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あかね雲

□ 結崎ひよの殺人事件(スパイラル) □

結崎ひよの殺人事件 5


 いっしょうけんめい食べてるひよのを見ると、歩は微笑ましい気持ちになる。たとえるならそれは、可愛がってる小動物を見る気持ちだ。
 ひよのは自分で自分を「美少女」と呼ぶが、あながちそれは間違いではない。
 細くて量の多い色素の薄い髪(脱色ではなく生まれつきだろう)を緩く二つのおさげにして左右から垂らしている。三つ編みの編みが緩いので編目のあちこちから毛が出ているのだが、ひよのの場合計算ずくでやっているのだろう、ぎちぎちかっちりに編まれた髪よりずっと、ふんわりした彼女の容姿に調和していた。

「なるみさんっ! お部屋見せていただけませんか?」
「いいよ」
 しかしその前に。
 食べ終わった食器を片付けるのはひよのも手伝った。最後に、残った料理を皿に盛ってラップをかけ、テーブルに並べる。こうすればまどかが帰ったときに勝手に暖めて食べる。
 歩の部屋はいつ来ても誰がみても万全、ガサいれでも強制捜査でも受けてたつ体勢万全だが、特に昨日は念入りに掃除した。やはり、ひよのが来るのだから。

 それでも密室にふたりきりというのは気まずいので、ひよのが歩の部屋をじっくり見るあいだ、戸口のところに立っていた。
 と。歩の無個性な部屋を眺めていたひよのがくるりと振り返る。
「あのですね、なるみさん。私の本日の目標……っていうか目的っていうか、そういうのがあるんですけど」
「なんだ? 鍋のフライ返しはできるようになっただろ?」
「そーゆうのじゃありません! まったくもうっ!」

 突然襟首に圧力がかかった。頭を下げさせられたと思うと、唇が柔らかいものでふさがれる。
 一秒にも満たない早業に、ひよのは歩の視線を受けてえへっと笑う。
「本日の目標は鳴海さんとの初めてのちゅうです!」
 歩はぽかんとしていた。唇に受けたぷにっとした一瞬の感触と、キスという単語がうまくつながらなかったのだ。しかしやがて苦笑して、
「……まったく、この状況になってもまだあんたの方が男らしいな」
「まったくです。鳴海さんのいくじなし。自分の彼女があなたのお部屋いきたーいなんて言ってるんですから、ばんばん押し倒しちゃってくださいよ」
 指をたてるひよの。
 しかし今現在まさにその状況だということがわかっているのだろうか、彼女は?
(今押し倒したら……やばいよなあ、さすがに)

 邪悪な算段を歩がしているとはつゆ知らず、ひよのは無邪気にわらう。
「ささ。今度はなるみさんからどうぞです!」
 胸を張られて言われてしまう。また苦笑すると、歩はひよのの肩に手を置いてゆっくり顔を近づけた。
 小鳥がついばむような、軽くて短いキス。

     § § §

 翌日、学校は休校になった。
 月臣学園に来た生徒たちは校門前に張られた張り紙―――本日は警察の現場検証のため休校とします、の紙を見て慣れた様子で「それなら昨日のうちにいえよな」と悪態をつきながら戻っていく。
 ブレードチルドレンの件で殺人事件が多発し、銃だの爆弾だのまで縦横無尽に行き交った学校である。生徒たちもこんな事態が初めてではなく、不本意ながらも慣れてしまったのだ。
 むろんその一方で好奇心は膨らんでいる。
 警察の現場検証とは、また一体何が起こったのか?
 家に帰ってテレビをつければ月臣学園でまたもや殺人事件が起こったということはわかるし、その被害者もわかる。
 今回の事件で生徒たちにすくなからぬ動揺がはしったのは、このときだったろう。
 結崎ひよの。
 学校一の有名人といっても過言ではなく、その情報収集力はすでにギャグマンガの域に入っているともっぱらの噂で、全教職員ならびに生徒の過半数の弱みを握っていた生徒が、ついにというかなんというか殺されたのだ。
 弱みをにぎられ脅されていた人間はほっとし、同時に警察の嫌疑がかかるのではないかと恐れた。脅されていない生徒にしたところで、悪評高い新聞部部長の死である。当然、そこにはこれまでひよのの悪行の犠牲になった人々が関わっているものと想像を逞しくする。

