「そういうことだ。自律式の機械によって、精霊の領域へ侵攻をかければいい。――お前は、『完全な無知』でいれば精霊の干渉を無視できるということを教えてしまった」
さあっと、血の気が引きました。
異世界人で、異星人。この星の常識を知らない無知の塊。
だからこそ、私は誰にもできなかったことをできた。
九割と一割。手をこまねいて見ているしかない人間側に、逆転のチャンスを教えてしまった。絶対的な勢力差のもとで何千年も保たれてきたこの星の平和を、私は、踏みにじってしまうのでしょうか?
「な、なら……どうして私は生かされているんでしょう? そんな危険物……精霊にとってはさっさと殺した方がいいのでは」
「精霊側がお前に手を出さない理由は、既に手遅れだからだ。
そして人間側が手を出さない理由はふたつ。一つは、殺人への禁忌が強いこと。もう一つはお前自身には、もう価値がないこと」
……そういえば、何度もいわれましたっけ。
私には価値がない、と。
「もう……人間側はそれを知っているんですね?」
「知っている。だからこそ、精霊はお前を放置している。もうお前を殺したところで意味はないし、キールが口先だけとはいえお前を後援しているからな」
「……知っているっていうことは、機械を……つくります?」
ルーランは、首を横に振りました。
「いいや。……したとしても、失敗に終わるだろう」
「え?」
「緑の座が、機械を作り始めたとしよう。だがそれを、精霊側にはとても隠し通せない。どこにでも存在するのが精霊で、精霊側の情報網は人間側のそれの比ではない」
「……そう、ですね……」
八百万(やおよろず)の神様の教えがあるので、日本人には理解しやすいですね。
精霊は万物に宿っている……というのは。
確かに……精霊側に察知されずに、自律式の機械なんていうものを作り出すのは不可能です。一体だけじゃ物の役に立ちませんから、何百体といるはずで、それってすごく大きな工場になるはず……。
「知性とは、困難を乗り越える力であり、目的達成のためのしるべであり、同時に、相手の事を邪魔する力でもある。対策を打つのは当然だが、対策の対策を打つ力が人間にはない」
「確かに……」
「なら、やるだけ金と資源の無駄だ。……と、緑の座は考えるだろうな。だが、全員がそう考えるわけではない」
「……はい」
「お前の情報は、分別のある上の人間にとっては重要ではあるが、一方で現実味の乏しい案でもある。だが、それがわからない短絡的な人間もいるわけだ」
「……はい」
「そして、一の情報を十億に知らせたら、必ずその中にはそういう人間が出てくる」
「そ、そうですね……」
確率論ってやつです。
スパムメールなんかは、確率的には引っかかる人はほんとに少ないんですけど、一億人に送ったら一人ぐらいは引っかかるんですよ。そして、一人でも引っかかったらああいうのって御の字、なんですよね。
ううう、どうしましょう反論できませんよ一方的に攻め込まれてますっ!
「人間のそういう行動に対し、精霊側も行動するだろう。そうすると、高い確率で血が流れる。血が流れれば、人間側も精霊側も、双方ともにいささか困った事態になる。何故なら、両方ともに今の平穏を破ることを望んでいないからだ。二大勢力の合意で隠蔽できない事件などそうそうないが、それでも、何も起きないのが一番で、事前に揉め事の種を摘んでおくにこしたことはない。わかるか?」
「わ、わかり……ます」
「だから、お前が町に出ていくことは認められない。お前が話さなければいい、という話ではない。お前が話すまいと思っていても、魔力のないお前は術への耐性がない。かけられたら何でも喋るだろうな。さっきのように」
私はがっくりと首を折りました。
「――わかりました」
これだけ論理立てて「私が衆目の前に出るわけにはいかない」って言われたら、どれだけお馬鹿でもわかります。わかりますってば。 でも、せっかく両親や友達とも強制的に引き離されて異世界に来たのに、一生このまま森の中で朽ちていくだけ……ってどんな罰ですか?
町や、いろんなところや、人や物をもっと見てみたいんです。
町に混ざりたいとは言いません。
見るだけでいいんです……。
「この世界の町を、じょ、上空から一目でいいんですけど……見てみたいんですが、駄目ですか?」
駄目でもともと。
そんな気分で頼んだ言葉は、拍子抜けするほどあっさりと了承されたのでした。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0