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あかね雲

□ 結崎ひよの殺人事件(スパイラル) □

結崎ひよの殺人事件 28


 その音楽室には、粘度の高い空気が詰まっていた。
 体にからみつき、息苦しくさせる空気。
 ひよのはそれを感じているが、表面にはこれっぽっちも出さずに振舞う。相手がそれを感じていないのか、それとも、感じてはいるが彼もまた無視しているかは、わからない。

「正直、意外です。火澄さんがくるものと。思ってました」
 いつもどおりに振舞うのが難しい相手というのはいるものだ。
 ひよのはことばをつむぎながら、鳴海清隆を―――そう呼ばれて久しい人間を、観察する。

 相手は微笑んでいる。声を荒げたり、暴力を振るって見せたりしていない。なのに、体に不思議なプレッシャーを感じている。
 気圧されるな!
 背筋をのばせ。しゃんと見ろ。場の主導権をわたすんじゃない。
 決して焦らず、むしろゆっくりと、ひよのは言う。

「火澄さんは、お風邪でも?」
「あの子は来ないよ。わかっているだろう? あの子に、君は殺せない」

「でしょうねえ、火澄さんは私が好きですから」
「そのとおり、君を殺せなんて言おうものなら、それこそ手を噛み付きかねない」
 ひよのは微笑む。
「ずっと、この日がくるのを恐れてびくびくしていました。だから今、やっと、震えが止まってむしろ安心すらしています。さて、鳴海清隆さん? あなた自ら来てくださったということは、冥土の土産を用意してくれたと解釈してもよろしいですか?」

「君には、それぐらいの権利はあるだろうからね。歩を長い間見守り、成長させてくれた、勝利の女神さん?」
 ひよのは頬をかく。
「あなたの駒のひとつでしかない身に、大層な称号ですねー」
「そう、君は駒だった。でも君は駒であることから逃れた、唯一の存在だ」
 相手の望む言葉をいい、自尊心を満足させる……常套手段だ。
 緩みそうな心を、叱り付けた。

「てっきり、スズメバチの大群の100や200、用意してあると思ったけどね。まあこんな天井の高い部屋では、それも効果が薄いか」
 この種のアレルギー体質は遺伝する。鳴海歩がスズメバチに弱い場合、血縁関係者もまたそうである確率は高い。
 ひよのは微笑む。
「それも考えましたが、やめました。どうせ無駄でしょうから」

 それは奇妙な構図だった。
 結崎ひよの。
 鳴海清隆。
 ともに、年齢外見にそぐわぬ人物として、周囲から認識されている両名である。
 どちらかが圧倒されるでもなく、飲み込まれるでもない。
 古びた設備の音楽室で、二人の存在感が目に見えない火花を散らしていた。

 誰もが一歩退き気圧される鳴海清隆を前に、ひよのも退かない。
 ふと、清隆が苦笑した。
「最期を覚悟した人間は、強いな。ともあれ、私はほんとうに君に感謝している。こうして来たのは、その表れだよ」
「鳴海まどかさんを殺さずに済んで、でしょう?」
「そうだね」
 言葉の切り返しに、時間差はなかった。一瞬以下の差ならばあったかもしれないが。

「君は、歩の最も愛する者となった」
「あのつれない歩さんが、そこまで私を愛してくれているとは、とても思えませんけどねー」
「ああ、歩は誰の教育がわるかったのか、自分の気持ちにとことん鈍感なんだ。さすがに、君を失えば気づくだろう。どれほど君を愛していたか」
 当の教育した本人がしれっという。
「で、絶望に突き落として、スイッチをいれるわけですか? なかなか結構なご趣味ですね。仮にも神様と呼ばれた人が身内にすることじゃないですよ」
「身内だからこそだよ」

