え、えーと……私は、どうすればいいんでしょうか。
邪魔せずに放っておくべき?
それともルーランのとこまでいきますか? こんな凍りついた湖を渡って? どこで薄い氷を踏み破るか判らないのに?
「――あ」
そのとき、ただ立ち尽くしているルーランの体に、赤いものが見えました。
怪我……して、いる? ああもうっ、見えません!
「ルーラン!」
声をかけても反応しません。
「怪我しているのなら、手当てしますから!(護衛の人が)」
護衛の人は何をしているんだと振り返っても――、いません!
いつの間にか姿を消しています。くううっ、ホントに忍者みたいな人ですねっ。
――迷いました。一瞬で一時間分ぐらいの思考を巡らせました。
でも!
女は度胸! 女は度胸!
大丈夫、いくらルーランが細身に見えるっていったって、私より体重少ないなんてことはないでしょう。
か……仮に落ちたとしてもきっと……きっとルーランが助けてくれるはずです!
私は、意を決して足を踏み出しました。
あまりにも小さな行動……。
それが、この後の運命を小さく……けれど決定的に変えてしまう「小さな行動」であったとはおもいもよりませんでした。
「――」
氷は、意外にもしっかりした感触で私の体重を支えました。
一歩、一歩、ルーランのところに近づきます。
――こ、こわい。
氷が壊れること自体が怖い、というより、自分の心からあふれ出す想像力が怖いです。だって、リアルに考えてしまうんです今ここで氷が割れたらとか割れたらとかあの水中生物が現れたらとか。そんな不安が心の中からとめどなく溢れ出て、心を満たして足を竦ませようとします。
下を見ないで、ルーランだけを見て、足をすすめます。
一度ここで足を止めたら最後――私は、きっと、動けなくなってしまうでしょう。わかります。右足、左足。右足、左足。頭と足を切り離して機械的に、黙々と足を動かしていなければ、一度足を止めただけで、私は溢れ出る恐怖心に動けなくなってしまうと。
私がルーランの側にきたとき、体は全身鳥肌が立っていました。
寒さ? いえ、恐怖からです。
隣に立っても、彼は気づくことがありません。
「ルーラン……」
声をかけて、やっと、彼は顔を上げて私を見て……そして、すぐに、顔を背けました。
「どこか行け」
……この答えを、想像していなかったわけではありません。
今の彼は、人を拒絶する空気をまとっていましたから。
私は、ルーランの全身をチェックしました。
遠目から見た赤いものは、もう、見えませんでした。
……考えてみれば、護衛さんが放っておくはずもないですよね。
以前見た一瞬の早業が思い出されます。そう、気がついたときには私の隣から消えていた護衛さん。
名前も知らない護衛さんですが、仕事は早くて確かです。
……早すぎて、いつ治療したのかもさっぱりですが。
そこまではいいんです。
私が勝手にここまで来たんですし。
怪我してないならそっちの方がいいに決まってますし。
でも――私は、全身を貫く寒気に震えあがりました。
原因はもちろん、周囲一帯の氷です。
「ル、ルーラン、寒いですよ、家に戻りましょう……」
――これは、私の、痛恨のミスでした。
いつも抱き枕にされている人間の、気安さがあったのでしょう。
私は手を伸ばし、ルーランに触ってしまったのです。
……明らかに、ぴりぴりとして、人を拒絶している彼に。
用心のかけらもなく。
「さわるなっ!」
ルーランが私を跳ねのけました。
相手が地球人なら、それだけでしょう。
ですが、ここは異世界で、ルーランは異星人。
……振り払われた拍子に、腕が、変な方向へ曲がるのがわかりました。
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