、その顔が好みだった。
白人の子どもには、時折宗教画の天使のように可愛らしい子がいる。そのほとんどは成長に従って見る影もなくなってしまうのだが。
それまでの間、手近に置いて、その成長を見るのはいい暇つぶしになりそうだった。
ジョカはそれを、隠す気もないので面と向かって言った。
お前の顔が気に入った、と。
リオンは気分を害したようだったが、知ったことではない。
目の保養というべき顔の、暇つぶしの遊び相手。
週に一度やってこさせたのは、その顔が見たかったからだ。情緒的な意味合いではなく、観賞物として、文字通りの意味で。
ほぼジョカの理想どおりのリオンの顔で、一つだけ嘆く事があるとすれば――なんとも残念なことに、こうまで自分の好みのツボを突きまくった顔の持ち主が、男だということだ。
よくあるように、見るに堪えない醜悪な成長を遂げたらその時点で切るつもりだったが――そんなこともなく、ほぼ理想的に成長した美貌が、いま、目の前にいる。
二人がいるのは、ジョカの隠れ家だ。
リオンは寝台に腰掛けて本を読み、虚空に目を据えて何事か考え事をしている。
その、そのけぶるような見事な金髪も、長い睫毛の奥のアイスブルーの瞳も、冷たさを感じさせる美貌も、なにもかもすべて、ジョカは好きだった。
それ以外、好きではなくなるぐらいに。
至近距離で凝視しても粗の見つからない美貌は、子どもの頃のまま――いや、増々拍車がかかっていると思うのは、惚れた欲目か?
惚れ惚れと眺めているうちに、我慢が出来なくなった。
美術品めいた稜線の頬をつつくと、リオンは鬱陶しそうにジョカを見たが、止めろとは言わないで本に戻る。
手にしていた本を取り上げ(ジョカ所蔵)、そのまま唇を重ねた。
唇はほころんでいて、ノックするまでもなく、リオンはジョカを受け入れた。
口腔を蹂躙し、同じ肉塊を探し当てて擦りあげる。溢れるほどに分泌される唾液をすすり、その甘さに陶酔する。
その人のものだと思うだけで、何もかもが特別になる。
他人の唾液など、汚いばかりで、好んで飲みたいと思う事などありえないとすら、思っていたのに――。
体が飢えている。
もっともっとと先走る欲望を満たすために歯の一本一本、熱く湿った洞の隅々までなぞりあげ、味わう。
「ん……んっ!」
崩れる体を支えるために。
リオンの手がジョカの体にしがみつくように回る。
しなやかなその背をしっかりと抱いて、ジョカは強く舌を吸うと、やっと離した。
口づけが終わっても、リオンは背に回した手はそのままに、力の抜けた体をもたれかけ、文句を言う。
「いきなり何する……」
「いや、つい。あんまり可愛いから」
正直にジョカは答えた。
相変わらずの返事にリオンは息を吐き出す。本を返されても、読む気分はすっかり失せてしまっている。リオンは受け取った本をそのまま隣に置きながら尋ねた。
「どうする? 続きするか?」
もちろん嬉々として頷くと思いきや――、ジョカはかぶりを振る。
「今は我慢しとく。邪魔して悪かった」
寝台から起き上がってさっさと去ろうとする不届き者を捕まえる。
「ちょっと待て」
意外そうに振り返る顔と、据わった目がふつかった。
「ジョカ。勝手に火をつけてその気にさせておいて、自分だけサヨナラはないだろう。責任取れ」
ジョカはにたりとする。
「それは悪かった。責任取って、口で抜こうか?」
「……あなたは、ほんっとに、性格悪いな……。そんなに私に言わせたいのか?」
「うん。言って。聞きたい。すごく聞きたい」
プレゼントを目の前にした少年のようにきらきらした声に、リオンは諦めた。
リオンはジョカの前髪を掴んで下に引く。
下がった頭と額を合わせて、囁いた。
「あなたが欲しい。抱いてくれ」
◆ ◆ ◆
服を脱いでいると、視線を感じた。
「ジョカ?」
ジョカは自分も服を脱いでいた手を止めて、リオンを見ていた。
「なんだ?」
ジョカは何やらしみじみした口調で、
「……いや、俺に抱かれたくて自分から服を脱いでいるお前の姿って、すごくいいなあと思」
声が途中で途切れたのは、リオンが脱いだ服を丸めて投げつけたせいだ。
「あなたはそればっかりだな! 他のことを考えられないのか!」
