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あかね雲

□ 異世界で人非人に拾われました □

26 治療? お金がとってもかかります


「あれ? ……じゃあ、ルーランの治療が受けられるのは富豪さんだけですか?」
「いや。大抵の庶民は老後のためにシミナーにかかる金をこつこつ何十年とかけて貯めている。この星でも、富豪より庶民の方が絶対数が圧倒的に多いから、客の半分ぐらいは庶民になる」

「どこの世界も貧富のピラミッド型は変わらないってことですね……って、そんなにシミナーにかかりたい人が多いんですか? 何にもないうちから、こつこつ貯めるぐらいに」
「お前の世界でいうなら、老後の資金のようなものだ。加齢に従い、我々は必ず、精神が崩壊する」

「か、かならず?」
 ルーランは真顔で頷きました。
「わかりやすい言い方をすれば、老人性痴呆だ。そうなると、肉体を癒す癒しの術では治らん。シミナーしか治せない。しかし、我々は魔力を持つ。魔力を制御し、頸木をはめ、従える精神が疲弊するということは、魔力が暴走するということでもある」

「う……っ」
 また出ました、魔法が使える世界の弊害!
 やっぱり思いますが、いいことばっかじゃないですね。何事も。

「我々は、精神的弱者に、人権を認めていない。人は、己の主であるからこそ人たりえる。考えるからこそ人は人である。魔力が暴走しても、それは編まれていない。『術』になっていない力など、側に誰かいれば、簡単に御せる。だが、それによりもし誰かが被害を負い、その誰かが官憲に被害を訴えた場合、魔力を暴走させた人間の人権は剥奪される。……意味はわかるな?」
「わ、わかりませんよっ」

 薄々、気づいていましたが、認めたくなくて私は聞きました。
 そして、ルーランはあっさりと……口にしました。
「処刑されるということだ」

「…………」
 私はうなだれます。
 世界は優しくあってほしいというのは、私の我が儘なのでしょうね……。

 思えば、私の日本でさえ、「姥捨て山」は昔は当然のものでした。
 痴呆がきた老人、労働力にならなくなった老人は捨てられました。
 そして、人権思想が広がり、「姥捨て山」が非難されるようになった日本で起きているのは、老人のとめどない増加と、介護負担の終わりの見えない増大です。

 これは……民主主義では絶対にできない決断でしょう。
 痴呆症になり、他人に危害を加えたり家族が耐えきれなくなったら、行政が代わりに処刑する、というのは。

 まして、ここは魔力を持つ人たちの星。
 放っておくのは危険すぎる、というのは、わかります。

「シミナーの人たちは……そういう痴呆症の人を治せるんですか?」
「ああ。ただし、老人性痴呆症は、一度治しても再発する。延命効果は、十年から五十年ほどか。それでも、人は己のため、家族のためにせっせと貯金に励む。もちろん、励まない人間も多いが」

 そりゃそうですね。
 日本人は世界でも稀に見る貯金大好き民族だそうですが、それでも無貯金で老後を迎える人は、少なくありません。
 しかも、莫大なお金を使って、延命効果しかないんじゃ、なあ……。

 ああでも。
 自分の大事な家族が十年五十年寿命が延びるとしたら、お金を注ぎ込む人はいるでしょうね。
 そしてもし、お金がないのに家族がそんなことになったら……?

「あ……っ。そうか、ルーランがこんなところで暮らしているのは、そのせいなんですね!」
 やっと、ルーランが精霊の領域でたったひとり、世捨て人みたいに暮らしている理由がわかりました。
 ずーっと謎に思っていましたが、聞けずにいたんですよ!
 どうしてこんなところにいるのかって! 聞きづらいじゃないですか。いかにも人嫌いそうな性格だからそれかなって思っていたんですが。

「患者さんが、ルーランの元にやってきて懇願するからですね、どうか治して下さいって!」
「……よく気づいたな」
 謎が判明して興奮している私に引きながらも感心したように、ルーランが頷きます。

「シミナーの住所は、厳重に秘匿されているが……、それでも人の口に戸は立てられん。町で暮らしていたら、いつかは押しかけられることになる。転移があるから、我々に距離は障害ではない。草の民のように人里離れたところに住んでいてもやはり押しかけられた。だから、キールが調停者になったことを知って頭を下げて許可を取り、数年前からここに住んでいる」
 ……そう思うと、ルーランって気の毒ですね……。

 先天性の、稀な力を持っているから「皇帝陛下の次に偉い」ってぐらいのいろんな特権を持っていますけど、同時に肉親の情愛に突き動かされた人に押しかけられるわけです。
 相手の人は「家族の為!」っていう情愛からきているからタチがわるい……。相手は自分の行為を正義と確信しているわけですから、言葉での説得はまず無理。

 ……私だって……、同じ状況で親がぼけて、それを治せる人がいたら……、変貌してしまった親を見ていられないという感情と、助けたい一心で、唯一治せる人にすがっちゃわない自信はないです。
 かといって……それで治すわけにはいかない、というルーランの気持ちもわかります。

 一つは、これまで多額の料金を取った人への公平性。
 もう一つは、ひとりで済むはずがない、ってことです。
 二人目三人目と、増えますよね。絶対。同じようにすがる人が無数に出てくるに決まってます。
 ……だから、ルーランは頷くわけにはいきません。

 逃げるようにして姿を隠し、行きついた先が、ここ、精霊の領域なのでしょう。
 しんみりしていると、いきなりデコピンされました。
「い、い、い、いたあああああっ!」

 も、物凄く痛いですっ! デコピンとは思えぬ痛さですよこれっ。
「そうあからさまに顔に出すな。……っておい」

「あ……」
 ぽたり。
 赤い丸がテーブルにできました。
 こ、れ、は……。

「お、おい! 護衛! 早く治せ!」
 珍しく慌てているルーランの声を聞きながら――私は、意識がブラックアウトするのを感じたのでした。



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Date:2015/10/31
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