それはまだ、火澄と歩が同居していたころのお話。
「すみません、掃除が長引いて遅れてしまって」
小走りに駆け寄ってきた少女を、キリエは冷めた目で見つめた。
月臣学園は生徒自身の自主性に力を入れている学校である。この自主性というのは非常に耳に快く響くが、冷静に考えれば楽な事ではない。そして、月臣学園は言葉をことばどおりに実行する学校だった。
生徒会の力が強く、各クラスの代表の生徒の意見がかなり強い影響力を持っている代わりに、学園の管理は、かなりの部分で生徒自身にのしかかっている。掃除清掃もその一つ。
専門の業者をたまに入れて定期的に生徒の手の及ばない部分を掃除している学校がほとんどのなかで、月臣学園では全てが生徒の負担となる。放課後一斉に掃除の時間となるのだ。しかも、教師の同席のもと、掃除は行われるのだから、手抜きもできずにもくもくと皆掃除するのである。
床掃き、床拭き、机拭き。廊下、ロッカーも以下同じ。
部活動の棟も、部活動後の一斉清掃が部活の顧問の監督のもと、行われる。
つまり「生徒の自主性を尊重した教育」のいいところだけをつまみ食いして自分たち……生徒の負担は少ないなんていう都合のいい理屈は通さない、すじの通った学校で、キリエは好きだ。もっともその理屈がわからない生徒、手抜きできない掃除の時間に文句をつける生徒のほうが多いが。
その掃除の時間をさぼらずしっかりこなして、やってきた少女をキリエは知っていた。
結崎ひよの。
少し情報を集めてみたが、学園でもかなりの有名人だった。
……そして、ブレードチルドレンの事件に好き好んでやたらと首を突っ込んでいる少女。しかもその配役はただの脇役ではなく、主演級だ。
ウォッチャーのキリエとしても無関心ではいられない、要注意人物である。
ひよのは学校鞄をテーブルの下に置く。妙にパンパンで重そうだった。
「……随分分厚い鞄ね」
「最近は用心のために、学校になにも置かないようにしているんです」
「教科書とかテキストとかノートとか?」
「体育のある日は体操服もはいりますね」
悪い噂の多い少女だ。物を置いておかないというのはやはり、『そういう事件』あってのことだろう。
物を隠された、盗まれた、汚されたなんてことを言うのは嫌だろうと、それには触れずにキリエは話を進めた。
「で、こんなところにわざわざ呼び出して、どういう用事?」
二人がいるのは月臣学園ではない。その近くの、高級レストランである。低く音量を抑えたクラシックが響く落ち着いた色調のレストランはいかにもノーネクタイお断りと言いそうなタキシードに身を包んだギャルソンが控えている。まだ開店直後のこの時間、他に客はいないからいいが、キリエはともかく、制服姿のひよのはかなり浮いていた。
ひよのはにこりとする。
「ひとつお願いがあるんです」
「……えらく不吉な前置きね」
「私と手を組みませんか?」
「……」
「ああ、鳴海さんにも似たようなこと提案されたなと思ってらっしゃるんですね。そして私の影に鳴海さんがいるんじゃないかと思っている……違いますか?」
そのとおりで、キリエはまさにそう考えていたのだ。
ぎくりとしながら用心深くキリエは聞いた。
「……鳴海くんから聞いたの?」
「いえ? でも予想はつきますよ? あなたが鳴海さんに頼まれた内容も。これからするのは、鳴海さんとは無関係の、私のかってなお願いです」
「聞くだけは聞きましょう」
「じゃ、その前に、何か頼みましょう。あ、ここは私のおごりですからどうぞ遠慮なく」
ひよのは慣れた手つきで、ギャルソンに向けて手を挙げた。
話中の二人に近づくのをはばかり、ただし職業意識をもって二人の動向に目を配っていた彼はすぐに近づいてくる。
「メニューをふたつください」
差し出された黒革の表紙の中身に、思わず目をひそめてしまったキリエである。
「……高校生にたかれる金額じゃないわよ」
上級職との同席の場ならばキリエもこんなことは言わない。黙って奢られるのがマナーというものだ。あちらはそんなことで痛むほど薄い財布ではないのだし。
「お気になさらず」
ひよのはゆったりと微笑む。
その少女を、見れば見るほど、気圧されたようすが無いのが目についた。
最初は気がつかない。時間がたち、長くいればいるほど、その差異が際立ってくる。
大人といる子供というのは、少しは萎縮するものだが、ひよのにはそれがない。