「素っ裸のおまえを前にして他の何を考えろと?」
服を払い落しながら大真面目に反論すると、リオンは諦めたように肩を落とした。
リオンも本気で怒っていたわけではない。
恋人が自分の裸を見て何も感じなかったらそちらの方が問題だ。
「まったく……」
服を脱げば、白磁の肌の伸びやかな四肢が現れる。
リオンは現在十六歳。
背は長身の部類に入り、比例して四肢も長い。
日ごろから節制と鍛錬に励んでいるため、しっかりした骨格の上にしなやかな筋肉がついていた。
最後の一枚を脱ぎ落し、お互い一糸まとわぬ姿で腕を差し伸べあい、唇を合わせる。
先ほどの濃厚なものではない、啄むだけの口づけが終わると、ジョカの唇は斜めに滑って耳朶を含んだ。
「あ……」
熱い、ぬめる舌が、耳朶の溝をなぞっていく。腰が震えだし、じんとしたものが広がる。
外耳をかるく噛んで、ジョカは囁いた。
「……どういう形で抱いてほしい? お前の希望を聞いてやる」
リオンは降参するように目を閉じた。
「……ジョカの顔を見ていたい。それから、立ったままはやりづらいから嫌だ」
「俺は結構好きだけど♪ でも、ま、確かにやりづらいかな……」
ジョカはリオンもろとも寝台にもつれるように倒れこんだ。
「リオン、膝立てて」
仰向けに倒れ込んだリオンの体の下に枕を詰め、ジョカはリオンの両膝の間に躊躇いなく顔を近づけた。
ぺちゃぺちゃと、まるで犬のように、わざと音を立てて、ジョカが茎の根元を舐める。
「…あ……は……ン…っ」
音にも愛撫にも煽られた。
とっくの昔に火がついていた欲望はたちまちのうちに先端から先走りを滴らせ、ジョカの唾液と混ざりあう。
なのに、ジョカは根元しか舐めてくれない。
――もっと。
もっと。
あの熱い口腔全体で愛してほしい。包み込んでほしい。もっと別の場所も触ってほしい。吸ってほしい。
「ジョカ……も、っ……と」
たまらず腰をねじったときだった。
「あうっ」
唾液と欲望が垂らす雫をすくい取り、指が皺をかきわけ、侵入した。
内部に滑りを良くする軟膏を塗りつけ、それを広げていく。
いつも、いつも。
ジョカは、こちらが焦れったくなるくらい、丁寧に準備をする。ときどき、多少の痛みはいいから早く挿れて欲しいと思ってしまうくらいに。
指が後孔をかき回し、ほぐして準備を整えると、ジョカがのしかかってきた。
皺を押し広げ、内部に塗られた膏あぶらの鳴る音とともに、リオンの後孔はジョカを受け入れた。
熱いものが押し入れられ、間をおかずに動き出す。
腰を叩きつけられるたび、粘性の音が響いて、それが興奮をいやましに煽る。
「あ……ん…っ。あ……!」
同性である彼に、欲望の対象として、見られている。それに嫌悪を感じる時期は、もうとうに過ぎた。
今となっては同性なのに欲が動く対象として見られている事に、肌がちりちりするような高ぶりを覚えるばかりだ。
隠しようのない、太く固いもの。欲望の塊が体を貫くとき、リオンはいつも、彼をひとり占めにしていることを確信できて、嬉しくなる。
隠し事だらけのジョカだけれど、この瞬間だけは、彼は自分のことしか見ていないし考えてもいない。
征服されることで征服する。
世の中の女性は、皆、こんな気持ちなのだろうか。体を開き、相手を受け入れることで、この瞬間確かにリオンはジョカのすべてを独占している。彼を、自分ひとりで独占している。
ジョカの欲望を奥まで詰め込まれて、体を揺さぶられる。
リオンの体を知りつくしたジョカの動きは的確で、指ではあえて触れなかった個所を熱い肉棒で擦りあげる。
「あ……ああっ! あ、あんっ!」
突かれるたびに声が唇から洩れてしまう。
声を我慢することはできないし、しない。
快楽の芯のようなものが体の奥にあって、ジョカにその個所を突かれると、総毛立つほどの快感に襲われるのだ。
――我慢するな。
今も耳朶に残る、ジョカの声――。
まだ、体を重ねる事に慣れがなかったころ。羞恥に声を殺そうとするリオンに、ジョカは幾度もそう囁いた――……。
目を開けると、ジョカと目があった。
女のように乱れる自分の嬌態を、その黒い瞳で見ていたのだろう。ずっと。
――でも、わかっているんだろうか?
見るということは、リオンからも、見られるという事を。
自分を貪って、快楽に歪んでいる雄の顔。
それを見るたび、腰の奥からじわりとしたものがにじみ出る。
「リオン」
見惚れるような微笑で、ジョカはリオンに口づける。リオンの中に、挿れたままで。
「ん……ん…っ」
「……俺、もう、そろそろ……」
「う、ん……」
ジョカが激しく動き出す。
教えられた、快感に繋がる点を激しく突いて、容赦なくリオンを追い詰めていく。
――ここ、いじられると、いいだろう?
低く、耳元で囁かれた声が蘇る。
――男には、体の中に、イク場所があるんだ。それは誰だって同じ。お前だけがヘンなんじゃない。認めてしまえ。女を抱いたときのアレが、何だったんだろうと思うような良さだろう?
繰り返し、抱かれることの快楽を教えられた。体でも、頭でも。ジョカの性奴となり、「教育」を受けて、男に抱かれることで絶頂を味わう自分を受け入れるのに、時間は、ほとんどかからなかった気がする。
――お前の顔が好きだよ。
初めて会ったときから、折りにふれて、何度か言われた。
凌辱を受けてからは、もっと頻繁に。
――イクときのお前の顔が好きだ。快感を必死に耐えている顔なんて、思い出すだけで勃っちまう。でも、一番好きなのは、俺のをしゃぶっている時の顔かな。その顔で、唇を開いて、涙をにじませて俺の性器をほおばって、必死に舌を使っている顔を思い出すだけで、犯したくなる。
囁かれたことばを、ただ思い出すだけで、絶頂に至る。
体を震わせ、内部を強く締めつけると、タイミングを合わせてジョカも解き放った。
腰を両手でつかみ、最も奥まで挿入して、射精する。
「あ……んあ……っ!」
体の奥で、熱いものが広がっていく。
射精の波が終わるまでの数秒間、ジョカはリオンの腰をつかんで離さず、最後まで絞り出してやっと解放した。
◆ ◆ ◆
「――このどすけべが」
「第一声がそれか」
まだ挿れたままの状態で、色気のない言葉を言われて、さすがにジョカも苦笑ぎみだ。
「今回はお前が誘ったんだぞ、言っておくけど。真面目に勉強しているからやめようと思ったのに」
言いながら、体を引く。
「ん」
引き抜くときに敏感なところにふれたのか、リオンが艶のある声を漏らした。
ジョカは、寝台に伏したままの最愛の人間の顎を撫で上げ、持ち上げる。
「――ま、否定する気もないけどな」
そのまま、唇を重ねた。
軽く、唇をふれるだけの、優しい口づけ。
「……ン…」
「できることなら一日中だって繋がっていたい。誰にも会わせたくない。誰の目にも触れさせたくない。一日、ずっと、永遠に、抱き合って過ごしたい。できることなら。おまえの何もかもすべて、ぜんぶを愛しているよ」
煮詰めた蜂蜜並みに甘い言葉を囁くと、ジョカはあっさり体を離した。
「風呂準備してくるから、少し待ってろ」
寝台から下りて、向こうへ行こうとする。
「――おい」
そのジョカの腕を引き、リオンはどすのきいた声で呼びとめた。
「なんだ?」
ジョカが一回で終わりにするのは珍しい。
体の奥で、欲望がまだくすぶっている。
リオンは寝台から体を起こしながら頭を振る。
「あなたに抱かれるまで、私は、わりとそっちに淡白なほうだと思っていたんだが――」
王家の人間の義務として、女性をあてがわれて閨房の作法は教わったが、身辺に山ほど寵姫志願の美女がいたせいか、逆に警戒心が働いて誰とも懇ねんごろな仲になることがなかった。それよりよほど重大な政務の勉強やら、考え事があった、ということもある。
十代の、滾るような性衝動を自覚したのは、皮肉にも、ジョカに凌辱され、毎日、幾度となく犯されてからだ。
ジョカの性に奉仕する日々を送るなかで、彼はリオンに徹底して快楽を教え込んだ。抱かれる事の歓びと、人に奉仕し、人を気持ちよくすることの歓びを。
