あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

好き嫌いと公務を混ぜてはならない


同人誌でいうと6巻の後あたり。読んでいなくとも大丈夫です。

《登場人物紹介》
・ラゼルム・ファルバーク
 初出は同人誌第三巻。ルイジアナ王国の四十歳過ぎの下っ端役人。生真面目な小役人。リオンの事が嫌い。でもリオンに好かれているという難儀な人。
 いわゆる「正直者は馬鹿を見る」の典型で、貧乏くじばかり引いている。




「だから、どうしてこうなったんだ……」
 ラゼルムは流麗かつ気品あふれる筆致の手紙に、この日も項垂(うなだ)れた。

 その手紙を見た瞬間思わず握りつぶしたくなったが、紙厚といい紙の白さといいキメの細かさといい、どう見ても最高級品の「紙」だ。
 たとえ反故(ほご)でも高値がつく、ととっさに考えて手が止まり、止まってしまった自分の貧乏性に、本気で嫌気がした。

 ラゼルムが手にしている紙は、用が済んだら火にくべるものだというのに。

 この時代、筆跡は重要な個人識別の道具だ。そして、ラゼルムの手にあるこの手紙は、余人には決して見せられない筆跡だった。
 予備知識なしでぱっと目にしただけでも、この筆跡の持ち主が高い教養を持っていることはわかる。
 そして、知識が万民に解放されていないこの時代において、高い教養とはほぼイコールで高い身分もしくは地位を持つということだ。

 ラゼルムはまかりまちがっても高い地位にあるとはいえない。一応は役人ではあるが、木端役人である。役人の中での地位は最下層にある。
 そんなラゼルム宛の、高い身分の人物の手紙。それだけで、いらぬ憶測を呼ぶのに十分すぎる。まして、ラゼルムの周囲の人間というのは同じ役職……つまり役人が多い。役人の中にはこの筆跡を知る人間も、少なくないのだ。

 ――出奔したルイジアナ王国王太子。リオン・ラ・ファン・ルイジアナ。
 その人の手紙が自分の手元にあると誰かに知られれば……人権などという聞こえのいい言葉がない時代である。容易に拷問にかけられる己の姿が想像できる。

 そうなったとき自分を助けてくれそうな同僚も上司も心当たりがなく、いやあったとしても生半可な力では助けられないだろう。
 当の王太子と魔術師は事態を知ったら助けてくれそうではあるが――それはそれで、大騒動になるだろうことは、間違いない。

 ラゼルムは諦めて手紙を読み、熟考しながら手紙をしたためる。
 手紙を書き終わったときには、夕方近くだった時刻が真夜中へと変わろうとしていた。
 火勢が弱くなっていた灯りに油を継ぎ足し、暖炉に火をつけて、王太子から来た手紙をくべる。

 良い紙だけあってすぐに火がつき、そしてしっかりとした紙厚のためにすぐに燃え尽きることもない。少しの間火に耐えて赤々とした炎を室内に投げかけた。

 ――自分の身を守るためにも、王太子との手紙のやりとりを自分がしているということは、余人に知られてはならないのだ。
 王太子側は屁でもないだろうが、ラゼルムにとってそれは身の破滅を意味する。

 では先手を打って自分から上へ報告し、手紙を届けたらどうかといえば、それはもっと危うい。
 ラゼルムが裏切れば魔術師は――。

 どう想像しても最悪の構図しか予想できなかったのでラゼルムはそこで思考を止めた。
 しょせん、この世は弱者に厳しいようにできているのだ。
 魔術師の加護があり、れっきとした王族の王太子とラゼルムとでは立場が違う。
 弱者でしかないラゼルムにとって、圧倒的強者である王太子との接点それ自体が害なのだ。

 これまで通り、手紙は返事を書いたら燃やすのがベストだ。その時も燃え尽きるまで見張っているのは必須だろう。紙の一片ですら危険だ。
 ラゼルムは曲がりなりにも役人である。下っ端の末端であるが。
 こんな高級な紙が誰かに見られたら、他国と通じたのかといらぬ憶測を招いてしまう。こんなものを買える身分ではないのだから。

