皇帝陛下にお会いするのです。
無礼な格好ではいけませんよね。
かといって……以前ルーランからもらったあの綺麗な服は、ちょっと……ルーランの歯に衣着せぬ毒舌でトラウマです。みっともないって言われて、不細工と言われてまで、着たくありません。見るたびに思い出すのでもうトラウマの塊になってます。
着たくないです……似合わなくて不細工なんですから。
でも、じゃあ、何を着て行きましょう、という問いに、ルーランは実にいつも通りに言いました。
「着飾る? そんなのは無駄だ。行けば分かる」
「はい……? ええと、この星ではこんな格好で行っても大丈夫なんでしょうか?」
いつもお掃除をしている普段着です。私の眼から見ても、刺繍も飾りもないそんな服は、フォーマルな場に着ていけるものではないと思うのですが……。
異星人はちがうんでしょうか?
「普通なら無礼だが、お前は異世界人だ。緑の座は、そんなお前が着飾っていなくても気にするまい。なにより……いや、これは何でもない」
「……何ですかはっきり言ってください」
そこで区切られるとコワイじゃないですか。
ルーランは私の催促に、いささか重い口を開きました。
「凡人がどれほど着飾ろうと、届かぬ領域がある。そういうことだ」
……さっぱりわかりません。
ですが、皇帝陛下のお迎えが着て、私に見苦しくない、失礼でない程度の服を着せてくれるということになり、あっさり服装問題は解決したのでした。
◆ ◆ ◆
――距離の壁のない星というのは、まったくこれだから!
ああ漫画や小説によく出てきますね、瞬間移動。長距離転移。
便利でいいと思っておりました。ワタクシも。
これまでは。
でも――心構えする時間がないってことでもあるんですよねっ!
あんな森の中で、ひっそりと隠れ住み、話す相手はルーランだけ、なんて生活から一転。
この星の皇帝陛下……緑の座に呼ばれて会うことになりました。
あんな僻地にいたのです。ふつーなら何日、何十日も移動にかかりますよね。なのに、一瞬ですよ。
一瞬で、建物の中にいました。
出迎えの人に手を取られ、視界が切り替わり、次に見えたのは白塗りの壁に囲まれた一室です。
「こちらへどうぞ。ご入浴とお召し物を用意しております」
と、出迎えの人(相変わらず銀髪、銀目、美形)から、待っていた別の人(この人も銀髪、銀目、美形)に身柄を受け渡されました。
たぶんこの人が、皇宮内の使用人、という人なのでしょう。
彼は私の姿をみて一瞬びくっとしましたが、すぐに体勢を立て直し、完璧なスマイルで私を案内しました。
プロですね。異世界人で、髪が黒くて肌が黄色い人間なんて、生まれて初めて見たでしょうに……。いくら事前に知っていたとしても。
「まずはご入浴を」
で、隅々まで洗われましたが――正直言って、すごく気持ちよかった〜。
ルーランが時々湯桶に湯を出してくれて、それで体を拭いたり頭を洗ったりしてましたけど、やっぱり日本人なら手足が伸ばせる浴槽でのーんびり全身洗いたいじゃないですか。
おまけにお風呂番? みたいな人が、私の体をこすったり(垢がたくさん出てきてちょっとへこんだ……)、ぴかぴかだけど赤くなった肌に香油らしきものを磨りこんだり、と、全身、指の間までぴっかぴかに洗い上げてくれました。
ワオ、お姫様待遇!
――って喜んでる場合じゃないんですけど喜んじゃいます。
そのお次は、やっぱりドレスアップとメイクアップ。
この世界ではコルセット、というものは無いらしいですね。ありがたや。服飾も、こう、男女兼用みたいな、貫頭服をいじったようなデザインで、それをひらひら何枚も重ね着するみたいです。
生足は出さないのが基本。
ワンピース的服の下の足には、肌にぴったりしたズボンです。足元はこれまたハイヒールなんかじゃない、低い靴。刺繍がびっしりで、とても可愛いですけどね。
宝飾品は、はい、定番です。
この世界でもきっちりあるみたいですね、金銀宝石。
色とりどりの宝石がふんだんに使われた宝飾品が、私の指に、耳に、首につけられました。
そして最後はメイクアップです。やっぱりあるんですね、この星にも化粧品。
「ちょっと目を閉じててくださいね」
ぱたぱた。書き書き。
はい、女性のお顔はキャンバスです。
技術があれば、不細工だろうが美女にも化けられるのがお化粧です。
やっぱり皇帝陛下に会うんですから、着飾るんじゃないですかー。ルーランの嘘つき。
ま、女の子ですから?
たっぷりの入浴タイムも、ドレスアップも、きらきら宝石も、あとメイクアップももちろん大好きだからいいですけどね〜。
「さあ、目を開けてください」
と、目を開けると、おお!
そこには見たこともない可愛い系美女が(私基準)。
嘘、コレが私!?(地球人基準)
可愛く化けたなあ、何だ私、不細工でもみっともなくもないじゃん(地球の日本人基準)。
……はあ。
そうなんですよねえ。私にとってこの「私」は可愛いけど、この星の皆さまにとってはどうでしょうか……。
「あ、あの……みっともなくないですか?」
「はい。とても可愛らしいですよ」
……プロですね。愚問でした。
メイクのプロさんが、自分の作品を前に、自信を喪失させるような事を言うはずがないんです。なんで聞いたんでしょーね、私ってやつは……。
アンニュイな気持ちになりつつ、私はとうとうメーンイベントに挑むことになりました。
どこをどう化粧で誤魔化そうが誤魔化せないこの黒髪。黄色い肌。
周りのどの人を見ても、銀髪銀目白い肌の美人ばかり。
このきらきら軍団の中で、どんなふうに見えるのかはあえて考えないようにして――、さあ皇帝陛下とご対面です。
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