己の心地良さだけを追求することだけが性の悦楽ではなく、己の行動によって誰かを心地良くすることにも快感があるのだと、教えられた。
リオンは、ジョカの顔を覗き込む。
「あなたのせいで、知った。どうやら、私は人並みにはそっちのほうが好きらしい」
ジョカは性欲旺盛なので欲望を貯め込む暇もなく体を重ねていたが、怜悧な美貌の、性欲などありません、という顔のリオンにも性欲はきちんとある。それも、年相応の旺盛なものが。
そういう彼からすると――。
リオンは、全裸のジョカを舐め上げるように見て、微笑わらう。
「足りない」
ぶるりと。触れ合った肌から、ジョカの震えが伝わった。
リオンはちらりと下に目をやり、先ほどまで自分を責め立てていた部分が熱を持ち始めているのを確認すると、かがんで口に含んだ。
「…、っ…」
舌で触れると、ジョカの下腹部が緊張したのがわかった。
性器から、丹念に精液を舐めとる。その行為に嫌悪を感じるには、もう、慣れてしまった。
それに、口淫には口淫の楽しみがある。
舌を動かし、吸う度にびくんと目に見えて反応があり、育っていくのが楽しい。
張りつめたものがどんどん体積を増し、くわえているのが苦しくなる。
――と、引き剥がされた。
ジョカは眉間に皺を寄せていた。
「煽るだけ煽ってくれて……」
吐き捨てるように言うと、顎を掴んで噛みつくように口づけてきた。
リオンがそれに応えると、ジョカは覆いかぶさるようにのしかかってきた。
「熱心に勉強してたから一回だけで終わりにしてやろうと思ったのに……」
「煽っておいて、ひとを満足させないあなたが悪い」
言い返すと、呆れたような気配が返ってきた。
「……その言葉、そっくりそのまま返すからな」
呟くような声が聞こえたかと思うと、性急に膝を開かされた。
あらわになった後ろに張りつめたものがあてがわれ、リオンは目を閉じた。
◆ ◆ ◆
「あ……んあ……っ、は……あ……っ。ジョカ……もう……っ!」
なんて淫靡な光景だろう。
ジョカは陶然とそれを見やる。
ジョカの、好みを体現したような美しい顔が桜色に染まっている。豪奢で高貴で傲慢で、冷たさを感じさせる美貌。見せられて、魅せられた。ああ俺はこういう顔が好みだったのかと思ったものだ。
その白皙の美貌が、性の快楽に染め上げられている。
その様はゾッとするほど艶めかしく、どんな堅物でも劣情を催すほど扇情的だった。
白磁の頬は赤く染まり、出し入れするたび、うすく唇を開いて喘ぎ声をもらす。
「あ……は、あ、はぁ……っ!」
視線を下げればリオンの男性器は隠しきれない歓喜の雫をこぼして首をもたげ、律動の動きに合わせて揺れている。そして更にその下では、皺がなくなるほどに広がった蕾が、そそり立つ男性器をくわえこんでいた。
腰を引けばそこからしごかれる感触とともに出てくる。
先端を残して止め、腰を進めると、冗談のように長いものがやすやすとリオンの中に呑みこまれていくのだ。
「あ……ああっ」
直腸の襞がうごめいて、内部の粘膜が性器に張り付き、締め上げる。
ジョカが締め付けを楽しみながら腰を使うと、粘性の音が響く。先ほど放った精だ。
「煽っておいて、満足させない俺が悪い、だっけ? そっくりそのままおまえに返すぞ、それ」
リオンの体の両脇に手を置き、ぐっと体を乗り上げる。
「あ……く、ぅ……っ」
深いところまで呑みこまされて、リオンが苦しげに声を漏らした。
「あれだけ煽ってくれたんだ。ただでさえ万年欠乏症でお前に飢えてるっていうのに……責任は、とれよ」
リオンの目が見開かれる。
強い光を宿す、アイスブルーの瞳。その目で睨みつけられるのが好きと気づいたときには、俺ってマゾだったのかしらんと思ったりもしたものだ。