 そしてひとり部屋で情報をまとめている鳴海歩のもとには、電話が何件も入った。
 火澄が来てからというもの、歩とクラスメートとの壁は(主にクラスメート側から)薄くなっている。
 しかし携帯の番号を知っているのは、かのカーニバルを共に戦った面々のみである。
 姉のまどかを筆頭に、理緒、浅月、亮子、アイズ、そして……カノン・ヒルベルト。残るひとり、歩が最も電話を欲しい相手は永遠にいなくなってしまった。
 彼らの用件はすべて同じ。
 「歩を心配して」だ。
 ありがたいが、ため息も出る。
 人に対して「落ち込んでる、滅入ってる、まいっている」と言えるほど素直な性格ではないのだ、「大丈夫か」と聞かれたら無理にでも大丈夫な声を作り「大丈夫」と答えるしかない。

 もっとも頭の回転の速い面々はそうした歩の性格を素早く見抜いて、最初に懸念の声をかけるとそれぞれ自分の手持ちの情報の伝達に話を切り替えてくれたので助かったが。
 ひよのの死因は、心臓を一突きにされての即死。……どこかで聞いたことのある死に方だが、理緒は「私じゃありませんよう!」と懸命に訴えた。
 それはまあ信用できるだろう。同じ手口を二度つづけて使うほど馬鹿でもないし、動機もない。
 そう、なにより動機がない。

 状況は端的にいえばこうなる。部室に居残り、なにやら調べものをしていたひよのの前に誰かが現れ、ひよのを殺したあとパソコンなどを破壊して去ったのだ。
 月臣学園には様々な箇所に監視カメラが設置されている。
 監視カメラは廊下を歩くひよのの姿を、午後五時三十三分に確認している。
 そしてその後、新聞部部室付近の監視カメラに、不審な人影は見当たらない。

 つまり、「不審」ではない学園の生徒もしくは教職員の仕業か、
 あるいは監視カメラに映らないルートで部室に入ったかである。極端な話、窓から出入りすれば監視カメラには引っかからない。

 また、「不審でない生徒」という前提条件も怪しいものである。
 月臣学園にはいたるところに監視カメラが設置されていて、外部者の立ち入りにはさりげなく厳しい。とはいえ、外部者かどうかの見極めは多くを服装で負っているため、たとえば卒業生などから制服を買って着込めばそれでもう見極めがつかない。殺人なんてことをやる人間はそれぐらいのことはするだろうし、警察もいまごろ、全てのカメラに残された映像をチェック、在校生の顔写真と照らし合わせていることだろう。
 月臣学園は生徒数が千人を越える巨大な学園なので、一筋縄ではいかない、たいへんな作業だろうが。

(あいつがいればな……)
 全校生徒の顔と名前とプロフィール、ついでに弱みまで記憶しているひよのがいれば。ふとそう思って歩はつい自嘲する。そのひよのを殺した犯人を捜しているのに。
 もし学園内に不審者がまぎれこんでいれば、まどかが連絡をくれるだろう。映像は膨大だし、生徒は多いしで検証には三日はかかるだろうが。

 とにかく、この事件は動機を持つ者が多すぎるのだ。
 歩はひよのの天使のようで悪魔めいた笑顔を思い出し、額に手を当てて目を閉じた。
 ―――落ち込むなと自制していても、ときどき強すぎる自責の念にとらわれそうになる。
 ……昨日、遅くなるから先に帰ってくださいというひよのの言葉に頷かなければ、スーパーの特売日なんてものに急がなければ。
 ひよのはまだ、あの笑顔で。抱きしめれば暖かさの伝わってくる体で、自分の隣にいただろうに。

 ひよのが何を調べていたかは、わからない。パソコンが壊され、修復は不可能と専門家も断言して、更にメモの類も慎重に持ち去られていたからだ。
 しかもひよのが人探しや調査を依頼されるのはよくある事なので、その調査の内容が殺害動機に関わりのあることか、わからない。パソコンを壊したのだって、言ってしまえば「念のため」で済んでしまうのだから。
 パソコンは記録装置としてすぐれている。
 ひよのが脅迫のネタをパソコンのどこかに記録していないという保障はなく、歩がひよのに脅迫されていて殺したならやはり壊すだろう。

 メモだってそうだ。いつ人が入ってくるかわからない殺害現場では人は素早く退散したいと思うものだ。そんな中メモ用紙を見たら、どれが自分の弱みが書かれているものなのか、なんて一枚一枚チェックしてそれらしきものだけを持ち去る、なんてことはしない。
 あらいざらいすべて、もっていくだろう。
 内容のチェックは帰ってからゆっくりやればいいのだ。

