リオンが女性となったときには絶世の美女となったものだが、普通の顔面の男が女性になっても、さして感慨深いものではない。
ジョカの女性化した姿は、こんな感じである。
かなり背が低くなった。骨格からして変わるのだ、この薬は。……いや体の奥深いところから変わることは、薬の効いている間中ジョカにあれこれされたリオンには良く判っているけれど。
男性だった頃のジョカはかなりの長身だったが、今は小柄な女性だ。
腕や首、肩のラインに至るまで、男とは変わっている。
そして、今更ながらに思うのだが、ジョカは若い。三百五十歳だというのに、十代の少女にしか見えない。
背が低いせいもあるだろう。
ジョカは背は高いが体は鍛えていなかった。
華奢な体つきなので、小柄な少女は男性だった頃より二三歳は若く見える。
髪はもちろん黒髪だが、少々いただけないのが男の頃のままの短髪であることだ。この時代、女性は長い髪が当然とされているので、不格好な印象がある。だが、それをさっぴいても――。
リオンは頷いて言った。
「――可愛いな」
「そうかあ? フツーだろ、フツー」
いつも通りの口調で、ジョカは鏡を眺めて言う。
客観的にはジョカの評価が正しい。鏡に映っているのはせいぜい中の上だ。それなりに整ってはいるが、自己主張する力に乏しい。
リオンがこの少女を美人というのは、いつの世にもあるアバタも何とやらのせいである。
リオンは眉をひそめる。男のジョカと同じ言葉遣いであるのが、どうにも……。
「もうちょっと、言葉遣いを何とかしないか? あと、髪も」
「……はあ」
ため息をついて、ジョカは自分の髪を触って引く。
それだけで髪は伸びた。
結構凝り性なジョカは鏡を見ながら毛先を切りそろえ、胸の長さにする。櫛できちんと髪を整え、コルセット(町娘用の、きつくないやつ)まで着て、女性のドレスを身にまとった。
どこに出してもおかしくない、町娘の姿になった。
珍しい黒髪と黄色い肌をしてはいるものの、それ以外はこれといって変哲のない少女だ。
だが、男の時とは明らかに全てが違う。
肌の滑らかさ。首の細さ。服から覗く手首のか細さ。
胸元はさほど豊かではないけれどもしっかりとした膨らみをもって自己を主張し、コルセットをつけた腰は見事にくびれている。
手入れしていない黒髪は荒れていて、あまりよろしい状態ではなかったが、ジョカが梳(くしけず)り、髪に椿油をぬって艶を出したので、まあまあ見れる状態になった。
男の時の記憶があるので、落差が余計に際立つ。
一言で言えば、華奢、という言葉になる。不美人ではなく、美人でもない、楚々とした印象の町娘。
リオンが自分の目を疑ったことに、「可憐」という言葉さえ似合って見える。コレは煮ても焼いても食えない魔術師であるというのに。
それだけ、見事に化けたのだ。
ジョカの身支度が整うと、その少女の前で、リオンは右手を肩に当て、膝を折った。
堂にいった、流れるように優美な挙措である。
そして、黄金の髪と青い瞳の王子様は言った。
「本日、エスコートさせていただく栄誉を与えていただけますか? 小鳥のように愛らしいレディ?」
もちろん、表情は非の打ちどころのないロイヤルスマイルである。周囲にきらきらと星が散っている煌びやかさだ。
しかもリオンは絵巻物に出てくるような麗しさだ。礼をとられ、その顔で微笑みかけられると、見慣れたはずのジョカでさえ心臓が踊り始める。
百戦錬磨の宮廷女性たちを手玉に取ったというのもうべなるかな。
――忘れてはいけない。リオンは女性のあしらい上手な王子様だったのである。
ジョカは、げっ、という顔をして固まった。
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