 ひよのはピアノから離れた。
「たぶん、予想がお付きだと思います。私が、ここであなたを待っていた理由」
「ああ。……そうそう、君の演奏は、お世辞ぬきで素晴らしかったよ。『きよしこの夜』が、あそこまで澄んだ音を奏でているところを、初めて聞いた。眼福とはよくいうが、耳の場合は聴福というのかな? 私が本心から、誰かの音に感動して拍手することなど、滅多にないんだが」
 それはそうだろう。鳴海清隆。
 神のピアニストとよばれた彼が、誰かの演奏で感動するなんてことは、滅多にないだろう。

 その偉業を為しえた17歳の少女は、あどけない顔でにっこりと笑う。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。私はもう、ここで死ぬと覚悟がついていますから。だからあの音が出せたのだと思います」
(本当にそうかもしれない)
 ひよのの脳裏にふっとそんな考えがよぎった。

「そこで、死にゆく者のお願いなのですが、あなたのピアノを聞かせていただけますか?」
 ピアノから二歩離れた今の距離で、ひよのはピアノを指し示した。
「もちろん。きみは、特別だ」

 ピアノの前に座った青年は、ひよのに聞く。
「リクエストはあるかな?」
「できれば二曲。孤独のなかの神の祝福と、『きよしこの夜』」
 青年は、笑ったようだった。
 先ほど弾き、褒められたばかりの曲を、鳴海清隆の手で弾かせる度胸の持ち主はそうそういないだろう。

 流れ出てきた音に、ひよのは目を閉じた。
 それは人のつむぐ音ではなかった。音楽の神の手によってつむぎだされる福音だった。
 大気の精霊が歓喜の歌を歌う。打ち震える分子振動すら感じられた。音が足元の古びた木材と共鳴し、この部屋全体に響かせる。
 高らかに、ピアノは歓びの歌を歌い上げる。音楽の神に寵愛された、一人の青年の指に慰撫されるまま。

 やがて最後の一音が震わせ終わると、ひよのは目を開けた。
 さきほど、清隆が彼女に送ったように、拍手を送る。
「素晴らしい演奏でした」
「歩と比べて、どうだったかな?」
「歩さんの演奏をはっきり聞いたことは一度もないので、なんとも言えませんねー」
 カノンのカーニバルのときは遠かった上に意識朦朧、途中で気絶してしまったし、最初の出会いのときも、途中でおしまいになってしまって、結局ひよのが歩にピアノを聞かせてもらったことは一度もない。

 これには青年も驚いたらしい。ピアニストは、指先の訓練のため、毎日最低数時間の練習を必要とする。ひよのが聞いていないとは、思ってもみなかったようだ。
「はあ? ……あの朴念仁が」
「だから、あなたのピアノを聞いてみたかったんです。私が歩さんのピアノを聞くことは、もうありませんから。……まあ、ついでに、あなたがミズシロヤイバさんかどうかを確かめたかったというのもありますけど」
 ひよのはほどかれた髪を揺らし、首を右に傾けてにこりとした。

 青年はわざとらしい驚いた顔をつくる。
「私がヤイバだって?」
「ええ。いろいろ、聞きたいことは多いんです。死人にくちなし、冥土のみやげ。すっきりさせていただけませんか? どうせ私はここで死ぬんです。抵抗せずに殺されると約束しますから、教えてくれません?」
「いいよ、さっきも言ったように、きみは特別だから」

「では―――」
 にこにこっと笑って。
「あなたは誰ですか?」
「鳴海清隆だよ。ちょうどいい、君の推理を聞かせてもらえるかな?」
「わかりました―――」
 ひよのは論理立てて、自説を説明した。それは、鳴海歩に残したディスクの内容と大差ない。
 的確に、判りやすくまとまったその説明に、青年は要所で相槌を打ちながら聞いていく。
 そして聞き終わると、言った。
「妙なところであってて、妙なところで外れているね。面白い推理だが、穴がある」