「―――?」
 歩はふと、首をかしげた。
 歩はひよのを知っている。ひよのの性格を知っている。
 あれは用意周到で頭が切れて、たとえ好きな歩だろうが必要とあればボディブローで一喝できる女だ。いわゆる「ハンサムな女」というのはひよののような女のことだろう。どれほどひよのを嫌っている人間であっても、彼女が豪胆であることは否定できまい。

 そのひよのが「それ」をしていないなんてことがあるだろうか?
 ……歩は非常にヒドイことだが、ひよのが殺されたと聞いて、動機を持つ人間がうじゃうじゃいると聞いても、「そんなことあるはずない」とは思わない。「彼女は殺されるようなひどいことをしてません」とは口が裂けてもいえない相手である。人によっては恨み骨髄に達しているだろうし、それが殺意にかわっても不思議はないとも思う。
 だが同時にこうも思う。
 「誰かに殺されかねないような危険なネタを握って脅迫するとき、自分の身の保全を考えないでする女か?」と。

 ひよのは脅迫の常習犯であり、頭もいい。
 なら当然―――脅迫者にはこう言うのではないか?
 テレビドラマなどでの常套句、
 「私が死んだらあなたの秘密がぜーんぶ一番イヤな方法で世に出ますよー」と。

 そういう脅しをかけたか。かけないか。
 ……ひよのの性格を考えれば、歩は「した」方にかける。
 そしてひよのは、有言実行の女だ。カノンを足止めしたときもそうだったし、理緒の包囲網もそうだ。自己の責任で断言したことは自分の身を傷つけても実行する。
 自分が死んだとき、脅迫材料が世にでるようなそんな仕掛けを、彼女はしていたのではないか?
 むろん、ひよのはそんな準備は何もしていないという可能性もある、あるが……。
 「した」と仮定する。
 歩は頭脳を走らせる。
 どうする? どうするのが一番効果的か? ひよのの性格からいってありえそうか?
 結崎ひよのはどういう人間か?
 歩はかつてひよのをこうたとえた。「魔女めいた女」と。
 得意なのは情報をさぐること。
 およびそれに付随しての脅迫。それによってさらに情報を得て、という循環によって、とてつもない人脈と情報網を誇っていた。
 得意なこと、やってることは「弱みをつかんでの脅迫」と陰湿で陰険そのものだが、不思議とカラリとしている得な性分でもある。

 そして、潔い。
 この形容をかつて同居していた火澄から聞いたとき、歩は思わず膝を打つ思いだった。
 ひよののイメージに、明確なはっきりした言葉があてはまった。漠然としたイメージの言語化は、快感ですらあった。
 ひよのは、潔いのだ。

 魔方陣の爆弾のときも、誰もがおじける中ひよのだけが棒をつかんだ。他の誰もできなかった、ひよのだけができたのだ。理緒との勝負のときもそうだ。怯えて逃げた歩のかわりに、毒で即死するかもしれないのに、ひよのはコップを飲み干した。その結果監禁までされてしまったというのに、それについて歩を責める言葉は何一つ聞いた覚えがない。
 カノンのときもそうだ。ひよのは自分の身を傷つけて、十分という時間を稼ぎ出した。
 ……潔い。
 ひよのは決して応援だけしてしらんぷりの無責任な傍観者ではなく、むしろ一番危険な役回りを引き受ける人間だった。

 女だけれども、非常に頼りがいのある性格ともいえる。……ひよのの事だから嫌いな相手に頼られたら尻を蹴飛ばして追い払いそうだが。
 だから歩は、彼女をいつの間にか頼りにするようになっていた。
 そばにいられてしつこくうるさく付きまとわれて、でも決して嫌ではなくて、何度も何度も助けられて、気がついたら頼りにするようになっていて、寄りかかるようになっていて……。

 あるとき、歩はひよのに聞かれたことがある。
「鳴海さんは、いつから私のこと好きになってくれたんですか?」
 と。






 月臣学園の設定は、漫画版スパイラルおよび小説版スパイラルにでてくる設定をそのまま流用したのと、プラス勝手な杉浦設定です。月臣学園に監視カメラが盛りだくさん、というのは小説版スパイラルに出てきた設定です。

 しかし歩は行動がいじいじしてる割りにむっつりスケベですね、私が書くからそうなるのかそれとも歩だからそうなのか……?
 ちなみにひよのがやけに男前でカッコイイのは私のせいではありません、原作がそうだからです。


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Date:2015/11/03
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