fc2ブログ
 

あかね雲

□ 異世界で人非人に拾われました □

33 異世界人は裏の歴史を学ぶ


 表、っていうことは。
「……裏も、あるんですよね?」

「もちろん」
 と、ルーランは楽しげに言いました。

 半年も一緒に暮していれば、気づきます。
 ルーランは、こんな風に私が突っ込んだ質問をすると喜ぶんですよね。
 ……なーんとなくわかります。物分かりの悪い相手に教えるより、鋭い質問をしてくる生徒(自分で言うのも何ですが)の方が教師も可愛い、という感じ?

「皇家は、瘴気浄化能力者を抱える唯一の者たちだ。ということは、だ」
「……敵対勢力を物理的に排除できる、と?」
 その言い回しがルーランは気に入ったようです。からからと笑いながら肯定しました。

「そう、物理的に排除できるということだ。もっとも、年季がちがう。皇家ができてからすでに数千年が経過し、初期はともかく今はもう、皇家に面と向かって敵対している勢力などいない。……ああもちろん、精霊を除いてな」
 数千年。
 一応、日本の天皇家が二千年続くっていってますけど……、あれ、大分前から実権もうないですしねえ。権威はありますが。

 でもこの星の皇家は、統治機構としての権力と権限を保持したまま、ずっと君臨し続けているってことで……。
 強い力があればあるほど、反発も強いもの。
 実権を有したままそんな千年以上もの間、一つの王家が続くものでしょうか?

「地球では続いても数百年で、もっと早くに滅んじゃうものなんですけど……、どうしてそんなに長く続いたんです?」
 ルーランはあっさりと、真理を口にしました。
「決まっている。敵がいたからだ」

 ――シンプル・イズ・ベストな答えありがとうございます。

「強大な敵がいて、敵に対抗できる手段を持つ唯一の存在は、発言力が大きくなると思わないか? どの時代であれ、どの星であれ、だ」
「……思います」

「そうして時間をかけて積み上げられた皇家……サラディー家の権力は絶大だ。……まあ、それでも、キールと正面きって敵対するとは思えんのだが。あいつはなあ……」
「キールくんって、ほんっとに、力のある子だったんですね……」
 やっと実感が湧いてきましたよ。

 数千年この星の人間を支配してきた皇家。
 そして、その皇家が顔色を窺わなければならない精霊。
 その精霊の全権大使がキールくん、と。

「いくら皇家でも、余程の理由なくばシミナーを傷つけるという選択はしない。まして、キールの後見を得ているお前を傷つけるということも、しないはずだ。……はずなんだが……」
 不明瞭な声音が、とっても怖いです。へるぷみー。

「か、確認しますが……もし私が、その、緑の座に殺されるとか実験室に送られたら……」
「賭けてもいいが、キールは何もしないな」
「……ソウデスカー」

「だが、私は抗議するし、助けようとするぞ。その際に、必要ならばキールにまた頭を下げてもいい。そして、私が頭を下げて貸しを作れば、キールはかなりの確率で助力してくれるはずだ。だから、結局はキールと敵対関係になる確率は高い。皇家もそのぐらいは判っているから、お前に無理な注文はしないはずだ……」

 ルーランが私を助ける、と断言してくれたことはとても心強かったですし、嬉しかったです。
 胸の中に、消えない火がすっと差し込まれたみたいです。
 ぽっぽとあったかくなって、不安が遠のくのがわかりました。

 でも、そこでふと、私は気づきました。
「……この世界って、子どもに普通大役まかせます?」
「…………」
 ソノ発想ハアリマセンデシタ。
 滅多にない表情で、ルーランは言葉を詰まらせました。

「キ、キールくんが……調停者だっていうこと、緑の座は知ってます、よ、ね?」
「――知らない、かもしれない」
 しばらくの沈黙のすえ、うめくような声でルーランは答えました。

「そういえば、あいつが『調停者』だということを確実に知っているのは、あいつと繋がりのあるシミナーぐらい……。知っているとばかり思っていたが、ひょっとしたら皇家は把握していないかも……。五年に一度精霊と人間との間の協定が更新されて、その時は必ず緑の座と『調停者』は顔を合わせるはずだが、あいつが調停者になる直前に協定が更新されて、今は確か三年目だか四年目だか……」

「そ、その協定の更新って、こう、大々的に公開されるんですか?」
「まさか。庶民はそんなものやっている事も知らない。密室での話し合いだ。時々破綻もあるが、基本的に何千年も引き継がれてきた停戦協定だから、多少の条件交渉がある程度で、決裂なんてことはまずありえないしな」

「……キールくんは、私の後見人として、名前を貸してくれたんですよね」
「ああ。シミナーのひとりとしてな」
「……実は『調停者』でもあるけれど、それを知らない、と」
「…………そう、かもしれない」

 私はルーランと、目を合わせました。
 私は手を挙げて質問しました。
「……あの。危ない状況になったら、キールくんの名前を使って、彼が調停者だってバラしてもいいですか?」

 ルーランは苦渋の表情でしばし呻吟するように黙っていましたが、やがて頷きました。
「……構わない。お前は心身ともに脆い地球人だ。取り返しのつかない事態になる前に、キールの名前を使え。……死んだら、癒しの術でも治すことはできないからな」
「ああ、やっぱりできないんですね」

「だから殺人罪は罪が重い。――キールに頭を下げるのはこの上ない屈辱だが、お前の命には代えられん。いざとなれば躊躇わずそのカードを切れ。いいな」
「はいっ」
 ……キールくんって、薄々気づいてましたけど……嫌われてますねー、ルーランに。以前何かあったんでしょうか。あんなに気のきくいい子なのに。

 躊躇った末、私は聞いてみました。
「あの……キールくんと以前何かあったんですか?」
「あいつには借りを死んでも作るなと思った……」

「…………、あの、なにが?」
「この精霊の領域への居住権の代わりに、患者百人無償で診させられた……」
 あー、あー、借りってそういう返済方法ですか……。
 確かに同じシミナーで、同じように患者の治療義務を負っていたら、貸し借りの返済に一番手っ取り早いかもしれません。

「おまけにあいつの患者は質が悪い!」
「……はあ」
 私の反応の乏しさに、ルーランは話をそこで切りあげました。

「……まあ、この辺のことはお前に言っても仕様がないか……。つまり私がキールを嫌うのはそういうことだ」
 う、うーん。これは……どっちに味方するのか迷いますね……。
 だってキールくんにしてみれば「借りを返してもらっただけ」で、しかも「患者百人代わりに治してね」っていうのは、無体な要求とは言えませんし……。

 しかも、逆の見方をすれば、「そう言われるのを判っていて、お願いした」わけですしね。
 とりあえず、建設的に、私はたずねました。
「皇帝陛下……緑の座に謁見するのに、服装とかはどういうものがいいんでしょうか?」

 ――そう、それがまず問題でした。


→ BACK
→ NEXT


 
関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/10/31
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする