私がルーランからもらった異世界言語理解能力は、文字にも及びます。
そりゃそうですよね。「なぜか異世界語が日本語に聞こえる」なんて能力ではなく、「異世界言語の知識を脳に流し込まれて異世界語で喋れるようになる力」ですから。
異世界語を理解できているから私の中で喋れるわけで。
そして、ルーランは「文盲」ではなく、文字も読み書きできました。
何でもこの異世界では義務教育があるので普通は読み書きできるみたいです。識字率は激高、といえるでしょう。地球でも惑星規模でいえば、文盲の人の方が多いぐらいなのですから。
これほど教育という面が充実している理由は、単一政体が長期間統治をおこなっている成果でしょうね。……そもそも貧困層が子どもを基本的に持てない社会構造ですから、貧困の連鎖が起こりにくい社会って言えるでしょう。
そのため、「義務教育を受けられないほど貧しい子ども」っていうのは基本的にいないわけです。
ある程度の財産を持った人が子どもをほしいと言って、やっと子どもが貰える社会ですから、望まれない子ども、貧困の再生産になる子どもはいません。
……残念ながら子どもを貰った後で虐待するようになる親は、わずかながらこの世界にもいるみたいですが……。
さて、わたし、という人間をここで顧みてみますと、
異世界人で、異星人。
言語はできる(ルーランのおかげ)。
髪と肌の色がとっても珍しい。目立つ。
魔力なし――この世界で普通に使われている術が使えない。
……いいところ、何もないです、よ、ね……。
それだけの手札を確認して、それでも一縷の望みにかけて、私は聞いてみました。
「……ルーラン。私、町に出て働いてみたいんですけど、私を雇ってくれるところ、あると思いますか?」
「あると思うか?」
冷淡ではなく普通に……当たり前の口調で問い返されました。
「……こ、こう……珍しいので見世物として、というか、その……」
「まず第一に、見世物は駄目だ。確かにお前の姿は非常に珍しい。異星人であるし、見世物としての価値はそれなりにあるだろう。が――お前はパンダになってうれしいか?」
「……わざわざ私の世界の言葉を使って諭して下さってありがとうございます……」
「それに、見ている私の気分も良くない」
「そう……ですよね。ごめんなさい。ルーランの気持ちを考えていませんでした」
色っぽい事も恋心もありませんが、ルーランが私にそれなりに親しみと好意を感じてくれていることぐらいは、わかります。
――そして、家族が「自分は変わった外見しているから見世物になるよ」と言ったら……うん。私でも大反対しますね。
ルーランは、私の頭を撫でました。
「お前が最近、鬱屈しているのぐらい、気づいている。お前は何がしたい? ほら、言ってみろ」
私は顔を手で覆いました。
ルーランには申し訳なくて、贅沢すぎると自分で自戒していたはずの言葉が、ぽろぽろと出てきました。
「町に出たいんです……。外へ出たいんです……。買い物したり、他の人と触れ合ったりしたい。ここでこうしてルーランと二人きりでいるのは優しくて安楽だけど、朽ちていくだけ……。平和で穏やかだけど、ずっとそれが一生続くのかと思うと、たまらなくなるんです」
ここは、優しい監獄です。
ルーランがいなければ、どこにも出歩けない。
ルーランに頼めば森を散歩するぐらい快く付き合ってくれますけど、でも、それだけ。
変化のない生活。
変化のない優しい生活。
食べ物にも寝床にも着るものにも、何も不自由しないはずなのに、胸が苦しくなるのです。
どうして、でしょうか。
私は、突然異世界に落ちた身の上からすれば、充分に恵まれているはずなのに。
ルーランは難しい顔で黙っていましたが、やがて息を吐き出しました。
「……お前が、鬱屈する気持ちもわからないでもない。図太いお前が、そこまで追い詰められているんだ。それで、お前は、何がしたいんだ?」
どうしてでしょう。言葉がとめどなく出てきてしまいます。ルーランに申し訳なくて、心苦しくて、言うに言えずに言えなかった言葉が。
「仕事が……誰かに必要とされることがしたいんです……」
ルーランは、少しの間、動きを止めました。
そして、続いた言葉は、思いがけず優しく、温かなものでした。
「――人に必要とされないということは、悲しいものだ。お前の気持ちは、よくわかる。お前は私の家の掃除をし、家の中を整えている。それじゃだめなのか?」
――人に必要とされないのは、悲しいこと。
ルーランはひょっとして、それを自分に照らし合わせて言っているのかもしれません。
ルーランが患者の治療をしているのは、ひょっとして彼も、知っているからかもしれません。
――誰にも必要とされないことが、不幸なことだということを。
「だめです。だって、判っています。ルーランは、ほんとは私がいなくても何も困らないんです。護衛の人が全部やってたんでしょう? 私を哀れんで、仕事をくれていただけでしょう?」
……さすがに、この頃になれば、私も現在の自分の状態が客観的に理解できてきました。
秘めておかねばならない言葉がぽろぽろととめどなく――ルーランっ! 私に術をかけましたね。
白様と会った時のような……くううっ!
「卑怯ですよ! ずるいです! こんなの……っ!」
本心ダダ洩れなので、こういう言葉もするすると口から出るわけで。
もちろんルーランはそっくり返って言いましたけどね。
「お前が言わないのが悪いんだろうが。切り出すのを待ってやったのに、どんどん精神状態が悪化していったから荒療治してやってるだけだ。まともに聞いても答えなさそうだしな」
……そういえばルーランは精神治療者。
そっちの専門家でしたね。
「言えるはずないでしょう! ルーランに全部おんぶにだっこになっているのにこんな……っ、こんな我が儘で贅沢なことっ。こういうのは隠し事じゃなくて、配慮とか良識っていうんですよ私の社会じゃ!」
「奇遇だな。ここの社会でも普通はそういう」
「だったらこの術なんとかしてくださいっ! さっきから思った事全部ダダモレじゃないですか!」
「たまにはいいだろう、面白そうだし」
「…………そういえば、こういう人でした」
がっくりと肩を落とす私でした。
なんとか拝み倒して術を解いてもらい、開き直った私は提案しました。
「私が、町に行くことはできませんか?」
「外見は術で誤魔化せるが、肝心要の魔力がない。一目見てわかる。誰もが当たり前のように普通にまとっている魔力の気配が、お前からは一切ない。素性を偽るのは無理だな。そして、素性を公表するのは、もっと無理だ」
「む、無理ですか……。何でですか?」
ルーランは、私を見て、少し眉間に皺を寄せました。哀れむような、言葉を選ぶような……そういう顔です。
「言って下さい」
「――いや、私の勘違いで、ひょっとしたら許可が出るかもしれない。キールに聞いてみよう」
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