リオンは姿を普通の町民に変えると、ジョカをお姫様のごとく扱った。
堂にいったエスコートぶりはさすが王子様なだけはある。
しかし、エスコートされる側のジョカとしては、落ち着かないことこの上なかった。
「……リオン。その……」
「あなたの望み通りにしているつもりだが、何か不満が?」
「ある! めっちゃある!」
くすくすと笑うリオンの顔は、あの金髪に青い目の貴公子ではない。
ごく平凡な、茶色の髪の二十代前半の青年のものだ。
二人がいるのは屋台が並んでいる一角である。
屋台の側には飲食する為のテーブルと椅子があり、こじんまりとしたオープンカフェになっている。
石畳の上に椅子とテーブルを置いただけの壁も柱もない素通しなので、通行人たちからも良く見える。
そんな場所で青年がにこやかな笑みで椅子を引き、少女を椅子に座らせる姿には、好意的な視線が集まっていた。
ジョカが望んでいた展開のはずだが、居心地が悪い。
「こう……もっとざっくばらんに」
完璧に身についた儀礼でお姫様よろしく遇されると、コレジャナイ感がすごい。
「もっと市井の恋人たちみたいに、気軽に、腕を組んで、いちゃいちゃと誰が見ても恋人同士に見えるような……」
「誰が見ても私とあなたは恋人同士だと思うが?」
まったく、いったい誰の影響だろうか。リオンはからかう微笑みでまぜっかえす。
「そうだけどそうじゃなくて! もっと砕けた感じで!」
「ざっくばらん、か……。そっちは私の得意分野じゃないな。具体的に指示してくれ。何をどうすればいいんだ?」
「同じものを頼んで、二人でつつきたい」
リオンの骨身に叩きこまれたマナーから言えば、反則だ。が……、リオンは眉をひそめただけで頷き、注文する。
運ばれてきたのは、ルイジアナの特産である小麦で焼いたパイである。それを二つに割って、それぞれ食べる。
食べ終わると、ジョカは要望を言った。
「そ、それから、俺……じゃなかった。私の手を握って」
「仰せのままに」
「~~っ、だから、それを何とかしてほしいと……っ」
つまるところ、ジョカは、いつもと立場が逆転して女の子扱いされているのがむずがゆいのだ。
それは判っていたが、リオンはまるっと無視した。
保護者と被保護者の立場が逆転している現状は、リオンにとっても中々に楽しいものであったので。
ジョカがリオンにしたのと同じことをしていないだけでも、感謝してほしいものである。
リオンは女性については面食いだと思っていたのだが、どうもそうではなかったらしい。
平凡な容姿の少女であるにも関わらず、世界で一番可愛いとしか思えない。
どこかの魔術師のように即座に押し倒さなかっただけ、感謝してほしいものだ。
リオンとしても現状を嫌っているわけではない。
可愛い、愛しい少女と一緒に町を歩くのは楽しい。
周囲の目も仲睦まじい恋人同士を見る好意的なものだ。
何より、ジョカの言う通り、堂々と体を寄り添えられるのがいい。
手に残る感触は女性のものだ。手の指の柔らかさや細さ。どれ一つとっても、男のものとはモノがちがう。
ジョカが男性であることに不満はないのだが……、男というのは元来女好きであるように本能に組み込まれているものだからして、好きな相手が女性の体を持ったら嬉しくなるのが普通ではなかろうか。
最初は文句を言っていたジョカも、リオンがきっちりと「甘い恋人同士のデート」をすると、不満はどこかに旅に出たらしい。
次第に機嫌も直ってゆき、町中でのデートを楽しんだ。
屋台を巡ったり、ささやかな買い物をしたり、景色のいい場所を歩いたり。
どこに行っても男同士の関係に伴う冷たい眼差しはどこにもない。
男女のペアというのは、それだけで世間から許されている存在なのだった。
デートが終わり、家に戻るとリオンは愛しい少女を抱きよせた。
