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あかね雲

□ 結崎ひよの殺人事件(スパイラル) □

結崎ひよの殺人事件 19


「あの頃は地獄でした。お母様から銃器の扱い方を学んでいたカノンくんを先生に、わたしたちは必死で、戦い方を身につけたんです。生きるために」
 狭い部屋ながらも、ブレードチルドレンの面々には個室の病室があたえられていた。
 そのうちの一つ、理緒の病室には現在珍妙な客がいる。
 二人でくるなら意外でもないが、一人でというのはまずない相手―――結崎ひよのである。

「敵はどこからでも襲ってきました。飲み物に毒を入れられたこともあります。それを無関係の人が飲んでしまって、死に至ったことも。でもそれすらどうでもいいことでした。一年を越すたび、私は仲間の数を確かめます。去年とくらべてどれだけ減ったのか、確認するんです。仲間は少しずつ、削りとられるように無くなっていきました。私は銃器はともかく、格闘では体格に絶対的な不利があって、役にたてません。そこで、爆発物についての勉強に、手を染めることにしたんです」
「話しづらいことでしょうが、どんな仲間が死んだのか、教えてくれますか?」
「はい」

 理緒が挙げていった名前と、個別のそれぞれのエピソードは、ひよのの眉をしかめさせるに充分なものだった。名前という単なる個体識別の記号に、エピソードが加わることで、人はひよのの中で人になる。
 理緒がこれまで生きてきた17年間で、理緒の知る限りで、ざっと10人を越える子供が殺されていた。
「……人は、自分の正義を確信したときに、もっとも残酷になれるんですね」
 メモをとりながら、ひよのは呟く。
 まだ幼児といった方がいい子供も多いだろう。いや、ブレードチルドレンが自衛の手段を身につける以前の、幼い死亡者のほうが、ずっと多い。

「ハンターについても、教えてくれますか?」
「ええ―――」
 頷きながらも、理緒は懐疑的だった。
「聞いて、どうするんですか? そんな情報」
「事態を正確に把握したいだけです。どんな情報が、どんな光明をもたらすか、わかりませんからね?」
 ひよのは先ほどもそういって、理緒に話をさせることを承諾させたのだった。

「あなたは、今後も私たちに関わり続けるつもりですか? ―――無関係なのに」
「ええ。内緒なんですが、理緒さんにだけにはお教えしますね。耳貸してください」
 大人しく耳をよせた理緒の耳に入ってきたのはこんな言葉。
「私、鳴海さんが好きなんです」
「……」
 いや、ひよのの気持ちに気づいていないのは天上天地にただひとり、鳴海歩だけだと思うのだが。

「……だから関わるっていうんですか?」
「ええ、とても単純な理由でしょう?」
 理緒は彼女らしく値踏みした。……まず、ひよのが足手まといになることはあるまい。
 その情報収集能力といい、鳴海歩へのプラス方向への影響力といい、土壇場でもパニックになったりしない肝の太さといい、味方にしておいて、損はない人物だといえる。

 だから理緒はこういった。
「馬鹿ですね。ですが、首を突っ込んでくださってありがとうございます」
 その後も理緒は望むまま彼女の質問に答え、そしてひよのは去っていった。

    ◇

 理緒、亮子と香介(二人同時)、そしてアイズ―――。
 既知のブレードチルドレンの聞き込みを終え、ひよのは自室のパソコンにデータを整理し格納して、頬杖をついた。

 死者が多すぎる。

「子供なんですけどねえ……人間って、自分をも騙せるんですねえ……大義名分っていう聞こえのいい看板があれば、どんな残酷な芸当もしてのけられるんですから、こわいというか……」
 襲ってくるハンターに対し、もちろん、ブレードチルドレン側もやられてばかりではない。
 連携し、協力しあって対抗するようになった。そのなかで、もっとも戦闘能力にたけ、もっともハンターたちに名を馳せたのが、カノン・ヒルベルトである。

 もちろん、ハンターたちにも正義はあり、主張はある。まだ未来は不定だが、ひょっとしたらハンターたちこそがもっとも賢明な人間であったということになるかもしれない。しかし、どんな理屈であれ、「死ね」といわれて死ぬことをあっさり了承する人間はいない。
 たっぷり生に未練のあるひよのにしてみれば、子供たちの行動はもっともでありただしい。
 大人しく殺されろ、なんて言う方がおかしい。
 また、ハンターたちとて言うつもりはないだろう。
 それぞれの正義でもって、彼らは銃弾と冷たい刃をまじえ、死体の山を築いていた。

 ブレードチルドレンはそれぞれ何がしかの能力で一般人を上回る。死人は、むしろハンターたちにより多い。
 そんな殺し合いが一段落したのは数年前―――唐突にハンターたちの攻勢がやみ、清隆から月臣学園への招待状が渡される。
 隔離か、避難か。
 ブレードチルドレンたちはそれぞれ、その招待を受ける者とそうでない者とにわかれた。
 一方が理緒であり、一方が、香介である。
 ブレードチルドレンの被害が少なくなった一方、水面下でのひそかな駆け引きは少なくはなっても途切れず続けられた。

