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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

知られざる英雄の物語


 ジョカは本が好きである。
 幽閉中も何度も本を読んでいる所に出くわしたし、自由の身になってからもよく本を読んでいる。

 なので、尋ねてみた。

「ジョカは、どういう本が好きなんだ?」
「雑食だからな、俺は。何でも読むし何でも好きだぞ」
「雑食……?」
「ああ……ごめん。特に本に好きなジャンルとか嫌いなジャンルとか決めずに、何でも選り好みせずに読むっていう意味」

 この時代、いまだ本の流通量は少ない。ルイジアナは例外として世界的に識字率が低く、労働時間が長くて余暇も少なく、余暇に何をして楽しむか、という文化が発達していないためだ。
 読書人口は少ないといっていい。王家の書架に、分類法がないほどなのだ。本の嗜好に雑食、という言葉はいまだ使われていない。
 本好きの人口が増え、それとともに出版点数が増え、読書が「文化」の一つとして確立し、多様な人間の嗜好に揉まれ洗練されてから使われる用法であった。
 早くとも百年はのちの時代のことになるだろう。

「俺が本好きなのって、暇つぶしの必要にかられたっていうのが大きいからなあ。うーん……それでも強いて言うなら……なら……」
「なら?」
 ジョカは難しい顔で悩んでしまった。

「魔法使いが出てくるお伽話、たくさんあるよな?」
「あるな」
「あれが好き。笑える」
「……そうか、笑えるのか……。やっぱり魔法使い本人が読むと可笑しいのか?」
「おかしい、というより、微笑ましい、かな。悪い魔法使いと良い魔法使い。純真で可愛いよなあ」

 当の魔法使いから見れば、そういう感想になるのかもしれない。

「リオンはどういうものが好きなんだ?」
 質問の投げ返し。
 投げ返されたそれをリオンは考えてみて、首を傾げた。

「好きな本、とかそういう観点で本を読んだことはなかった気がする……」
「それもそうだな」
 一国の王位継承者は暇ではないのである。

 一日のスケジュールは授業とオツキアイで綿密に決まっていて、娯楽として本を読んだりすることはほとんどない。
 本を読む機会は授業か、調べ物のどちらか。
 どちらも、個人の好き嫌いは関係なかった。

「じゃ、これなんか面白いぞ読んでみろ」
 ジョカが差し出したのは一冊の本で――リオンは顔をしかめた。

「ジョカ……あなたはどんな文字でも読めるのかもしれないが、私は読めないんだ」

 ジョカが取り出した本は、紙の技術が普及する前の本だろう。
 高価な羊皮紙で出来た、立派な装丁の本だった。そこに書かれている手書きの文字は、リオンには読めない。

「とある東方の異民族を征服した征服者の書いた本だ。今から三百年ほど前のものだな」
 リオンは王位継承者である。当然、教養として歴史を学んでいる。その知識をあさり、リオンは首をひねった。

 この大陸では、険しい山脈と一本の大河が東方と西方を明確に分けていた。
 その大河に寄り添っているのがルイジアナなのだが。

「さんびゃく……? そんな人間いたか?」
 西方から東方、あるいは西方から東方へ戦争を仕掛けるのには大きな壁がある。
 仕掛けただけでもすごいが、成功したのはもっとすごい。
 リオンが知っている事例は、惨めに敗退していた。
 それが成功したとなれば快挙で、歴史に名が残るはず……なのだが。

「彼の記録は敵対していた派閥の長が破棄して、残っていない。どんな偉業も伝えてくれる人間がおらず、三百年も経てば、時の砂の中に埋もれてしまう。悲しいことだけどな」
「へえ……成功したのか」
「俺の知る限り、唯一の成功例」

 険しいミャウホー山脈(東方では天厳山脈と呼ばれている)と、そこから流れ出て大陸を斜めに切り裂くように北西から南東へ抜けるミレウ河。
 それが、東西の行き来を困難なものとしている。