「――まったく、傲慢な」
 ラゼルムは厄介の種でしかない手紙が燃えていくのを見届けながら、胸の内に湧き上がった忌々しさを我慢することなく言葉にして吐き捨てた。

 先日、ひょんなことで知り合いになってしまった王太子。自分は『元』だと思っているようだが未だに廃嫡されていないし、態度も王族そのものだ。
 ――王族だからこそ許されている。そんな立ち居振る舞いをしているという自覚もないのだろうな。

 王族と思えばこそ我慢できるのだ。
 王族でなければ、あんな小賢しい生意気な小僧は誰からも相手にされない。

 安寧に包まれていたルイジアナ王国は、今揺れている。
 はっきりと目に見える敵が現れたのではない。魔術師が敵にまわったわけでもないし、国外からの侵略する軍がいるわけでも、内乱が発生したわけでもない。――だが、明らかに揺れていた。
 あの馬鹿王子が馬鹿なことをしたおかげで、頂点から末端にいたるまで、動揺しているのが偽りのない実情だ。

 ……そして、それを収拾できそうなのは、唯一あの馬鹿王子ときた。

 ラゼルムは目の奥に痛みを感じて、強く目をつむる。
 動揺している国民を叱咤し、指導するには、誰の目にも判りやすい象徴が必要だ。それにリオン王子以上の存在はいない。
 血筋の上においても正当であり、容姿も器量も申し分がなく、更に魔術師の庇護までついている。

 多少のやり取りを通じて、ラゼルムも二人の関係を少し飲み込んでいる。
 ――リオン王子が王宮に戻れば、魔術師も戻るだろう。
 そこにリオン王子の意志は介在しない。
 何故なら、王宮には、命の危険があるからだ。
 あの魔術師は、リオン王子が自分の手の届かぬところで謀略によって命を落とすことを看過できるまい。

 リオン王子が『心から』魔術師を拒絶すれば話は別だろうが、それこそ土台無理な話だ。
 王子はいくら賢いといってもまだ十六の小僧でしかない。
 絶対的な守護者にして味方。どんなことがあっても自分を助けてくれる絶大なる力の持ち主。――命の危険のある場所でそんな存在を心から拒絶できる人間がいるなら、見てみたい。

「リオン王子が一言戻るとさえ言えば、それですべては解決するだろうに……」
 リオン王子は王冠を約束されている王子だ。
 果たして、魔術師は、王となったリオン王子を見捨てられるだろうか? ――考えるまでもない。
 魔術師の加護はルイジアナに舞い戻り、少なくとも数十年はつづく。
 リオン王子が死ぬまでは、魔術師は再び助力してくれるだろう。
 ただし――。

「……また、繰り返すのだろうな」
 そしてまた、歴史は繰り返す。

 リオン王子が死んだら――また、今の状況に舞い戻るだろう。
 今度こそ魔術師は完全に去り、二度と戻るまい。彼を繋ぎ止めていた頸木がなくなったあと、飛び去るのをとどめるすべはあるまい。

 ――だからこそ今。
 リオン王子を間にはさみ、間接的に魔術師の助力を貰える今のうちに自力で立つ力を蓄えなければ、ルイジアナ王国の未来はない。

 あの王太子はそうラゼルムに語り、ラゼルムもそれを一理あると認めた。
 何より、リオン王子が王宮に戻ることを嫌がっているのだ。
 嫌がるリオン王子に何かを強制できる人間はいない。ルイジアナ王国に一人もいないし、たぶん、国外にもいない。つまりこの世に一人もいないだろう。
 彼の側には魔術師がついていて、その願いを叶えているのだから。

 国から俸禄を貰っている以上は王子の相談相手ぐらいにはなるべきかと思うのだが、それで勤務手当が出るわけでもなし、長文の手紙を書くのは体力的にもしんどいし、精神的にはもっときつい。