「どこがです?」
「君は、最初からブレードチルドレンも造物主もなにもかも、嘘っぱちと決め付けている。だからその論説にあう証拠のみ拾い、その逆はあえて無視している……ちがうかな?」
 もっとも痛いところを突かれて、ひよのは黙った。
「それに、だ。もしも私がミズシロヤイバならば、もう50歳近い年ということになる。それはいくらなんでも無理がある。違うかな?」
 青年は、鳴海清隆ならば32歳。ミズシロヤイバならば48歳。
 青年の外見は、成人男性の年齢はわかりづらいということを差し引いても、20代にしか見えなかった。せいぜい30代か。
「わかりませんよ? 悪魔なんでしょう? 老化が多少遅くなるぐらいありそうですけど。普通の人でも外見と実年齢が一致してないひとなんて、探せばいくらでもいますよ?」

「そう、外見年齢なんて、主観的なものだ。どれぐらいの年に見えるか、なんて人によってまちまちで、決定的な証拠にとぼしいことはなはだしい。でも、本当に私は鳴海清隆であり、君の推理は間違っている」
「……わかりました。ですが、間違いを認める前に、教えてください。あなたはどうして歩さんと似ているのですか? 顔はともかく……」
「あの子は、私のクローンだからだよ。しかも私が育てた。似るのは当然だろう?」
 結崎ひよのはおもわず、下ろしていた手で、制服のスカートを握り締めた。
 与太として一刀両断した、事実。鳴海歩と鳴海清隆のDNAの一致。

「……そんな馬鹿な」
「なにがだい?」
「鳴海歩さんが生まれたとき、あなたは16歳ですよ? どうやってクロ-ンなんて作れたんです!? どれほどの技術と、資金が必要だと思っているんです!?」
 判ってない人間はクローン技術を安易に考えるが、実際は莫大な設備コストと資金と、高い技術力が必要な、極めて高度な技術だった。

「初期化の問題は? 全能性はどうやって手に入れたんです!? クローン羊が生まれる十年以上も前だというのに……」
 人の体の細胞……たとえば皮膚や血のDNAと、受精卵のDNAは、同一人物のものだとしても違うのだ。
 受精卵から、人は細胞分裂し髪爪肌内臓など人体の各パーツを作っていく。逆にいうと、受精卵からは一人分の人体ができるのだ。

 だが、一旦人になったあと、その皮膚や血のDNAからクローンをつくっても上手くいかない。
 皮膚や血のDNAは、人体の複雑な各パーツを作ることができないからだ。受精卵の段階では出来たことが、一旦人体を構成する細胞となるとできない。
 受精卵が全ての臓器を作ることができることを全能性といい、皮膚などの細胞から、全能性を獲得することを、初期化という。生命の発生の初期、受精卵の段階では持っていた能力なので、初期化というのだ。

 体細胞クローン技術の、最大の壁がこの初期化である。

「資金はある。技術力もあった。世間が知らなかっただけだ。それに、私が作ったわけじゃないよ」
「……こっそり隠れて秘密裏に研究していた人々が、あなたから歩さんをつくったと?」
「ちがうな。私も、作られた身だ。歩と同じように。そして、この体は、体細胞クローン技術の欠点を抱えている」
 ひよのの顔が強張った。
 体細胞クローン技術は新しい技術だ。新しすぎて、まだ欠点もわかっていない。しかし、「こういう問題があるのではないか」という予測は立てられていた。

「……あなたを作るミトコンドリアは、なんの生き物のものですか?」
 体細胞クローンは簡単に言うなら、クローンを作りたい本人の細胞の核を、卵子に移植して出来る。そして、核を移植しても、ミトコンドリアは卵子のものだ。
 もしその卵子が牛なら、それは牛のミトコンドリアと、人の遺伝子を持った人になる。

「オリジナル……と、いうべきかな」
「ミトコンドリアの遺伝子までおなじ、コピー動物だっていうんですか? 馬鹿なことを言わないでください。あなたは男性です。卵子を作れるのは、女性です。あなたが男性である以上、あなたが完全なコピー動物であるはずはないんです」
 もし体細胞クローンで使う卵子に、本人の卵子を使ったなら、ミトコンドリア遺伝子も核の遺伝子も一緒の完全なクローンとなる。これを特にコピー動物と言うのだが、この方法には一つ、どうしようもない欠点があった。
 女性しか卵子は作れない。よって、コピー動物を作れるのは女性に限られるのである。