 河とついてはいるが、あれは大地の裂け目に近い。
 一度リオンも視察したことがあるが、壮大な自然に言葉を失う。赤茶けた大地がナイフで切り落としたようにある所から、すとんと無くなっているのだ。
 その大陸の傷口の色も同じ赤茶。
 雄大な眺めだった。

 ミレウ河は、深い峡谷の遥か下方を流れている。神々の戦いの傷跡という伝説が残る、深い断崖絶壁の下を流れている河なのだ。
 向こう岸は遥か彼方で、しかも強風が吹き荒れている。
 綱を張って橋をかけたい、渡河をしたいという試行錯誤は常に行われてきたが、どれも失敗に終わっている。

 この河の渡河は困難を極める。東方から西方へ、あるいは西方から東方へ向かうルートの壁である。

 ちなみにこのミレウ河の上流を遡ると大瀑布にいきつく。
 その滝の向こうは、険しいミャウホー山脈がつらなっている。

 そしてミレウ河にはもう一本の大河が合流していた。
 レコン河である。
 レコン河は、ルイジアナの北東から西南に流れる大河だ。
 地図上で見ると、ミレウ河はレコン河にぶつかり、そのまま南東へ抜ける。

 この二つの大河に挟まれた土地が、ルイジアナである。

 大地の裂け目のミレウ河はともかく、北東から西に抜けるレコン河の方は川幅こそ広いが流れが緩やかで渡河しやすいため、ルイジアナで「川向こう」といえば自動的にレコン河の向こうを指す。

 渡河不可能で大地の裂け目にあるミレウ河だが、現在唯一峡谷の向こうに渡れる場所がある。
 ルイジアナの遥か南南東にある、クロスチネー峡谷がそれだ。

「どうやって行ったんだ? 西方から東方へいくには、険しいミャウホー山脈を越えるか、あるいはルイジアナを通って下流のクロスチネー峡谷で川越えするか、あるいは魔法使いに空を飛んでもらうしかないだろう?」

 リオンは東方大陸に「行った」ことがある。
 人力では困難極まりない川越えも、魔法使いの箒に乗ればあっという間である。
 三百年前なら、魔法使いがまだいた頃だ。魔法がお伽話になっていない頃の話である。
 しかし、その魔法は極めて高価だと聞いたことがある。
 軍勢を運んだとは考えにくい。

 現在判明している東方大陸へのルートはたった二つ。
 ミャウホー山脈を越えるか。
 あるいはルイジアナを通って砂漠を越え、クロスチネー峡谷を越えるか、である。

 ジョカは本をつついて尋ねる。
「お前ならどうする?」
「どっちもしない」
 リオンは即答した。

 そんな無謀な山越えや砂漠越えなどせずに、戦争するならするで西方でやる方がいいではないか。

 東方大陸とは儲けがあるならどこへでもいく商魂たくましい隊商がちまちまと行き来しているが、それは少人数だからこそだ。
 どちらも大軍が侵攻するルートとして適しているとは言い難い。

「それが正解だと思うけどな、でも実際やったんだからそれはおいておいて。リオンならどちらを使う?」

 さあ考えてみましょう。
 指を立てて、口元には笑みを浮かべて、いつもの顔で、ジョカはリオンに問いかける。

 リオンは考えて、答えを出した。
「……ミャウホー山脈だな」
「理由は?」
「クロスチネー峡谷を越えていくルートは、ルイジアナを通らなければならない。三百年前ならすでにルイジアナはあった。だが、私はそんな歴史を学んだ憶えがない。その征服者が自国の敵対派閥と折り合いが悪くて記録を抹消されても、その影響力が第三国であるルイジアナにまで及んだとは考えられない」

 ルイジアナと、ミャウホー山脈とは遠く離れている。
 情報の伝達速度が遅い時代である。
 ミャウホー山脈近くの国がそんな侵略行動をしたとしても、ルイジアナにまで届かなかったことは十分考えられる。
 だが、ルイジアナを通ったのなら、記録が残っていないというのは考えにくい。
 リオンは理路整然とそう考えたのだが……。