制服姿というのに、まるでこのレストランの女主人のように振舞って、それがよく似合った。
ひよのは仔牛のポワレ・マディラソースかけを、キリエは和牛のフィレステーキを主体としたコースをそれぞれ頼んだ。
「……それでお願いって?」
「ブレードチルドレンの、スイッチの入ってしまった子供たちの、生体標本がほしいんです。あなたなら適当に理由つけて、採取できるでしょう?」
キリエは思わずひよのを見返す。
「誰が聞いたかはしらないけど彼らはとうに」
「誰に聞いたかは言えませんけど、彼らがまだ生きていることは知ってますよ? 比較の対象として、非常に有用ですし」
被せるようにひよの。
「お断りよ。どうして私がそんなことをしなければならないわけ?」
「鳴海さんのため、ブレードチルドレンのためなんですが」
「だったらなおさら、あなたに協力することが彼らのためになるとは到底思えないわね」
ひよのはわざとらしくため息をつく。
「残念です。ここで頷いてくだされば、関係はまだ対等でしたのに。これで私はあなたを下僕にするしかなくなってしまいました」
怒りがはねあがった。
反論しようとした隙をついて、テーブルの上に広げられたのは数枚の写真。
冷水をかけられたように、動けなくなった。
急に大人しくなったキリエに、亜麻色の髪の、17歳の少女は微笑む。あざける笑みでもなく、自分の勝利を確信した笑みでもない。月に女王の自覚はないだろう。それと同じように、ただそこにあるだけで、凛然と誇り高く在る笑顔だった。
「頼むのはやめにします。―――従いなさい」
まさに女帝の風格で、ひよのは命じた。
写真を睨みつけ、キリエはほんの数秒、沈黙していた。
「……あなた、何者なのよ」
「無関係で、善良な一般市民ですよ?」
これでなにが無関係で善良なんだという至極もっともな感想を抱いたが、飲み込んで。
「……あの子たちのデータなんて集めて、どうするつもり?」
「その写真、片付けた方が良いですよ。差し上げますから。もうすぐギャルソンさんが来ます」
際どいタイミングで間に合った。キリエが写真を引っつかんですぐ、料理が運ばれてくる。
優雅に細い指先で銀色のナイフとフォークをあやつりながら、ひよのは釘を刺した。
「あなたは冷静な人ですから心配ないと思いますけど、うかつな言動はしないでくださいね。私に何かあれば、その写真はあなたが一番知られたくない人のところに行きます。ネガは、ブレードチルドレンのデータと引き換えに、お渡しします」
「……私がブレードチルドレンのデータといつわって赤の他人のデータを渡したらどうするの?」
こんな卑劣な手段で、相手の本気の協力を期待するほうが馬鹿げている。情報がお望みなら、いくらでも毒入りの情報を渡してやる。
しかしひよのはびくともしなかった。
緩く微笑すら、してみせた。
キリエとの器量の差を眼前に突きつけ、負けたと認めさせる顔だった。
「情報学の基本として、こんなものがあるんですが、ご存知ですか? 情報は二つ以上の媒体で照合したもののみを真実とおもえ、とね。本で得た情報にも新聞にも、誤報誤植という虫は入り込む。人づての情報でしたら、もっと。インターネットなんて論外です。情報のソースが一つだけ、なんて、二流の情報屋ですよ。あなた以外にも、もちろん情報源はあります。つき合わせは当然しますよ。それで相違があれば―――」
言葉を区切り、キリエを見つめる。
それだけの仕草だったが、充分こたえた。
この少女は少なくとも、言葉の使い道と限度を理解していた。
「そうそう、鳴海さんには言わないでくださいね」
「わかっているわよ、そんなこと」
「なにも、ですよ」
「……え?」
「鳴海さんが頼んだことも、適当に理由をつけて、なにもしないでください」
「どういうこと……?」
「清隆さんは、鳴海さんが思っているよりずっと手が長くて千里眼だってことです。あなたが鳴海さんに頼まれたことをしようとすれば、いまの均衡は崩れます」
そこで、ひよのは息を吐き出した。
そして、キリエの怒りが薄らいでしまうほど切ない響きで、おそらく本音と思われる言葉を吐き出した。
「もうすこしだけ、時間をください」
§ § §
鳴海さんへ。
私は生きています。
その書き出しを、歩はたっぷり二十回は読み返した。
心の中で反芻し、目を閉じ、その実の芳醇さをこころゆくまで繰り返し味わう。心は波濤で、落ち着くまでに少しの時間が必要だった。
(生きて、いたのか……!)