「そう、私は初期段階では、女性だったと思うよ? ミズシロヤイバのイヴとして生まれるはずだった」
 ひよのは思わず、後じさりしかけて、……こらえた。それは神話との奇妙な融合だった。
「……遺伝子調整して、男性になったというんですか」
「君ならわかるだろう、男女の違いは、46本の染色体中の、たった一本の違いでしかない。まあ、おかげで、男としては中途半端なつくりであるけれど」
 鳴海清隆は、男として、先天性無精子症であるという情報を、ひよのはつかんでいた。しかし……本人の自己申告でしかなく、ほらだと思っていたが。

 ひよのはかぶりを振る。張りのない、弱い声で言った。
「信じられません……どれほどの技術力と、設備があればそんなことができるんですか?」
 コピー生物は、単なる体細胞クローンと比べても創造が難しい。
 本人の卵子を使う場合、数は限りがある。
 「失敗できる上限」が決まってしまっているのだ。
 体細胞クローンだけでもいい加減でたらめな技術力だというのに、遺伝子調整で、女性を男性に? それこそ創造の埒外にある技術力だった。

「彼らは、自分たちを、造物主と呼んでいるね。今から50年も前、想像もできないほど高い技術をもち、ミズシロヤイバを生み出した人々だ」
 超技術。造物主。
 ひよのは疲れたように、かぶりを振る。
「……ファンタジーですね」
 現代科学の及ばない超技術をもち、造物主をなのる集団。三文ファンタジー小説にでもでてきそうな設定だった。

「まさしくそれだよ。私も、数えるほどしか会ったことはない。彼らのなかにも、二つの派閥があり、ミズシロヤイバはその一方が作った存在だ。そしてもう一方が……」
「あなた、ですか? 仮にそれが本当なら……どうして、歩さんが火澄と入れ替わっているんですか?」
 青年はひょいと肩をすくめた。
「入れ替わってなんかいないさ。歩とブレードチルドレンを比較したんだろう? 私のオリジナルの子供であるミズシロヤイバの子供と」

 今度こそ、愕然として―――ひよのは見返した。
「……なにを、言っているんです。そんなこと、あるはずないでしょう!?」
「なにがなにを、なのかな?」
 からかう声音。
(惑わされるな!)
 ひよのは自分で自分を叱咤する。感情的になるな、暴走するな、頭を動かせ!
 一度深呼吸。ひよのはすっと指を上げた。
「―――いくつか、疑問点があります。よろしいですか?」
 一瞬で声と表情を制御したひよのに、青年が苦笑を送る。
「ミズシロヤイバがあなたのオリジナルの子供というのなら、ミズシロヤイバが生まれたときすでにオリジナルは卵子を提供できる年齢にあり、さらにその16年後に卵子を提供しあなたをつくり、さらに16年後、卵子を提供して歩さんを作ったということになります。いくらなんでも年齢が開きすぎではないですか?」
「卵子は、実は生まれたばかりの赤子からでも採取できる。問題というには弱いな。それに……外見は、いまだに20代だったな」

「……不老長寿の技術まで……?」
 遺伝子操作で、よくいわれるのが、不老長寿の可能性だ。
 しかし、老化現象は一つの遺伝子の作用で、もたらされるものではない。さまざまな学者が不老長寿を目指し、老化について研究しているものの、いまだ『よくわからない』のが現状である。
 よくわからないので、将来的に可能か、と聞かれても断言できない。可能とも不可能ともいえない。『よくわからない』のだから。

「しかし、そこまでやれる彼らは、私と歩については放置した」
 青ざめるひよのに、清隆は優しくいう。
「君なら知っているだろう。体細胞クローンは……」
 ひよのは後を引き継いだ。
「短命……」

 たとえばクローンの元となった人間が50歳、のこり30年で死ぬとする。
 その細胞から出来たクローンは、30歳までしか生きられない。
 細胞にのこり寿命が刻まれていて(テロメアというのだが)クローンはその残り時間で赤ん坊からスタートするのだ。