 そして今年。
 双方息をのんでひっそりと騒ぎひとつないまま静かに。
 鳴海歩が入学する。

 ―――そこからは神様の描いたシナリオどうりに事態はすすむ。
 多発する血なまぐさい事件、歩に接触してくるブレードチルドレン。
「……そして私、ですか」
 ひよのは息をつく。自分の意思でした自分の行動が誰かの計画どうりというのは、たいへん面白くない事実である。
 不本意ながら認めよう、これまでいいように動かされてきたということは。
「……でも、私がいつまでもあなたの思うように動くとおもったら大間違いですよ」
 はっきりした決意を唇にのせて、呟いた。

 彼女がいるのは、ほうぼうに所有している自分の部屋の一つである。
 パソコンとベッドがあるきりの、せまく寂しい部屋で、かろうじてバストイレがついている、というレベルだ。
 月臣学園へと通学可能な範囲に、同様の仕様の部屋を複数、彼女は所有していた。
 そこにいたるルートも複数用意して、日替わりでどの家にどのルートで帰るのか変えているのは、情報屋として当然のたしなみである。
 亜麻色の髪の少女の頭のなかには新聞社に匹敵するといわれるほどの情報収集能力で培われた様々な人々のさまざまな弱みがインプットされており、その気になれば王侯貴族も真っ青な優雅な生活を送ることも可能だが、彼女はそうしたことはない。
 弱みを握っている相手が、いろいろな機会に握らせてくる多額の現金も、にっこりとつき返している。

 結崎ひよのは金にがめついが、金に縛られることも目がくらむこともない人間で、彼女を懐柔できるのはこの世に鳴海歩の料理ぐらいなのだった。
 そんな人間を大人しくさせる方法といったら。
 ―――ひよのはぎゅっと掌を握り締めた。

 ひよのは先日から、火澄、ブレードチルドレン、キリエから脅し取ったサンプルをそれぞれ比較検証していた。

「遺伝子のマキュージック番号は1……」
 恐怖の1だ。
「存在する場所は推定で第六染色体上で、作用は受容体の増加と拮抗する他物質の分泌の低下、産生される物質は、……最有力候補がアンドロゲンそのほか未知の物質、次善がセロトニン、ダイノルフィンの分泌異常……」
 なにもかも推定だが、かなり精度の高い予測だと自負している。
 問題は、そう。
 「ひよのが調べられてしまったこと」に、あるのだろう。

     § § §

 葬儀の列が、長く尾をひき続いていく。

 結崎ひよのの葬儀は、異例のものとなった。
 結崎ひよのの両親はとうとう今日まで連絡が取れず、冬場とはいえ、遺体をこのまま放置しておくこともできず、結局、学校側が在校生徒の葬式ということで講堂で執り行うことになったのだ。

 学園内での事件ということで、マスコミ関係者の非難の声も通常ならば大きいはずだった。
 つい先日も、学園内で殺人事件が起こったばかりである。
 防犯対策はどうなっているのか、何度同じことを繰り返せばすむのかと言う声はあって当然、なければ大変おかしいのだが―――なかった。
 その裏に、知る者は誰かの影を感じただろう。

 集まった多数の参列者のうち、ひよのに個人的な惜別を抱いているのは稀だろう。
 火澄のいったとおり、「やっぱり起きたか、いずれこうなると思っていた、自業自得」というのが圧倒的だ。
 参列者の多くはひよのに弱みを握られていた人々が戦々恐々としてやってきたもので、疑い深い顔をしている。まだ、ひよのが死んだということに実感がないのだ。
 また、クラスや学校の代表者と、理緒や香介、亮子などのひよのの世話になったブレードチルドレンも来ている。
 そして、鳴海歩もいた。

 結崎ひよのの恋人として全校に名を馳せていた少年を中心に、人垣にはばかるような沈黙が広がる。
 そして鳴海歩は無表情に、人々の無言の注目のなかを泳ぐように歩いて、記帳し、焼香する。そして式がおわると誰の言葉もはねかえす透明な壁をまとったまま外に出た。
 理緒たちブレードチルドレンの面々も、ひよのの死後初めて出会った歩に声をかけようとしてその態度に果たせず、見送るしかなかった。

 一方笑ってしまいそうな顔を無表情にたもって、なんとか葬式を乗り切った歩である。
 こうした葬式では、香典のかわりにお茶や塩などのはいった小さな手提げ袋が渡されるが、これ目当てに歩は来たのだ。そして、狙いは正しかった。
 小さなメモ用紙が入っていて、紙にはこうタイプされていた。

 鳴海さんへ。
 明日、第一音楽室に、13時に






 まだ見つかってないならマキュージック番号は6だろ、というつっこみはナシでお願いします。
 わかってます、わかっていってますから。あくまで比喩っすよ、比喩!
 一応ことわるのは、後で突っ込まれたくないがため。また上の言葉のイミが調べずにわかる方、結構ツウな方でしょう?
 ちなみに数行のひよのの呟きを書くためにどれだけ時間かかったか……(遠い目)。
 杉浦明日美がこじつけにこじつけにこじつけました!(涙)
 次回か次々回かで、脳科学と遺伝子の基礎的講座はやります。……いや、基礎の基礎かな。知ってる人にはちゃんちゃらおかしいレベルですが、知らん人の方が多いでしょう。基本だけはおさえていても、損はないですので、どうか我慢してやってください。

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Date:2015/11/03
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