今のジョカの身長は、リオンの胸ぐらいまでしかない。
抱きしめると、胸にすっぽりと収まるちょうど良い身長差だ。
口づけもしやすい。
「たまにはこういうのもいいな。楽しい」
男の体と柔らかい女性の体。
どちらが触って楽しいかと言えば、男に生まれた以上答えは決まっている。
しかし、ジョカの意見は少し違った。
「……俺は、もう当分いい……」
「なぜ?」
「……リオンの態度が気持ち悪い……」
リオンは吹き出した。
デートが終わって家に戻ったあとの会話である。
リオンはもう変装を解いていて、素の姿だ。
「なあジョカ? あなたがそうも可愛らしい少女の姿でいる以上、多少はしょうがないと思わないか?」
リオンは女性全般を見下しているが、それは同時に、女性全般を、守らなければならない相手として見ているということである。
そして、宮廷とは男は男らしく、女性は女性らしく、を求められる場所だった。
女性は慎ましく貞淑に、が求められると同時に、男は女性を守り庇護する力強さを求められた。
リオンにとって女性をエスコートするというのは、女性を守るということと同義だ。まして、それが可愛い愛しい少女ともなれば。
「お前の『可愛い』っていうセリフ、今日だけで死ぬほど聞きあきたわ!」
「しょうがないじゃないか。実際可愛いんだから」
にっこり。
冷たいほどに整った美貌の王子様の目は、笑っているけど笑っていない。
黒髪の少女はその眼差しに潜む不穏な気配に思わず後ずさった。
「ジョカ。その格好のあなたは、とっても、可愛い」
「……っ。おまえは、だから、どうして、そういう……っ」
「女性は賛美するものだ。宮廷で育った以上、褒め言葉がすらすらと出てこないでどうする?」
「こ、こ、この……っ」
「まして、あなたの場合は事実なんだから、心のまま率直に言えばいい。嘘八百言うよりずっと楽だな。――可愛い。食べてしまいたいぐらいに、可愛い」
「その目やめろっ。ほんとやめろっ! ライオンの前の子兎か俺はっ!」
「こういうのをなんて言ったかな。あなたから教わった言葉で、ちょうどいいのがあったな。そう――『因果は巡る』だったか?」
リオンはにっこりと笑って――そして、逃げようとする子兎を捕まえた。
か弱い抵抗を力で抑え込んで抱き上げ、寝台の上に組み伏せる。
とさりという軽い音が、いつもとは違うということを意識させた。
暴れるたびに、その骨格の華奢さと柔らかさが体に伝わる。細い。し、力も弱い。本当に女性になっているんだなと、実感する。
黒い瞳と目が合う。
寝台の上、息のかかる至近距離で見つめ合うと、観念したように抵抗が止んだ。そういったところ、やっぱりジョカだなと思う。
豪奢な金の髪が流れて、少女の頬に少し触れた。
手足の長さが違う。膂力も違う。肌の香りまで違う。ここにいるのはジョカだけれど、でも、間違いなく少女だった。
そのまま数秒が流れ、ジョカは恐る恐る口を開いた。
「あ、あのう……ナニをなさる、おつもりでしょうか?」
「もちろん、ナニを」
「……あ、あのリオンがこんな下品なことを言うようになるなんて……っ!」
「どこぞの誰かの教育がよろしかったんだろうな?」
少女の両手をリオンの両手が寝台に縫いとめている。
どこをどう見てもまるきり「イタイケな少女を手ごめにしようとしている図」であった。
リオンはその青い瞳に愛情を宿してジョカを見下ろし、まっすぐに告げた。
「ジョカ。あなたが好きだ」
「……っ。だ、だから、そういうことを、こんな時に、心の準備もなく……っ」
「前にも言ったが、また言おう。こういう言葉はこんな時に、言うものだろう?」
リオンはくすりとして、覆いかぶさるように、口づけた。
因果は巡るのである。アーメン。
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