「そう。伸ばそうと思えば伸ばせたろうに、彼らは私と歩に、そのままの運命を進呈した。私の寿命も、歩の寿命も、のこりわずかだ」
「その人たちは、一体どうしてそんなことをするんです!? 何の得があるっていうんですか! それだけの技術があるのなら、さっさと世界征服でもなんでもすればいいじゃないですか! 簡単でしょう!?」
「簡単すぎて、つまらない。……そう言っていたよ?」
 ひよのは絶句した。

「退屈しのぎ、自分の駒を盤面においての駒遊び。私たちが、チェスをするのと同じだよ。
君は考えたことがないか? 16という数字に」
「……あります。どうして16年おきに生まれているのか、とても不思議でした」
「そう。ヤイバが生まれて16年後、私が生まれた。その16年後、歩が生まれた。そして、その、16年後が、今年だ。これは、彼らのルールなんだよ」
「……ルール?」
「そう。囲碁や将棋やチェスで、ルールを無視するものはいないだろう? もし将棋で、相手はいつでも駒をどこでも動かせたら、そもそも勝負が成立しない。それと同じ。16年に一度だけ、彼らは盤面に手をのばし、駒を動かせる。ミズシロヤイバという手の対抗として、対立する陣営が同時に打った手は上手くいかなかった。だからヤイバはしばらく世界を席巻した。その16年後に、鳴海清隆。その16年後に―――結崎ひよのと鳴海歩」

 それまで、現実感なく聞いていた話に突然乱入した言葉だった。

「……わたし……?」
 青年は、目を細め、にっこりと、慈しむ眼差しでひよのを見る。
「そう。言ったろう、君は特別だと」
「火澄さん、は……」
「火澄自身は自分がそうだと思っているが、あの子は無関係だよ」
「私が、火澄さんだっていうんですか!?」
「君が自分のレントゲン写真をみれば判ったと思うけどね。君にも肋骨がない。しかし、それは、人工的に切り取られたんじゃない。もともと、ないんだ」

 先天的にないか、後天的に切除されたものか。確かに断面は大きく異なる。
 ……それに、ウォッチャーがなぜひよののことを知らなかったか、も……符合してしまうのだ。
 ひよのは深呼吸する。
「……なるほど……。でも、どうしてそんなことをしたんです? 火澄さんが、悪魔だと、どうして皆に思い込ませたんです?」
 くすり、と。青年は笑う。
「隠したのは、私じゃない。チェスでも、将棋でも、同じだよ。真の勝負手は最後まで伏せるものだ。火澄こそが勝負手と錯覚させ、関係者に信じ込ませたのは、造物主たちだ」
「……その実、私こそが、勝負手だったわけですか」

 ひよのは目を閉じた。
 火澄をさらって人体実験にかけたとき。ひよのは彼を殺そうかと思った。そうしたいなら、いくらでもできた。でもしなかったのは、人を殺したくなかったせいもあるが、もし歩が入れ替わっていたら、火澄を殺すことこそが清隆の思惑であり、希望を自ら殺すことだと思ったからだ。
 殺さなくてよかった。
 心底思った。何も知らせられないまま、踊らされ不幸を経験してきた彼を、殺さなくて、本当によかった。

 目を開け、ひよのは清隆を見る。口元には、苦笑とも微笑ともつかない複雑な表情が浮かんでいた。
「造物主……まったく事実は小説より奇なりを地でいきます。あなたの言ったあのファンタジーは、かなりの部分で、真実だったんですね」
「造物主を名乗る超技術を持った目的も意味も不明な集団より、すっきり造物主と言ったほうがまだしも受け入れやすいだろう? 三文SF小説か、神話か、なら私は神話をとるね」

「ふたつ質問です。今のお話、どこまで本当ですか?」
「すべて。……こうして話すのは、君が最初で最後だ。なにぶん、言ったところで信用される話じゃないからね」
「では、最後に。―――私を殺す理由は、何ですか?」
 鳴海清隆。造物主の駒である青年を見つめて、ひよのは尋ねた。


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Date:2015/11/04
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