殴り書きの字は、お世辞にも丁寧とも上手いともいえないが、どうでもよかった。
どうして生きてるのかなんてのも、そんなのちっとも大したことじゃなかった。
ひよのの死であいた空洞が、塞がれていく。その感触に陶然とした。
歩がなんとかその先を読み進められるようになったのは、優に十分が経過してからで、そこにはこう書かれていた。
故あって、身を隠します。
理由は今は言えません、極秘に連絡をとれる方法を決めたら、また。
読み終わったあと、なんだか全身が脱力して、ベッドに身を投げ出す。しかし気分は悪くない。むしろ極上だった。運動したあとのような、心地よい緩みにひきこまれそうになり―――胸元の硬い感触に思い出した。
跳ね起き、パソコンを起動させ、ディスクを読み出す。
ディスクのなかで最初に開いたのは、ひよのからの手紙だった。
歩がファイルを開いたのではない。ディスクを読み出すと自動的に開いたのだ。
ファイル形式はWordではなくテキスト。かざりけのない文字がならんでいる。
長い、手紙だった。
歩さんへ。
あなたがこれを見ているということは、私は死んでしまったのでしょう。いやだなあ。
(いや、あんたは生きてるけど俺は読んでるぞ)
歩はつっこむ。
手紙は、当然ながら状況の変化に対応できないので当たり前といえば当たり前なのだが、この状況はすこし、笑ってしまう。
(遺書として書いた手紙を死んでもないのに開封すると、妙に笑えるな……)
ほんっと、嫌ですねえ。死にたくないんですけどねえ、でもあなたが読んでるって事は、死んでしまってるんでしょうねえ、わたし。
(いや、だからあんたは生きてるけど俺は読んでるぞ)
それ以降何行か同じ内容だったのでとばし、その次にいく。
そんな死ぬのがいやな私ですが、あなたがこれを見ているとき、私は死んでいるでしょう。わたしはどんな死に方をしていますか? 事故でしょうか、殺人でしょうか。あ、自殺ということだけはぜったいに! ないので、もし歩さんがそう思っていたら、訂正してください。それ、自殺に見せかけた殺人ですから。私は何が何でも死にたくないってやつです、どこかの不幸にひたるのが大好きな人たちと違って、自殺願望なんて欠片も持っていません。
(そうだな、あんたはそーゆーやつだ)
生命力はゴキブリ並みの少女だと、かってに思っている。それでも死んだのかと衝撃に打ちひしがれていたらどんでん返しだ。
人はあっけないものですし、不慮の事故というのもあることなので、私は交通事故かなにかで死んだのでしょうか? それとも、私が脅していた人によって、殺されたのでしょうか?
