「……なんで、ですか?」
「理由としては、大きくいって、二つだな。どちらも単純だ。一つは白の座の美貌、そしてもう一つは、緑の座の寵愛」
「……確かに判りやすい理由ですが……」
「白の座を見ただけでさっきのお前のように魅了される者は十人に一人ぐらいか。術でも何でもなく、単に美しいというだけだから難しい。頭を一発叩くぐらいで我に返るが、術による不正操作の操りでもなんでもなく純粋な美に対する感嘆だからこそ、たちがわるい。我に返ったあとも魅せられた状態は続く。要は、美しさに対する感受性の問題であり、その人間の人格そのものになるからだ」
「あー……、薔薇の花を綺麗だと思うかどうかは本人の好み次第、綺麗だと思わないようにするには、その好みを改変してしまうしかないけど、それは人格の否定につながるって感じですか……」
ルーランは唇を吊り上げました。
「なあ? たちが悪いだろう? 度を超えた美貌というのは、本当に始末に悪いだろう? 精神をねじまげるのでも操作するのでもなく、ただ単に感受性に訴えかけ、美しいものを美しいと思う人として当たり前の情動なのだから、対処の仕様もないだろう?」
「そ、そうですけど……それは、別に、白様のせいでは……」
やっぱり何となく庇ってしまいますね。
心情的に、魅了されているからでしょうか。
「美しいことは罪ではないが、あれだけの美しさは罪だな」
「……矛盾してますよ。意味は判りますが」
美しいことは罪じゃないけど、あれだけ綺麗だと、なあ……。
そうも言ってられないほど、綺麗でしたからね……。
私はそこではたと気づきました。
「……そういえば、白様はどういう御方なんですか?」
あまりの美しさに魂抜かれ、ルーランがずばずば危険性を指摘してばかりでしたからすっかり危険物的に評価してましたけど、思えば私、白様のこと何も知りませんよね。
声を聞いたこともないです。会談の場で何も喋りませんでしたから。
しかもまだ子どもですし……うっ、偏見でモノゴト見てましたね。
あんな美貌なんて本人が望んで得たわけでもないでしょうに、子ども相手に大人げないというか危険視しすぎというか何というか。
「白様か? なんせ十七番目だ。生き延びるために各陣営の有力者を巡っているようだが、美貌だけであっさり籠絡できるほど人はたやすくない。美しいことは美しいが、それはそれ、だからな。白様はまだ子どもだ。子どもに心酔して付いていこうという気になる有能な大人というのは少ない。長期的に、信頼のおける味方というのは顔で集められるものではない。かといって、手札の出し惜しみができる立場でもない。生き延びるためには、己の手札を最大限有効に使いきって努力し研鑽しなければ叶わぬ身だからな。皇族もたいへんだ」
他人事みたいですね。まあ他人事ですが。
さっきの私みたいなメロメロ状態になる人は少ないし、いても頭を一発叩かれれば我に返るし、ですもんね。メロメロ状態の時に忠誠を誓っても、冷静になれば破棄したくなるものですし、嫌々従わせても実力を発揮してもくれないでしょう。
つまり長期的な味方……右腕になれるような人を子どもの白様が見つけるのは至難。
それはそうでしょうね。
「他の皇族は、もう成人しているんですか?」
「している。皇族について詳しいことは知らないが、それは確かだな。白様だけ、飛びぬけて年下なんだ。……いや、より正確に言うなら、白様と他の皇族の間にいた皇族はみな既に死んでいるというのが正しいか」
「……」
――成人した立派な皇族と、顔がやたらと綺麗なだけの子ども。 ……うー、さっきメロメロだった私でもちょっと白様につくのは躊躇しちゃいます。いえ、白様に毎日会えるのなら味方になるのも……いやでもなあ。
「白様は末子で十七番目。その上が九番目だか八番目だかに生まれた御子になる。間はごっそり死んでいるわけだ」
「…………」
こ、こ、こ、こわあああっ!
「こ、皇族に生まれるのって人生ハードモード決定ですかっ!」
ルーランはなるほどと頷いて、
「お前の感想は身も蓋もないが、真実を端的に表現するという意味では優れているな」
「――そこであっさり同意しないでくださいよお……」
感心したように頷かないでほしかったです。ホント。
それにしても、貴族は、皇家の雑用係で?
