ジョカは丁寧に、いつもとは違って手間を惜しまず、手順を守って淹れてみた。
が、最初の一杯目の紅茶を飲んだリオンの感想は、
「美味しくない」
というものだった。
「そうか」
ジョカは首を傾げた。
リオンがはっきり言うのはわけがある。
試しにジョカは自分でも飲んでみたが、差が本当にわからないのだ。
リオンに判定してもらうしかない。
紅茶をきちんと淹れると、かなりの手間がかかる。蒸らす時間についても熟練の人間は勘でわかるが、ジョカに時計は必須だ。
大きな気泡がボコボコ浮かぶ沸騰直後のお湯を使い、ポットの中に茶葉を入れてすぐに蓋をして蒸らし時間を計り、カップに注ぐ。
手順どおりにやっているのだけれど、リオンの駄目だしは続いた。
……名人の女性の手並みを何度も何度も見て、その通りにやっているつもりなのだけれども。
そして、駄目出ししているリオンの方としても、手間と時間を掛けてお茶を淹れるジョカにそう何度も何度もまずいというのは負担だったらしい。
「――ジョカ。もういい」
と、十回を数えたあたりで、遂にリオンの心が折れた。
「うんにゃ。ちょっと待て」
ジョカはじっとティーポットを睨み、次に茶葉を睨み、最後にお湯を睨んだ。
「うーん……なにか、どこかが悪いから、味が違くなるんだよなあ……」
「ジョカ、もう良いから……」
「いや。お前が美味いお茶を飲みたいというのなら飲ませてやりたい」
リオンは我が儘という我が儘をほとんど言わない。
そのリオンが望んだことである。出来る限り叶えてやりたかった。
その時、ちょうどルイジアナの王宮で、お茶くみ名人の女官がお茶を淹れ始めた。
遥か遠い遠方の地から、ジョカは、全神経を集中させてその様子を観察する。
そして淹れ終わった紅茶を少々失敬した。もちろん無断で。
「リオン。ちょっとこれ飲んでみてくれ」
死角に紅茶を出現させ、あたかも自分が淹れたものであるかのように差し出す。
一口飲んで、リオンの顔が輝いた。
「美味しい!」
「……う、うーん……」
「上手に淹れられるようになったんだな!」
リオンはほっとしているようだったが、ジョカはかぶりを振った。
「いや、それは名人の女官が淹れたやつ。やっぱり判るのか……」
たかがお茶くみ。
されどお茶くみである。
ちなみにその女官は突然消えたカップに可哀想なほど狼狽していたので、空になったカップを戻してやる。今のルイジアナ王宮でジョカの窃盗…もとい「守護神さまへの貢物」を知らない人間はいない。
「……完全に同じものでやってみるか」
ジョカは一人ごちて、同じポットと水と茶葉を用意する。
そして注意に注意を重ねて淹れてみた。
そしてそれを口にしたリオンは。
「……美味しい」
何十回目かのトライでの勝利だった。
◆ ◆ ◆
ジョカは様々に条件を変えてみて、一つの結論を出した。
名人の女性の手際を完全にトレースしても、その上でなお、大事なものがある。「水」と「ポット」だ。
ジョカの鈍い舌では水なんてどこのでも同じだろうと思ってしまうのだが、リオンにとっては違う。そして、ポットの材質ひとつで、お茶の味まで変わるらしい。
茶葉が違えば味が違うのは当然なのでさておいて、それ以外の要素によっても茶の味は変わるようだ。
リオン好みのお茶を淹れられるようになったジョカは肩の荷を下ろした気分でリオンにお茶を振る舞った。
リオンは一口含むと、微笑んで礼を言う。
「美味しい。ありがとう」
ジョカはそれだけで報われた気分だった。
しかし、リオンは顔を曇らせた。
「大変だっただろう? 済まない私の我が儘で……」
ジョカの舌では差が判らないため、リオンは最初から最後まで付き合った。試行錯誤して失敗続きでジョカが手を焼いているのを、最初からずっと見ていたのだ。
ジョカは笑ってかぶりを振る。
「リオン。俺は、お前の謝罪なんて欲しくないんだ。俺は、お前が喜ぶ顔が見たいからやったんだから。お前の我が儘じゃなくてこれは俺の我が儘なんだよ」
赤裸々な愛情が、リオンに向けられていた。
「俺は、お前の為に苦労したり努力したりっていうの全然苦じゃないし楽しいよ」
「う……ん。ありがとう」
ジョカは紅茶を飲むリオンの頭をポンポンと撫でる。
ジョカの特技に「紅茶を淹れる事」が加わった一日だった。
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