fc2ブログ
 

あかね雲

□ 異世界で人非人に拾われました □

32 異世界人は歴史を学ぶ


 ――その日。
 ルーランは、しかめっ面でした。

「どど、どうしたんです?」
 私がこっちに来てから、半年が経ちました。
 あの日以来、すっかりルーランと一緒に寝る習慣がついてしまった私です。

 今朝起きたときはルーランの機嫌は普通だったんですが……。
 あ、一緒に寝てますが、色っぽいことは皆無ですよ。皆無。
 男女間の友情というか、親愛の情というか、保護者と愛玩物というか……うう考えると沈んできたのでこの辺で。

 とにかく、ルーランは保護者で、私は保護された相手。対等ではないので……ルーランの感覚としては愛玩物でしょうかねー、やっぱり……。
 そして、私もルーランも一緒に寝ることにすっかり慣れて、ベッドも買い替えて大きくして、そうするとやっぱり仲良くなりますよね。
 男の人が、お酒を一緒に飲むと急に仲良くなるような感じ?

 ゆったりまったりいい関係でいたのですが――お昼ごろ、急にルーランの機嫌が悪くなりました。
 そして、お昼のご飯(今ではほとんど私の創作料理です)が終わった席で、ルーランはむっつり苛々した顔で言いました。
「――お前に、緑の座から、召喚状が出た」

 はい? 緑の座? ……って誰でしたっけ……。えーと、確か――。
 思い出した瞬間青ざめました。
「ああああっ! こ、皇帝陛下ですかっ!」

 この星の最高権力者っ(人間の中で)。
 それをこの星では緑の座っていうんでした、忘れてました。
「何の御用件でしょうか……?」

「わからん。……いくつか、予想は立てられるが、それはすべて勝手な想像で、何一つとして確証がない」
「わわ、私、なんにもやってないですよっ」
「そんなことはわかっている。――だからこそ、わからん。一体どうして召喚状が……」
 考え込むルーラン。

 そこで、私は手を挙げて尋ねました。
「……あの、すみません。基本的な質問なんですが、緑の座ってどれぐらい偉いんですか?」

 なーんか、皇帝陛下って言われても、あんまり偉いイメージがないんですよね。
 あのキールくんより実質的に下、って言いますし……。

 たとえば、日本の総理大臣。日本で一番エラい人、ってことにはなってますけど、実際は物凄くがんじがらめで、やりたいことがあっても反対反対で中々できず、批判も集中砲火で浴びてますよね。
 「本音と建前」。いいことばです、まったく。

 日本の総理大臣って建前では日本で一番偉い人、ですけど、ほんとに実際、そうなんでしょうか。
 毎日マスコミでバッシング受けて憔悴した顔を見ていると、とてもそうは思えません。

 ルーランはじっと私を見ていましたが、やがて、ぽつりと口にしました。
「――お前は、やっぱり、異世界人だな」
「はい?」
「緑の座は偉い、緑の座は絶対、緑の座は神聖不可侵。永年続いた皇家の支配の歴史によって、人の意識はそう染め上げられている。この星の人間にとって、それは当たり前で疑うこともないものだ。余程、政治の中枢にいる者か、シミナーのような枠の外の特権階級でなくば、その権力と権威を疑うことなどない」

「そ……う、なんでしょうか」
「そして、答えよう。緑の座が偉いか、だったな。少しばかり長い話になる。ちょっと座れ」
「はい」
 と、食卓に二人してついて、ルーランから話を伺いました。

「これから私はお前にざっと歴史を教えるが――、お前の世界でもそうだったように、歴史というのは勝者の自己正当化の歴史だ。どこまで真実かは、まさに時の闇の奥だ。誰も知らん」
 と、ルーランは両手をあげます。
「そうですね……」

 私の脳裏に浮かんだのは、幾つかの、「歴史上の永遠の謎」と言われているものです。
「これからする話は、真実かどうか私ですら知らない。なにせ、数千から数万年前の話だからな。誰でも知っている歴史だが、今からするほど詳しい話は、知識層しか知らない。逆に言えば、秘密でも何でもなく、調べれば知れるわけだ」

「はい」
「昔、昔、大昔。この世界には、お前の世界と同じように、様々な色彩の人間がいて、お互いに争うと同時に、精霊とも争っていた」
「はい」
 ルーランは、自分の銀髪をくるりと指に絡めました。

「魔力をもつ民は、全員が銀色の髪を持つ。逆に言えば、魔力を持たない人間はその身に銀を持たない。そして、魔力を持つ民とそうでない民、どちらが強いと思う?」
「……魔力を持っている方が、強いと思います」

「そういうことだな。やがて、人間同士の生存競争に打ち勝った我々の御先祖は、いよいよこの星の覇権をかけて、本題である精霊と戦った……わけだが」
 その続きを聞いたことがありました。
「……負けちゃったんですね」

「ああ。こてんぱんにされた。そもそも勝負にもならなかった。あっちはどんどん勢力圏を拡大する。こっちは、どう攻撃すればいいかもわからん」
 私は考えてみました。
 ……相手は透明で姿が見えません。攻撃しても通過します。体をもちあげられました。運ばれます。きゃーっ。
 はい、勝負になりませんね。まったく。

 いえ、あっちが透明、触れない、でもあっちは触れるってことは、ですよ。運び出すなんてことするよりも……。
 ――忍び寄ってグサ。
 が、一番早いのではないでしょうか。戦争中ですし。

「どんどん勢力圏を拡大する精霊。半比例して、どんどん生存圏を削られていく人間。それを哀れみ、『翼ある神』は、一人の人間に精霊と対抗する力を与えて下さった。それが、初代の緑の座だ」
 この辺は、以前も聞きましたねー。

 典型的な王権神授説に見えますが……。
「……あの、それ、本当なんですか?」
「わからん。キールあたりなら知っているだろうが、あいつは聞いたところで答える人間ではない。ただ、人はみなそれを信じている。『一応』信じているという人間から、『盲目的に』信じている人間まで様々だが、とりあえず、信じているわけだ」

「はい……」
 考えてみれば、私も「お天道様」とか、「八百万の神様」とか、一応信じてますしね。幼い頃からの教えって、中々染みついて忘れませんよね。

 科学全盛の「科学教」の時代である日本人の私ですらそうなんですから、この世界の人たちがこの神話を信じているのは、考えてみれば当たり前かも。……登場人物の精霊が実在してますしね。

「そして、初代の緑の座は人間世界をまとめ、皇家を立ちあげ、最高権力の座についた。この辺はぼやかされているが、まあ、普通に考えて権謀術数が飛び交ったんだろうな」
「あー、地球と同じですねえ……」

「そうだな。そして初代の緑の座は、人をまとめると、精霊との交渉に乗り出し、お互いに幾つかの取り決めをして、相互不可侵の協定を結んだ。それからはめでたしめでたし、平和である……というのが、誰もが知る表の神話だ」


→ BACK
→ NEXT


 
関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/10/31
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする