自分でも自覚している。
リオンは、実は、かなり、好みのうるさい人間である。
王宮において、リオンは使用人に、「仕えやすい主人」と目されていた。
なんのことはない。
ただ単に、使用人という人種を、信用も信頼も重きも置いていなかっただけである。
空気のように扱い、身近にいるがそれだけの、家具と同列に思っていただけだ。
だから、リオンは王族や貴族のように、使用人に無理な我が儘を言って困らせたことはない。癇癪をぶつけ、ていのいい鬱憤晴らしの道具にしたこともない。
能力のない人間に無理を言っても、無理なことが可能になるはずもないのだから、その人間の能力以上の命令なんていうものは、する方が馬鹿なのだ。
冷然とそう見切っていたリオンは、確かに使用人にとって「仕えやすい」主人ではあっただろう。ただし、我がままを言う主人の方が、まだしも相手を人として扱っていたといえるかもしれない。
使用人というものを個体として見たことがないという点において、リオンは正真正銘、王族であった。
人の好き嫌いが少なく、誰に対しても如才なくそつなく接する――そう評されていたリオンだが、近頃自覚している。
王族のつとめとして、好悪を表に出すことなく過ごしていたが、無論内心では好き嫌いはあった。そして、かなり、好みが厳しい人間であるとも。
そんな矮小なる自分の好みに、ジョカはぴったりだったのだ。
リオンは馬鹿がきらいだ。自分にへつらう人間も嫌いだ。下心あって擦り寄ってきて額を床にこすりつけんばかりに拝跪する人間が嫌いで、好きな人間はこれを逆にひっくり返せばいい。
ジョカは、リオンなどとは比べ物にならないほど深遠なる知識を持ち、リオンの短所を臆さず指摘できる図々しさを持ち、リオンを利用しようなんてことは欠片も考えないで裏表なく自分を愛してくれる――なるほど、と思わせられた。
リオンがジョカを恋人として選んだのは半ば以上成り行きだったが、成り行きからであっても、リオンはきらいな人間と一緒にいられるような人間ではない。
広いとも言えない同じ部屋で、二人きりでいても特に気づまりを感じないし、それぞれが好き勝手に自分のことをやっていても負担ではない。話をしていても楽しいし、ジョカはリオンよりずっと世慣れていて賢いので、話していて苛立ちを感じることもない。
何か知りたい事があれば、ジョカに聞けばたいてい答えが返ってくる。およそ、ジョカが知っていてリオンが知らないことは山ほどあるが、その逆はない。
ジョカと話をして自分の知識を深めるのは、ざっくばらんに言っても楽しいことだったし、そうした知的欲求を満たしてくれる関係というのは貴重なもので、ついでに恋人同士の関係では無視しえない重要な要素である体の相性もいい。
自分でも成り行きで選んだと思っていたが、実のところ、ジョカは、リオンの厳しい好みにぴったりの希少人種であったらしい。
頭が切れすぎて、周囲の人間が馬鹿ばっかりに見えるリオンにとって、「自分より賢い」「王族の自分より教養ある」人間など、滅多にいない。王族であるリオンにへつらわない人間は、いわずもがなである。
神様も、時として、いい采配をするものである。
◆ ◆ ◆
ジョカの好みは、リオンよりずっと単純だ。
確かに、ジョカはリオンの顔が好みである。直球ど真ん中に好みの顔だったからこそ、週に一度来いと言ったのだ。
次に、リオンの性格も好みである。ジョカに依存しない独立不羈の気概も好きだし、いざというときには頼ることをためらわない割り切りの良さも好きである。
ただし。
それらはすべて、事実を牽強付会しているだけの瑣末事にすぎない。
愛情を強める役と愛情を維持する役には立っているものの、結局のところジョカは、どれほどリオンが好みであろうともジョカをあの牢獄に幽閉しつづけることを是としたなら愛情の一片も持たなかっただろうし、逆に、リオンがどれほど醜く見るに堪えない容貌であろうと、ねじ曲がった性根の持ち主であろうと、あの牢獄から解放してくれたのなら愛することに一片の躊躇もなかっただろう。
ジョカのリオンへの愛情の根底には、限りなく深い感謝がある。
あの地獄で苦しみもがいた時間の記憶がジョカを打ちのめすたび、同時にそこから救いあげてくれたリオンへの感謝と愛情は深くなった。
人の価値とは、血筋でも財力でも能力ですらなく、「何を為したか」だとジョカは思っている。
ジョカがリオンを限りなく愛しいと思うのは、リオンがジョカをあの地獄から救ってくれたからなのだ。
仮にの話であるが。
もし、リオンがジョカを解放しなければ、ジョカはリオンを愛すことはなかった。
もし、他の誰かがジョカを解放してくれたのならば、ジョカはその相手に、愛情を誓っただろう。
ジョカはそれを、リオンへの不実とは思わない。あれだけの事をされて、救ってもらって、その相手に愛情を抱かないはずがないのだ。今現在、リオンに限りない愛情を捧げているように。
人は、為した事によって価値を作り上げるのだから。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0