「ものには、限度ってものが、あるだろう……っ!」
前から後ろから、何度となく貫かれて、リオンは心底後悔した。
「足りない。ぜーんぜん、足りない。お前の小さな後ろの口に、一晩中でも挿れていたい。前も後ろも、溢れるほど注ぎ込みたい」
ジョカは腰を揺する。敏感なところを抉られて、リオンが小さく声を上げた。
その嬌態を見下ろし、ジョカは呟く。
「愛しているよ、リオン」
◆ ◆ ◆
ジョカがリオンを解放した時、リオンはぐったり精根尽き果てて、起き上がることもできなかった。
寝台につっぷしていると、ジョカの手が優しく頭を撫でる。
「風呂の用意ができたぞ。立てるか?」
「……なんであなたはそんなに元気なんだ……」
どう見たって頭脳労働職のジョカの方が、騎士志望のリオンよりひ弱だ。背はまだリオンの方が少しだけ低いが、肉付きだって薄いし、リオンは鍛えているのに。
ジョカは失笑した。
「『俺』にそれを聞くか?」
――聞いた自分が馬鹿だった。
「……ずるいぞ。魔法でわたしの事もちゃっちゃと回復させてくれ」
「それは禁じ手にしてるんだが、お前のために。お前のほうの体力の限界があるから理性の歯止めがかかるわけで。誇張なしに三日三晩やりまくってもいいんなら話は別だけど」
「あなたはいいのか」
ジョカは大真面目に言った。
「俺がやらなきゃ誰が後始末するんだ? お前に掃除洗濯後片付けができるのか」
知性と教養は溢れんばかりにあるものの、その一方、生活力はすっぽーんと抜けている生活無能力者であるリオンである。
「………………」
何やら色々と言いたい事は山とあったが、どれも疲れて、はあ、とリオンは横を向いてため息をついた。
終わった後、ジョカはいつも甲斐甲斐しい。
風呂にリオンを運び、疲れきったリオンの代わりに綺麗に体を洗ってくれる。
戻ればドロドロだった寝台は日向の匂いのする清潔な寝台になっていて、そこに寝かせられた。
「果汁と果物。お前は自覚ないだろうけど脱水症状起こしかけてるから飲んで」
植物の茎を乾かしたストローで、甘い果汁を吸い上げる。
脱水症状になりかけというのは本当で、水分を口にした瞬間に乾きを思い出し、ひたすらに吸った。
瞬く間に杯を三回空にし、果物を口にして、やっとおさまった。
ジョカは、優しい微笑とともにリオンの髪を梳いている。
自分に触れるジョカの手は、いつも優しい。
「……腰が痛い……」
「魔法でかるく手当てはしたから、疲労が抜ければケロッとしてるはずだって」
「あなたが自制しないのが悪い」
「悪かった悪かった」
「喉が渇いた……」
「はいおかわり」
リオンの子どものような駄々も、ジョカは辛抱強く、鷹揚に微笑んで受け止めている。口元に浮かぶ笑みは、どこまでも優しい。
――甘えているよなあ……。
そして、同時に、甘やかされているとも思う。
甘えることが許されていると、わかっているからリオンはジョカに甘える。そして、ジョカもリオンの甘えは笑って許す。他人が同じことをしたらせせら笑って切り捨てる人間なのに、リオンに甘えられることは、むしろ心地良いと言わんばかりに、優しい。
リオンは真っ直ぐ手を上げて、ジョカの黒髪をさらりと撫でた。
「リオン?」
怪訝そうに、ジョカがリオンの名を呼ぶ。
リオン、と。
名前を呼んでくれるのが嬉しい。王子ではなく、リオンと呼んでくれるのは、かれの、愛情のあらわれだと思うから。
ジョカの唇を指先でなぞると、すぐに意味を理解してジョカは身をかがめた。
手をついた寝台が、ぎしりと鳴る。
ねだった唇を、リオンは目を閉じて受け入れた。
ふれあうだけの口づけは、どこまでも優しい。リオンに体重をかけないように、ジョカが注意しているのが判る。
