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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 □

《立太子式》





 リオンは、弟王子が遊ぶのを、遠く離れた場所から見つめていた。
 弟は六歳。だいぶリオンにも懐くようになり、そうすると可愛いという感情も湧いてきて、リオンは弟を可愛がっていた。
 明日、リオンの立太子式が終われば、弟は完全に、第二王子として固定される。
 その後に父が死んだら、たとえ、現王妃が母だろうと、弟王子が王になることは決してない。リオンが死なない限りは。
 王太子は事実上の王の片腕であり、リオンはこの一年、そのために必要な勉強を実地で学んできた。
 王が、病や、放蕩によって政(まつりごと)を顧みない事態となっても、王太子がちゃんとしていれば国は機能する、それほどの権限を与えられた存在なのだ。
 だからこそ、ジョカの秘密も打ち明けられる。
 王にしか伝えないのでは、不慮の事故があったら知識が途切れてしまう。かといって、王子は廃嫡になることもあるので、すべてを伝えるのは躊躇われる。
 そんな事情で、ジョカのいう「馬鹿馬鹿しい掟」ができたのだろう。
 物思いに沈んだ瞳で、リオンは無邪気に遊ぶ弟を見つめた。その童心を、羨ましく思う自分がいる。弟は、おそらく一生、ジョカの存在すら知らず、死んでいくだろう。
 だが、自分は、今父が背負っている重い秘密をともに背負う。
 明日。
 ジョカの秘密が、明かされる。

     ◆ ◆ ◆

 諸外国を招待しての壮麗な立太子式は、滞りなく行われた。
 肩当て付きの緋のマントに黄金の錫杖、王のものより若干華奢で簡素なつくりの冠を頂いたリオンの姿は、招待客すべてに感嘆の吐息をつかせるに足りる、素晴らしいものだった。
 式典はつつがなく終わり、その後の宴も夜も更けてお開きになった後に、リオンは父に呼び出された。
 場所は、ジョカの部屋の前。

 リオンが着いた時、すでに、そこには父が待っていた。
 豪奢な王冠、分厚いマント。錫杖はないが、王としての正装を身にまとっている。
 表情を殺して、リオンは父の前に進んだ。
「……参りました。陛下」
 父は、やるせない表情で、高くそびえる黒い扉を見上げ、それから、リオンに向き直った。
「この扉の中に封じられ、三百二十年の間、この国を守護してきた方について、教えよう」
 リオンはかすかに頷く。
 予想と違っていてくれればいいと、かすかな期待を抱きながら。
 父は大きく息を吐き出すと、喋りだした。話し始めるとそれまで言いづらそうにためらっていたのが嘘のように滑らかに話は進む。
「あの方がこの国に封じられたのは、三百二十年前、初代国王の御代だったと言われている。あの方は、魔術師であり、初代国王の親友であり、そして、裏切られ、この部屋に閉じ込められた。この部屋は三百と二十年の昔からここにあり、あの方を捕えるそのために作られた、檻だ」
 予想は裏切られず、リオンの胸に痛みが走る。
「真名、というものがある。お前ならば聞いたことがあるだろう。その人間の本質を示すという、真実の名のことだ。私やお前にはそんな名前があるかどうかも定かではないが、魔術師という人々は、違う。彼らは自らの真名を大事にし、隠す。その名には力があり、時としてそれに縛られるためだ。あの方は、自らの真名を、初代国王へ、友情の証として打ち明けていた。初代国王はそれを用い、真名を織り込んだ檻を、作り上げた」
「真名を織り込んだ檻だからこそ、あの方はこの部屋以外のどこへも行けず、また、国王の直系はその名を伝えられるため、逆らうことができない。望まれるまま力をふるい、この国の恩寵となり、敵をうち払い、未来を見る。この名が伝わるかぎり、あの方はここに囚われる。この世でもっとも高貴な囚人(めしうど)として」
 リオンは、表情は平静を保ったまま、それを聞いた。ひとことも口を挟まずに。
 父の話が途切れたところで、尋ねる。
「……あの方の真名は?」
 父は、大事そうに、その名を口にした。

     ◆ ◆ ◆

 一体どこで歯車が狂ったのか。
 寝台の上で、ごろりと横たわりながらジョカは物思いにとらわれる。
 きっかけは、ごくささいなものだった。
 今ではもう、どんなことだったのかも憶えていないほど。
 その頃はジョカもまだ若く、生まれたばかりだった。なんせ、二十二歳でしかなかったのだから。
 初代国王も同じほどに若く、二人とも、感情の制御ができない未熟者だった。
 ただの農民の小倅(こせがれ)である初代国王が国を作るなんていう大それた夢を見て、仲間を集めていたところに引っかかったのが、自分だった。
 面白そうだな、面白いやつだ、少し力を貸してやるか。
 そんな気まぐれで、助力したのが最初。
 ―――美しかったはずの記憶は泥にまみれ、今ではもうそれさえも、後悔の対象以外にはならない。


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Date:2015/10/23
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