「はずれ」
「え?」
「俺は、一言も、そいつがルイジアナの人間じゃない、とは言ってないけど?」
 リオンは愕然とした。

「――ルイジアナの人間があの砂漠を越えたのか? 軍で?」
 リオンは現在、毎日のようにルイジアナの南に広がる砂漠を目にしている。
 それだけに、驚愕は大きい。

 ルイジアナの南方には山脈があり、それを越えると砂漠が広がっている。
 そこを更に越え、東に向かうと、ミレウ河の唯一の渡河可能地点であるクロスチネー峡谷があるのだ。

「どうやったんだ?」
 ジョカは本を指差した。
「知りたいなら頑張って読んでみましょう」
「……当事者の書いたものだろう? 自己正当化されていて事実の歪曲があるんじゃないのか?」
「そんなことはない。無いとは言わんが大概事実が書かれているぞ。公平(フェア)な人間だったからな」

 リオンは、そこで気づいた。
 ――そう。三百年前といえば、ジョカはすでに幽閉されている。
 その人物を、ジョカは実際に知っているのだ。

 いくら記録を抹消しても、ジョカの記憶ばかりは消せないし、ジョカの手元にある本も取り上げられない。
 この本はそうしてここにある。――奇跡に近いものなのだ。

 ジョカの知る限り唯一ということは、歴史上唯一の東征成功者だろう。
 そんな偉大なる英雄でさえ、積み重なる時の前には無惨に忘れられる。
 歴史とは、記録とは、伝えてくれる人間がいなければ簡単に失われてしまうものなのだ。

 リオンは知られざる英雄の人生に思いをはせた。覇業を為しながら、忘れられた英雄。その無情さに、痛みに似たものさえおぼえる。
 胸にひたひたと押し寄せる寂寥感は、人間の非力さと、「時」の圧倒的な重さゆえだろうか。

 羊皮紙は、経年劣化に強いとはいえない。
 三百年の時の重みに耐え、過去の事実を届けてくれる事物(じぶつ)がなければ、今の人間はその人物を知ることもできないのだ。

「ま、古語だからわかりにくいけど、現在の言葉の基礎だからまったくの外国語よりはマシだろ」
「う……」

 俊英と名高いリオンは近隣諸国の言語まで一通りできるが、さすがに三百年前の古語までは憶えていない。
 先日、リオンは自分に読めない本を大量に見て、悔し涙をのんだものだった。いつか読めるようになってやる、という言葉をジョカはどうやら憶えていたらしい。

「古語を読めるようになりたいんだよな? なら、実際に読みたい本を少しずつ読み解きながらやるのが一番だ」

 ――それは、リオンに非常に甘いジョカが提案してくれた勉強法であることは間違いなく。

「……わかった。頑張る」
 リオンは大人しく答えた。



 ――その後、リオンが書物を紐解いて自分の知識と照らし合わせながら読んだところ、その人物が東征を行ったのは、およそ今から二百八十二年前。
 元老院との軋轢に苦しみ、東方へ遠征してそこに村を作り、そして政争に敗れ失脚した一人の英雄の物語だった。





作中の本のイメージはガリア戦記です。となればもちろん英雄はカエサル。
ガリア戦記は名筆としても有名なので、教科書にするならちょうどいいんじゃないかな……?

リオンが言った通りに当事者(カエサル自身)の書いたものなので信憑性が疑われるのですが、カエサルはガリア戦記のなかで、自分の目論見違いもきちんと書き記しているので、フェアな人物だと思ってます。(ヴェルチンジェトリクスとの戦いのあたり)

カエサルは元老院をねじ伏せましたが、結局暗殺されましたので勝利したとも言い難い……。
当時のローマにはダムナティオ・メモリアエという記録抹消の罰があったので、もし彼が記録抹消の罰を受けていたら、後世には存在したことさえ知られずに終わったかもしれません。
……カエサルぐらいその当時でも有名だった人物だとそれはないかな?

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Date:2015/11/07
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