どちらの死に方でも、ええ、死んでしまえばおんなじですので構いません。私はちっとも気にしません、死ぬことには大いに異議がありますが、死に方に文句はつけませんよ。……せいぜい歩さんのピアノを聞きながら、美味しいものをお腹いっぱい食べて、苦しまずに死にたいってことぐらいですか。あ、歪んだ死に顔はあんまり鳴海さんに見られたくないですね、綺麗に死にたいなあ。
(めちゃくちゃ注文つけてるじゃないか……)
歩は脱力した。
(しかも生きてるし)
本人は「死んだ後で開封される」と思っている文面を生きているうちに読むのはまぬけである。
でも、今の状況でいちばん有り得るのは、おにいさん……清隆さんの手の者に殺される可能性です。死んでしまった今となっては(ってこれを書いてる今はまだ生きてるんですが)隠すこともないので言ってしまいますが、実はわたし、けっこう前から、ブレードチルドレンについて、探っておりました。
はい、歩さんが知る前から。歩さんに教えてもらう前からです。
カノンさんのカーニバルは、絶好の機会でしたね。ブレードチルドレンが誰なのか、どういう人間関係にあるのか、かなり、いっぺんに調べることが出来ました。理緒さんから月臣学園にブレードチルドレンが集められていること、そして、その人数まで把握していること……、それだけ聞ければ十分です。ほかのブレードチルドレンの人の名前を、理緒さんから聞きだすのは簡単でした。その人の弱みを握って協力させられるかもしれないから、と。情報を集めるのが目的ですけど実際に、そうするつもりでしたよ? カノンさんの動きが迅速で先手をとられてしまったんですけど。
(やっぱり知ってやがったのかあの娘は……)
今度会ったら殴ってやろう。そう思い、そう思える幸せをかみ締める。
それにしてもひよのの水面下での動きは、暗躍とよぶにふさわしい。……ちっとも気づかなかった。
入院中のブレードチルドレンの方の血液を入手して、他のブレードチルドレンの方々のも入手して、火澄さんのも入手して……
あ、歩さんの分もしっかり手に入れさせていただきました。髪の毛は前々から持ってましたけど。
(あ、あんたなあ……)
これを歩が読むとき自分は死んでいると思えばこその無遠慮さだが、ひょっとして歩がこれを読むとき自分が生きてるかもとは思わなかったのだろうか? ……まあ遺書とはそういうものだが。
だいたい、最初の警告がきたのが、火澄さんから快く体組織の提供をいただいた時だったんです。二番目の警告が、その分析をし始めたとき。
(……どう『快く』提供させたんだろう……)
いや、手段は想像がつくのだが。カノンから奪った麻酔銃とか麻酔銃とか麻酔銃とか。
意識を奪って誘拐とか拉致とか監禁とか。
知ってます? 私は火澄さんと、賭けをしたんですよ。歩さんに告白して、もし歩さんが受け入れてくれれば、しばらくの猶予。受け入れてくれなければ、運命の分岐点。
運命の分岐っていうのはまああれですね。一言で言えば、「やめなきゃ殺すぞ、回答は十秒以内」ってやつです。
でも、歩さんは受け入れてくれたので、私の寿命はのびました。―――ほんと、嬉しかったですよー。歩さんがべたべたしても怒らない! 体をすりよせても避けない! キスとか抱擁とかまでしてくれる! これぞ幸せ、人生の絶頂! とかって思いました。
せいぜいいちゃついて人生最後の思い出を作っていればよかったんですけどね。具体的には夜明けのコーヒーとか。その節はほんと、すみませんでした。これ書いて、死ぬまでの間に歩さんのものになっていればいいんですけど、……たぶん駄目だと思います。もうすぐ死ぬかもと思っても、やっぱり駄目なんですよー。
(そうでもないけどな、あんたは生きてるんだし)
いや、正直にいって、歩は次にひよのと顔をあわせて自分を制止できるか、自信はまったく、なかった。
本気で死んだと思ったのだ。
絶望と歓喜の落差は、男の場合即物的に働く。たぶん駄目だ。―――ひよのが拒絶しても、止まらない、と、思う。
あなたがこれを読んでいるってことは私は死んでしまっているわけですが、今ここで書いているこの私は、死にたくないです。
歩さん。何が何でも死にたくない私が、何度も警告をうけても深入りしつづけたのは、何故だと思います?
以前、はぐらかした質問がありましたね?
私が歩さんを好きになったのは、物心つく以前のことです。小さなときから、定期的にあなたの写真を与えられてきました。
(……え?)
じゃあ、ひよのは、兄貴の―――?