皇家は皇家で血みどろの権力争いが制度化までされているという有様。皇族に生まれたら十中八九、死ぬ。生き残りの確率は十五分の一ですか?
――この世界の特権階級って、少しもラクじゃないじゃないですか。
ああ、いえ、コレは私のイメージの方が悪いんでしょうね。
貴族というとどうしても「怠惰な怠け者」のイメージが強かったんですが、これは実物を見たこともない小説の聞きかじりの知識でしかありません。
貴族ってものの実際は……こんなもん、なんでしょうね。
少なくともこの星では。
――たぶん、いざという時はルーランにコキ使われるんでしょうねえ。姿が目に浮かびますよ。
どう考えても、普通の貴族より、ルーランの方が偉いですよね。
いえ、建前ではどうかわかりませんけど、本音は間違いなく。
皇帝陛下以外に自分より偉い人間はいないと豪語しちゃえるルーランです。貴族がもしルーランと対立したら……たぶん勝負にもならないんでしょうねえ。
「でも、それでも、ルーランは白様が最終勝者になると思っているんですよね?」
「その確率が一番高い、とは見ている。無論、暗殺されて命を落とすという可能性も低くはないが。あれだけの美は力に他ならない。お前が最初に言ったように、人はもったいない、と思うわけだ。
――そしてその感情が、人の判断に与える影響は少なくない」
そこで、ルーランは少し、眉をしかめました。
「あまり、皇族に思い入れはするなよ」
「なんでですか?」
「白の座は確かに美しいし、私が見るところ最終勝者になる可能性が高いが――それでも皇族だ。いつ死ぬかわからん。そして、皇族に人権はない。殺されようが、誰も騒ぎ立てはしない。犯人追及の流れすら起こらない。死者は敗者とイコールであり、すぐに忘れられる。……そういう存在だ。皇族に下手に思い入れると、死んだ時にキツいぞ。その存在が唐突に失われ、しかもほぼ確実に他殺であるというのに、誰も騒がないのだから」
「瘴気は……ああそうですね」
瘴気浄化能力者を握っているのは、皇家。
「皇族が殺されても、瘴気浄化能力者が浄化する。そうでなくばあの制度は根本から成り立たん」
「……そう、ですよね」
間違いなくこれは、ルーランの思いやりなのでしょう。
私にとって、白様は生まれて初めて見た「本当に美しい人」、でした。
心映えや性格は関係なく、ただただその美が私を圧倒し、見入らせました。あれほどまでに美しいもの、魂が震えるほどの感動を、私は人生で初めて味わったのです。
顔の皮一枚。でも、その顔の皮一枚が、どれほどの至高の美を体現できるものなのか――でもそれも、白様が殺されればそこでおしまい。
あっけなく、腐り果てていくことでしょう。
どうせもう、二度とお会いする事もない相手です。
思い入れるな、という忠告はもっともでした。
◆ ◆ ◆
「どう思うあれを?」
「……大分、シミナーに執着されておりますね。守護の術が編まれていました。表層はともかく、深部への干渉はできないように。また、精神操作も受けています――聞き分けの良さ、という点で。異世界に来てもさしてめげず、図太いのは素のようですが」
「その辺りは仕方がなかろうな。結局は流されるまま生きるのが、一番楽なのだ。突出した才などなにもない平凡な者にとってはな。世界と衝突しないよう、教え導く相手に反発しないように。そうするのが一番精神的負担が少なくなる。
異世界へ来て早々の幽閉生活だ。少しでも負担を減らさねば、気が、狂う」
常識ひとつとってもまるで違う世界。
教えられたことをよく呑みこみ。
反発などせず。波に揺られるまま揺れる一枚の木切れであるのが最も賢明な生き方なのだ。――力のない者にとっては。
「あの異世界人がシミナーと良好な関係を築いているというのならば、現状維持で良い。利用価値もさしてなし、シミナーふたりと敵対関係になる方が害が多すぎる。あの者が異世界人を保護するなら、それで良かろう」
「御意」
第12話ラストで、サナエはキールの精神干渉を受けてます。なお、
前向きで図太いのは彼女の地です。
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