唇がすべり、額や目蓋、眉の上に落とされる。唇の雨を受けても、嫌悪のかけらも感じず、むしろ安らいでいる自分がいる。
胸中が優しく暖かいもので満たされていて、体の気だるい疲れすら心地良い。
穏やかな幸福感のおもむくまま、素直な気持ちが滑り出た。
「……あなたが好きだ……」
ぴぎっ。
一瞬、だけどハッキリと、ジョカの動きが止まった。
「――いいかげん、慣れないか?」
「うん、まあ、そうなんだけどな……」
自分のしでかしたことの自覚のあるジョカにとって、リオンが自分を好いていてくれるという現在の状況はあまりに都合が良すぎて、自分の妄想ではないかと、そう思う気持ちが消えない。
ジョカは疲労の色が濃いぶん幽艶さが漂う美貌をそっと撫でる。
リオンは誰が見ても美しいと言われる容姿の持ち主だが、ジョカは、彼がいまの倍体重があっても、らい病にかかり見る影もなく崩れ落ちても、同じように感じるだろう。
「俺も。お前が六十になっても八十になっても頭が禿げても太鼓腹になっても、愛しているよ」
「……やめろ。想像してしまうじゃないか」
リオンは本気でうんざりした表情になり、手で顔を覆う。
「ただでさえ金髪は禿げやすいんだ。特に男はな。あと、暴飲暴食するせいか、貴族や王族の男は腹も出やすい。結果、私の周囲は少年のころは良かったのに今は、という実例がごろごろしている」
今は、まるでそこに生きているかのように二次元上の画布にモデルを描きとる写実主義がもてはやされている時代だ。
肖像画に残された少年時代と、幾星霜が過ぎた後の実物のギャップは凄まじく、己も美少年と呼ばれているリオンとしては、そういう実例を見るたび戦々恐々とせざるを得なかった。
今でこそリオンは誰もが褒めたたえてくれる美貌だが、年月が過ぎたとき、同じことにならない保障はどこにもない。
ジョカはくすくすと笑う。
「で、お前はそれを反面教師としてああはなるまいとしている、と。――別にいいじゃないか。お前がどれほど不細工になったって、俺は」
そこで、言葉を途切れさせてしまったのは、思い出したからだ。
「……俺が、以前、何度も言ったからか?」
「思いあがるなよ、ジョカ」
小さく、口元に冷笑すら浮かべて、リオンは言った。
「あなたの意向は関係ない。わたしが、気にするんだ」
リオンは手を伸ばし、一房だけ長い前髪を掴んで引く。アイスブルーの瞳が、ジョカをのぞきこむ。
「ここでこうしているのも、私が、望んで決めたことだ。あなたのためでも、せいでもない」
己の意志でジョカの側にいるのだと、そう言い放つ少年を、ジョカは黙って見下ろした。
……どんどんと、心の、誰にも踏み入らせてはいけない部分まで、この少年が入ってくるのがわかる。
いい年こいて、こんな赤ん坊みたいな年の相手に本気になるなという声もするのだけれど、ここまでどっぷりと深みにはまってしまったらもう脱出不可能だ。
誰かを大切に思うこと。
その誰かの痛みを、まるで自分の痛みのように感じること。
それが愛するということなのだと、思い出させてくれた。
ジョカは心の中で、そっと呟く。
俺を救い、俺に光を与えてくれた、最後の契約者。どうかお前が、幸せに人生をまっとうできますように――。
書いて、ジョカも一応成長(いや、選り分け?)しているんだなあと思いました。
以前はリオンが傷つこうが「知ったこっちゃない」だったのに、今は、自分のそんな無神経な言動を思い返して反省するようになっているのですから。
……まあ、そういう「普通」の反応をするのは、リオンにだけで、他の人間には相変わらず傍若無人な態度ですが……。
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