「とっとと別の人間を見つけてほしい……」
 というのが、ラゼルムの心からの願いだった。

     ◆ ◆ ◆

「……なあジョカ」
「なんだ?」
「……ラゼルムから返事が来たんだが」
「ああ、さっき来た奴な」
 手紙の受け渡しは、ジョカの魔法で行われる。どんな人間でも追跡できない方法である。

 先日知り合ったラゼルムに、リオンは手紙でいろいろと相談を持ちかけていた。
 ラゼルムは、リオンの身近にはいないタイプの人間で、彼の意見は非常に参考になったものだった。
「何だかやっぱり私は彼に嫌われている気がするんだが」

 ジョカは思わず言った。
「今まで嫌われてないとでも思っていたのか?」

「――そう、はっきり言わなくても……」
 手紙の文面からにじみ出る気配が言っていた。
 お前なんか大嫌いだ、と。

「ああ悪い悪い。けどな、リオン。あいつは、お前の事嫌いだぞ。お前だって判っているだろうに」
「……判っているが……」
 面と向かって大嫌いと言われてはいないが、そういう気配は伝わるものである。嫌われる心当たりもしっかりある。
 そして、リオンは、こういう経験に乏しかった。

 相手がリオンに好意を向けているけどリオンは嫌っている、という経験は豊富だが、リオンが好きな相手がリオンを嫌っているという状況は、初めてだったのである。
 近い状況といえば義母だが、それだって「相手が何を考えているのか読めない」というぐらいで、今度のようなかなり露骨な嫌悪というのは初めてだ。

「あなたは面白がっているだろう!」
「うん。実際面白い。王族で世継ぎの王子で見目麗しく、能力的にも優秀で欠点ありませんっていうお前が、他人に露骨に嫌われることなんて滅多にない経験だろ? しかもお前の方はそいつを好きなのに、そいつはお前を嫌ってる。うん面白い」

 にやにやと、いつもの性悪な笑顔でジョカは言い切った。
 実のある助言は貰えそうにない。
「……私は、けっこう、ラゼルムが好きなんだが……。好いた相手に嫌われるのは初めてだ。何が悪かったんだろうか?」

 ジョカは拍手したい気分だった。
 いやあ王族だから尊大でも誰にも鼻柱を折られることなく傲慢不遜がまかりとおってきてしまった少年が、「好意を持っている人に嫌われる胸の痛み」を憶え、自分の行いを自省し振り返るまでになったかと。

 うんうん、と上機嫌で頷いて、そしてジョカは言った。
「全部じゃね?」

 リオンは怒らず、肩を下げた。
「……だろうなあ……。今から思うと、彼に嫌われる事ばかりしている気がする……」

 ラゼルムに嫌われている、と思うと、胸が痛い。
 どうしてだか、痛くなるのだ。
 何故だろうか?

「……なあ、ジョカ。私は彼に嫌われているという事を考えると、嫌な気持ちになって落ち着かないんだが、何でだろうか?」

 ジョカは、生の魚を丸呑みしたような顔になった。
 無言で目と目を合わせ、しばしの間、何ともいえない種類の沈黙がおりる。

「…………えーと、それ、本気で言ってる?」
「ああ」
 ジョカは嘆息した。
「……おまえ、ほんと生まれついての王族なんだな……。お前さー、誰かに嫌われた事って、ある?」
「ない」
「……即答かよ。いや、そうだろうけどさ」

 王族には他人を嫌う権利があるが、他人が王族を嫌う権利はない。嫌っていても、それを王族に悟られたら身の危険がある。まして、それが次期国王の世継ぎの王子ともなれば尚更だ。嫌でもニコニコ好いた態度を取り、演技をしなければならない。
 その上、リオンの場合、絶世の美貌とうたわれた元王妃と瓜二つの美貌と才気、公平で下々に優しい性格だ。性格の欠点はあれど、使用人が嫌う要素はないし、貴族だってリオンの不興を買えば身の破滅だ。

