父王への報告、死体の処理、事情説明、いつの間にか王宮に戻っていたことの理由づけ、今回の事件の黒幕さがし。
リオンは数日かけて事後処理を一通り終えると、父に頼んだ、例の品を受け取った。
襲撃から、きっかり一週間後。
リオンが部屋を訪ねると、ジョカは腕組みをして「それ」を見下ろした。
「……なんだこれは?」
「薬箪笥だ」
膝ほどの高さの箪笥に、沢山の引き出しがついている。
引き出しには一つ一つ薬の名前がついていて、開けると、一回分ずつ包まれた薬包紙が入っていた。
薬師が使う薬箪笥と同じものを、リオンは父に頼んで取り寄せてもらったのである。
「これで、病になっても薬がすぐに手に入る。週に一度来るから、使った分はそのとき言ってくれ。補充する」
「……ありがたいが、これを持ってきたのか?」
「ああ」
「王子が?」
「他に誰がいる」
ジョカは目を閉じ、頭を振った。
「どうした?」
「いや。さぞ、目立っただろうと思ってな……」
リオンも乾いた声で笑う。
箪笥としては小さい方だが、荷物としては特大クラスだ。
背負いベルトつきの袋に入れ、背に背負って運んだ。重かった。
他人に任せるわけにもいかず、注目をいやというほど集めながら、運んできたのである。
どうか想像してほしい。お伽噺の王子様そのままの外見のリオンが、背に箪笥を背負ってえっちらおっちら運んでくるところを。
「王子のところの使用人は何か言わなかったか?」
たずねられ、リオンは心底嫌そうに口を開く。
「あまりの異様さに聞こうとして聞けない、という風だったな。……それから使用人たちが誰が聞くかと、お互いに押し付けあうひそひそ声が聞こえてきて……」
想像したのか、ぶっという音がしてジョカが口元を押さえた。ひくひくと、頬の肉が痙攣している。
「お前行け、いやだよお前こそ行けよ、王子は一体どうなさったのか、もしや脳の病か、薬師を呼べ……と、もろもろのやり取りが聞こえてきた後に、とうとう押しつけられた一人が私の前までやってきた」
「そ、それでどう答えた?」
「―――まさか本当のことを語るわけにもいかないし、下手なことを言ったら自分が持ちますと言われるだろうし、迷って」
「うんうん」
「とある女性への愛と勇気を示す贈り物だと言った」
ぶはっ!
ジョカはこらえきれずに吹きだした。
リオンもできればそうしたい。
自分以外の出来事だったら、リオンだって喜んで笑ってやるぞこんな話!
「お、重い箪笥を自分で引っ担いでいくのが愛情を示す証拠だってか?」
「……そうはっきりとは言わなかったが、誤解されるように言ったから、そう思っているだろうな」
ジョカはとうとう体を二つに折って、腹を抱えて笑う。
「ろ、廊下を歩いている時も目立っただろうこれは」
リオンはそれはそれは重いため息をついた。
「……できるだけ人が少ない時間帯を選んだんだが、それでも当然人に出くわした。彼らは大荷物を背負った人間が近づいてきても、最初それが私だとは気づかなかった」
「そ、そりゃあ、気づかねーよなあ」
「……顔が見分けられる距離になって、彼らはぽかんと大口を開けた。相当近づいて、ほとんど触れあう距離になってから慌てて頭を下げたが、私が通り過ぎると爆発したようにあれは何だと喋り出した」
ジョカはテーブルに腕を置いて顔をうずめ、ひーひー言っている。
「あれは本当に私だったのか見間違いかそっくりさんか幻か亡霊か本人ならいったいなんでまたあんな大荷物を背に背負っているんだと熱心に議論しあい、出た結論は」
「結論、は?」
リオンは爆弾を落とした。
「あれは王子の影武者だ、王子があんなものを持つはずがない! それを見てしまった俺たちは一体どうなることか、ああなんてものを見てしまったんだ!」
「お、お前は俺を殺す気か……!」
ばしばしとテーブルを叩いてジョカは笑い転げる。皮肉な嘲笑は数えるのが馬鹿馬鹿しいほど見たが、彼のこんな腹の底からの笑顔を見たのは初めてだ。
リオンは真面目くさって言った。
「そんな苦労をして持ってきた品だ。どうか活用してほしい」
その言葉も、ジョカは笑い転げていて聞こえたかどうか。
「あと、保存のきく食料を詰めたものも……」
そのあたりでようやく声を出せる位にまで復活したジョカが口をはさむ。
「あのな、王子。そこまでしてくれたのはありがたいんだが……」
「なんだ?」
いらなかったのだろうか?
「この寝台とか、テーブルとか、どうやって俺が手に入れたと思う?」
「…………」
額に一筋の汗が伝った。
「俺に贈り物をする王はな、どこそこに何々があるから取って行ってくれって言うんだ。それで、俺は貰うんだよ」
リオンは一歩よろめいた。
あの、周囲ぜんぶからの、とても心が痛い白眼視を思い出し、寂寥感にひたる。
「……そうか……。ああ、でも、じゃあ次は持ってこなくてもいいんだな」
「ああ。保存用の食料が入った貯蔵庫か? どんなやつだ?」
この時代、食料の長期保存の方法は限られている。
「果物を蜂蜜漬けにしたものだ。数年しか持たないが、これなら熱があるときでも食べやすいだろう?」
「砂糖漬けも両方くれ。それぞれ五種類ぐらいな。甕の大きさはこれぐらいの、あまり大きい奴でなくていい。その甕を一つ所に集めて、俺に教えてくれれば取ってこよう」
「わかった」
合意に達し、ジョカは改めて目の前の王子が重くて恥ずかしい思いをしながら持ってきた薬箪笥を見下ろした。
実は、同様の準備をしようかと思ったことは幾度もある。実行に移そうと思えばできただろう。だが、しなかった。
しようという気にならなかったのだ。
死だけが、彼に残された、唯一の解放だったからである。
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