ぎょっとしながら文章を先に進んだ。
全校生徒の顔と名を憶えたのは、私の職業病なんかじゃありません。私の親から、養育費提供の条件として出されたものです。それ以前も学校で一番とれだのスポーツで活躍しろだの無理な条件ばかり出されていたので、うっかりその伝かと不審にも思わず受けたんですけど。情報部で、それが結構役にたつ特技となって、……そうして一年たって、鳴海歩さんが入学してきたんです。全校生徒の顔と名前を覚えるため新入生名簿を入手した私はすぐに、あなたに気づきました。
それからいろいろありましたけど、見捨てるとか、逃げ出すとか、そんな考え浮かびもしないほど昔から、私はあなたに恋をしていたんです。
これを歩さんに言いたくなかったのは、毎年私に歩さんの写真を提供していたのは、ウォッチャーである私の親だったから、です。
文章を目でみて、衝撃を受けるというのは、珍しい。言葉より早く、目は次の文章に差し掛かるからだ。衝撃を衝撃として心に反響し響かせるより、早く。
歩は目を見張りながら、読み進めた。
だから、ブレードチルドレンの問題も、私はかなり早く把握していたんです。歩さんと知り合いになり、ブレードチルドレンという単語を聞いて、……さほど間も開けずに理解していました。
その問題にかかわることの危険性も、どれほどハンターの人たちがぶっ飛んでいるかも。
語らなかったのはすみません。親が歩さんの敵方にいたもので、言うことで、関係が変わってしまいそうで、怖かったんです。
ウォッチャーの親がどうして毎年あなたの写真を与えていたのか、目的はわかりきっています。では、計画された恋は、そうでない恋より劣るものでしょうか。私が歩さんを好きだという気持ちは、自然発生のものより、劣るんでしょうか?
他人からはそう見えるでしょうが、私はそうは思いません。他人が何と言おうと、私は、この私本人だけは否定します。
死なないよう、この文章が廃棄という道を歩むよう、私はこれから全力で死ななくてすむ未来を探します。
……それでもあなたがこれを見ているということは残念な結末になってしまいましたけど、後悔なんてこれっぽっちもありません。
私は、あなたが、好きです。
これが予定された思いであっても、答えは変わりませんし、最悪の結果が出ても、この選択の責任を誰かに委ねようとは思いません。
これが、私の自由意志による、私が選んだ道です。
手紙が終わる。
(……相変わらず、だな)
潔く、颯爽とした後姿を見た気になった。
歩はしばらく黙って余韻にひたっていたが、CD-Rのファイルフォルダを見ると、まだ一つデータがあった。
そういえばひよのの手紙には、結局どういう調査結果がでたのか、何も書かれていない。
それを開こうとして、出てきたのは「パスワ-ドをどうぞ」の画面。
カノンの言葉を思い出し、慌てて手紙を見返すと、ずっと下のほうに、
―――私の好きなことばです。不測の事態に常にそなえて用心を怠ることなし。これまで私が集めに集めた弱みデータは、何箇所かに分散されています。そのリストは以下。あ、一つは歩さんのベッドの裏に貼り付けておきました。
そういえば、ひよのをこの部屋にいれて、目を離したことが二回……三回あった。後で探すとして、
(パスワードは?)
目を下に送ると、とんでもない言葉があった。
―――間違ったパスワードを入力すると、データは完全にふっとぶのでご注意を。猶予は一度だけですよ。なお、パスワードは弱みファイルのなかです。
(パスワードは俺が知ってるって、そういうことか)
ほっとして椅子から立ち上がった瞬間、携帯が鳴った。
姉のまどかからだった。用件は想像がついた。
「はい、歩です」
弾んだせわしない早口口調で、まどかはいう。
「歩、喜んで! 検視官の人に、個人的に頼んだの。照合してくれて……指紋不一致! あの死体はひよのさんじゃなかったのよ!」
「そうか」
知ってはいたが、全身の筋肉がほどけていく心地に、歩は息をつく。
「ありがとう、ほんとに……」
ひよのが生きていたことを、全ての人々に感謝したい。
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