「他人に嫌われるのって、そういうことだよ。たとえ嫌っている人間であっても、嫌われるのはつらいもんなんだぞ?」
「そ、う……なのか?」
 戸惑いを色濃く響かせた声に、ジョカは額を押さえた。

 そして一転して真面目な顔になり、リオンと目を合わせて問いかけた。
「――人から嫌われるって、どう思う?」
「……胸が痛くなるな」

「お前はラゼルムに好意を抱いているけど、ラゼルムの方はお前を嫌ってる。それを、どう思う?」
「……想像すると、つらい」

 相手の演技がうまく、リオンが気づかなかっただけかもしれないが、彼は誰かに嫌われるという経験は、初めてだった。
 それだけに、「自分がラゼルムに嫌われている」という認識はかなりの衝撃である。

 子どもは、最初は誰もが全能者、世界の王として世に生まれいでる。
 他者との関わりによって傲慢な鼻柱をへし折られ、それが単なる錯覚であり、己が単なる卑小な人間でしかないと気がつくのだが、リオンの場合、生まれついての世継ぎの君だったのだ。世界は彼のものであり、周囲は彼を恐れるか敬うか好くかだった。例外は、たった一人――ジョカだけで。

 だから、リオンはそういう部分がまるごと未熟だ。
 陰口を叩かれたことはあっても、彼と接し、彼が好意をもち、顔を見て話をしている相手がリオンを嫌う、という事態に陥ったことが、ないのだから。
 庶民なら、良くあることなのだけれど。

「あいつもなあ……馬鹿正直に、その感情を隠せばいいものを、というか隠さなきゃならんのにかなり露骨にふるまってた。その辺りがガキだなあ」
「……ガキって、ラゼルムは四十代だと思うんだが」
 この時代の四十代は、初老である。
「充分ガキじゃないか」
 と、約三百五十歳の魔術師に言われては、リオンもそれ以上は言えなかった。

「で、リオンはそうやって自分を嫌っているラゼルムについて、どう思う?」
「……嫌われる憶えは沢山あるし、理由もあるから、身に覚えのない嫌悪とはいえないんだが……、ちょっとつらい。ラゼルムに嫌われるだけのことをやった自覚はあるが、何とか好きになってもらいたい」
 と、そこまで言ったあと、リオンはある事に気がついて、ラゼルムから来た手紙を指先でつまみあげた。

「――彼は、私を嫌っているのに、なのに私に協力してくれているんだな……」
 その気づきは、小さな感動が含まれていた。

 リオンのことは嫌いだけれども、それはそれとして、リオンの目的に協力はしてくれている。何故なら、ラゼルムの望みであるルイジアナの平穏と安定は、リオンの目的と重なるからだ。

「うん。それが大人の態度、って言うんだよ。ま、それができない大人も多いけどな。お前も以前言っていただろう? 好き嫌いと公務を混ぜてはならない、と。それは、こういうことだ」
「……そうか……、そうだよな。ラゼルムは、大人なんだ……」
 リオンは小さく頷いた。
 ラゼルムという人間は、いろいろな意味でリオンに気づきを与えてくれる、得難い人物だった。





 ごめんなさい。同人誌で登場のラゼルム(準主役)の小話です。同人誌でしか出てきていないキャラを出してすみません。
 読まなくても判るように書いたので許して下さい。

 全ての人から肯定的な評価を受けている人間というものはいないもので、リオンを嫌っている人から見たリオンの評価は「馬鹿王子」に尽きます。
 「自分は好意を持っているのに、相手には嫌われている」という今までになかった状況に戸惑うリオンくん。
 ちなみにリオンくんはラゼルムに嫌われて当然の言動ばっかりしています。

 好き嫌いと公務を混ぜない。普通のようでいて、結構混同している人いますよね。
 ちなみにジョカはその辺突き抜けていて、「好きだからリオンを贔屓する。他の奴らは全員嫌い。それで何が悪い?」と堂々と言い放っております。


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Date:2015/11/07
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