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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 □

《復讐の時、来たれり》





 ジョカの背から、黒いものが生まれる。それは瞬く間に大きくなり、姿をあらわす。
 黒い一対の猛禽の翼。
 リオンは震える。それは、神話に出てくる悪魔の姿に酷似していた。
 ジョカはその翼を使い、空中に浮かびあがる。
 その表情には、復讐の喜悦が浮かんでいた。
「ジョカ! ジョカ!」
 リオンが必死に呼びかけても、ジョカは反応しない。
 空はますます暗くなり、風も吹き、ところどころで稲光りもひらめくようになった。まだ朝の時間なのに、夕方の暗さだ。
 ジョカは虚空に浮かび、愉快そうにつぶやく。
「さて、手始めに一体どこからつぶそうか? おおおお、国境周辺の動きの速い者は、すでに逃げ出しているか。まあいい、その才覚に免じて見逃してやろう。そうだな、やはり、王宮は最後でなくてはな。国土が屍で埋め尽くされた姿を見せてから、極上の苦痛とともに国王の首をはねなくては」
「ジョカ!!」
 ありったけの声で叫ぶと、ジョカはやっと反応した。
 リオンを振り返り、ふと考え込むそぶりを見せた。
「おう、王子か。……そうだな、王子だけは生かしてやってもいい。俺を解放してくれた恩人だ。苦しまぬよう、記憶も消してやろう。ただの一平民として生きる幸せを、王子にだけは残してやろう」
「いるものか!」
 その返答を予期していたように、ジョカは喉の奥で笑う。
「どこまでも清廉な王子。王子の公明正大さに、深く感謝しよう。そして、その愚かさに」
 ジョカは手を広げる。
「この国は滅びる。王子の正しさが、この国を滅ぼすのだ」
 言葉が吹きちぎられる強い風に逆らうように、リオンは声を張り上げる。
「ジョカ! 私はあなたがこういう行動をとるだろうことをわかっていた!」
 ジョカの表情から、笑みが消えた。それまでとは違う顔で、見下ろす。
「わかっていたが、それでも! それでもあなたを踏みにじる行為に加担することが、できなかった!」
 長年踏みにじられてきたものが解放されればどうなるか。それは、歴史が教えている。
 奴隷の反乱は歴史の随所にしばしば顔をみせる出来事だが、たけり狂う復讐心は、虐げられてきた者を残忍な復讐者に変える。彼らはいつも、主人を思いつく限りもっとも残酷な方法で殺害した。
 そんなこと、リオンは百も承知だ。
「あなたを解放したのは私だ! だからその責は私がおう! そして、王家の一員である私が、あなたに与えた屈辱を償うべき立場にある! あなたの復讐の最初に、私を!」
 ジョカはゆっくりと下りてくる。音もなくリオンの前に移動すると、その細い顎を鷲掴みにした。
「俺の復讐をわかっていながら解放したと?」
「……そうだ。こうなるだろうと、予想していた」
 痛みに顔をしかめながらも、リオンは頷く。それが事実であることを、ジョカも理解した。この頭の切れる王子が、この事態を想定していないはずがない。
 金の髪に包まれた、玲瓏とした端正な面が言葉をつづる。
「あなたの復讐は、正当なものだ。あなたを長年虐げ、使役しつづけたルイジアナ王家の人間として、私のすべてであなたに償う。だが、民には何の罪もない。生まれるはるか前の、会ったこともない王家の人間がしたことだ」
「そうか? 俺が与えた恩寵におぼれ、ぬくぬくとそれが当然だと勘違いしながら幸せに生きてきた奴らに、罪がないと?」
 この国の農民は、他国に比べ、豊かだ。日照りも大雨もなく天候は常に良く、真面目に働いてさえいれば食べることに不自由はしない。他国が凶作のときでも常に豊作で、そんなとき、農作物は目が飛び出るような高値で売れる。国民の七割を占める農民が豊かで、豊かだから購買力があり、商人たちもこぞってルイジアナに来る。
 国民の誰もが、この国が凶作になることなど「ありえない」と考えている。
 ジョカを幽閉しつづけてきた歴代の王の選択に、そんな、平穏を当然のものと勘違いして増長した国民の態度が影響していることは間違いない。
 罪がないとはいえない。それがジョカの考えだ。
「人は誰も、天災に来てほしいとは思わない」
 リオンは静かに答えた。
「天候一つで食べることさえ危うい農民なら、なおさらだ。彼らは、あなたのことなど何も知らない。ただ素直に天災がない国に生まれたことに安堵し、天災のない国に移住する、それは、責められることだろうか?」
 視線が絡まりあう。
 復讐に猛る黒い瞳に対し、アイスブルーの瞳は怯みを見せずに真っ向から見返す。
 奇妙に緊張した数秒が流れた。
 ジョカが唸り声を上げる。
「俺が苦難を味わいし時は三百二十年に及ぶ! あらゆる苦痛を味わい、屈辱を教えられた! その代償を、その身で払うというのか!」
 リオンはいささかも迷わなかった。
「そうだ」
 ジョカの瞳が、弱冠十五歳の美貌の王太子を見据えた。リオンは一歩も引かずにその視線を受け止める。
 先に視線をそらしたのは、ジョカの方だった。
 ぐいとリオンの腰に腕が回り、二人の姿が消えた。


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Date:2015/10/23
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