fc2ブログ
 

あかね雲

□ 異世界で人非人に拾われました □

46 私は、『役立たず』でした。


 恐怖の権化が去ったあと、私はルーランに泣きつきました。
「ルーラン、怖かったです〜っ!」

 ルーランが私の頭を撫でます。
「わかっただろうが……あいつにだけは、絶対逆らうなよ。機嫌を損ねたりもするな。……まあ、お前の言葉であいつが本気で怒るとは考えにくいが、とにかく発言には慎重を期せ。あいつは、私は殺せない。だが、お前はいくらでも殺せるんだ」

「は、はい……」
 この星にたった百人しかいないシミナーであるルーラン。
 キールくんも、ルーランは、殺せないでしょう。貴重すぎる人材です。

 でも、私はちがうんです。
 その気になればいくらでも、実験室送りにできるんです……。

「……それから……、悪かった」
「え?」
「キールが癒したんだから大丈夫だろうと思うが……痛むところはないか?」

「は、はいっ! ぜんぜん大丈夫、オールグリーンです!」
 あのとき、確かに肘が逆方向に曲がっていたのですが、今はもう全然なんともありません。
 ルーランもほっとした様子です。
「そうか。よかった」

 頭を撫でられている内に、落ち着きました。
 私は顔を上げて体を離し、やっと、聞くことができました。
「ルーランは、どこか悪いんですか?」

 湖で、ひとりで佇んでいた時のあの顔。
 表情という表情がない、すべてを放棄した顔。
 あんな擲った顔を、私は以前見たことがありました。
 ――鏡の中に。

 大学卒業間近になっても内定が出ず、勤め先が見つからず、更に彼氏にも振られて――食事も何もかも億劫になって、自暴自棄になって、このまま死んでしまいたいと思っていた時です。

 ――私は、あのとき、本当に死んでしまいたいと思っていたんです。自殺する勇気もないから、食事もせずに全部投げ出していれば、自然と体が私の心を殺してくれるだろうと思っていました。
 ……それは、極限の空腹にあっさりと負けてご飯を食べてしまうような思いでしたけど。

 ――でも、私は、あの時、掛け値なしに死にたいと思っていたんです。
 それを、もっとずっと酷くしたような顔でした。

 しばらく、彼は黙っていました。
 瞳に現れている葛藤は――私を傷つけてしまったことへの罪悪感と、言いたくない気持ちがせめぎ合っているんでしょう。
 
 踏み込み過ぎたか、そう思ったころ。
 ルーランは、重い口を開きました。……私を傷つけたことへの罪悪感があったからこそ、私がここまで踏み込むのを許したんでしょう。そうでなければ、語らなかったはずです。

 これはルーランの弱味です。愛玩物として下に見ている私に、元来語るような話ではありませんでした。
「……シミナーが治療をするとき、相手の澱を、こちらに引き受ける」
「……」
「だから、シミナーは皆、治療をしたがらない。そして、治療をした後は、どこかでそれを吐き出したくなる。色に走れる人間は、むしろいい。私やキールは、一人になってそれを何とか処理する」

 その言葉に、私はこれまで疑問だった点が解消されるのを感じていました。
 ……そうですよね。
 たったの百人しかいなくて、需要がとても多い能力なのに、どうしてルーランは大抵ここでのんびりしているんだろうって思っていたんです。

 普通は……忙しくて忙しくて、目が廻るほど忙しいですよね。
 でも、シミナーは、相手の苦痛を引きうけてしまう力。
 だから治療はシミナーにとってとても大きな負担で、かといって、やりたくない、とは言えません。

 十億対百。
 需要が高すぎるんです。
 治療してほしいと望む方だって、シミナーにあまりに過大な負担を押し付けて、それで死なれたら元も子もありません。

 双方の妥協点が、今の現状なんでしょう。
 患者さんを絞って、治療の機会を減らして、負担を減らして……その代わりに、特権を貰って。まあ人から離れて引きこもっているルーランは特権なんてほとんど使ってないみたいですけど。

「……ルーラン」
 キールくんが、ルーランに出した交換条件は、患者百人代わりに診ること。
 その意味が、やっと……やっと、わかりました。

 そして、ルーランが私の身柄の保護と引き換えに、そのキールくんに借りを一つ作ってしまったことを、私は憶えています。
「私は――、ルーランの力になりたいです」
 ルーランの顔が、不快げに歪みました。

「それ以上何も言うな」
「……」
「無知で無力なお前に一体何ができる。お前にできることなど、何もない。キールですら同じだ。何もできん。この星の人間なら誰でもできる程度のことすら何もできない人間が、私を救えるというのか。同情するだけなら子どもでもできる。思い上がりもほどほどにしろ」

「……」
 何も、言えませんでした。
 その通りでした。
 私は……無力な異世界人で。異星人で。
 この世界の人間なら子どもでもできるようなことでも、何も……できなくて。

 なのに、そんな無力な私に何かをしたいと言われて、ルーランが苛立つのも当然です。
 誰かが何かをしてあげて、シミナーの負担が減るのなら、とっくにそれが広まっているでしょう。
 誰も何もできないからこそ、そのままになっているのです……。

「お前は、生きてもせいぜい百年。私の寿命からすれば、短い間だ。お前は私の暇つぶしの愛玩動物でいればいい。大人しくしていれば、それなりに可愛がってやる。それでいいだろう。
私は、お前に、それ以上のことなど求めていない。家族などいるものか」

 青ざめて俯く私を見て、ルーランは表情を和らげて優しい言葉をかけてくれました。……こんな時なのに、気遣わせてしまった自分が嫌になります。
「気にするな。これはシミナーとして生まれた人間にかけられた責務……呪いだ」


 ……お父さん、お母さん。
 心配掛けて、ごめんなさい。本当に本当にごめんなさい。
 大事な人が苦しんでいるのに、何もできないことがこんなに苦しいなんて、思いませんでした。

 今頃お母さんたちは、同じ気持ちを味わっているでしょう。
 私が誘拐されて……、悪い人たちに乱暴されて監禁とか殺されているんじゃないかって、探し回ってくれているでしょう。たった一言、無事だと告げられればどれほどいいか。

 私は、今、保護してくれる人に、お世話になって迷惑をたくさんかけているのに、何もしてあげられません。

 『安っぽい同情することしかできない役立たず』です。
 お父さん、お母さん。――心配掛けて、ごめんなさい。


→ BACK
→ NEXT



 
関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/11/01
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする