胸焼けするほど甘いです。
後半にエロがありますので注意。
黒い石――石墨をすり鉢の中に入れる。
すりこぎで砕く。
どかどかと突く。砕く。突く。
ジョカが食卓の上で石墨を砕いていると、部屋から出てきたリオンがそれを見て目を丸くした。
「何をしているんだ?」
「んー……、書き物をたくさんしているリオンに贈り物?」
リオンは視線を石墨へと向ける。
石墨の外見は、黒い石である。
「……黒いな?」
「ああ」
「触っても大丈夫か?」
「黒いのが手につくからやめておいた方が良いぞ」
「触っただけでも手につくのか。いい染料になりそうだな」
ジョカは思わず笑った。
「最初にその鉱物を見つけた人間も、お前と同じことを考えたんだろうなあ」
「……?」
「好きだよ、リオン。お前の為なら何でもしてやりたい」
不意打ちの告白に、リオンは一瞬呆気にとられた顔になった。
急いで唇を引き結ぶが、その頬がかすかに赤らんでいる。
「だから、できるだけ魔法を使わず、ちょいと掘ってきた」
「そっちの粘土は?」
「それも現地に行って掘ってきた。両方ルイジアナで用が足りて良かった」
石墨は、貴金属のように稀な鉱物ではないが、ルイジアナに埋蔵されていたのは運が良かった。
「……話は元に戻るが、何を作っているんだ?」
「まあ見ていたまえ」
気障ったらしくもったいぶって、ジョカは言った。
磨り潰す作業が終わったので、ジョカは湯の中に黒い粉を入れた。湯は一瞬で黒くなる。
しばらく待つと不純物が沈殿したのでそれを取り除き、残った粉の中に粘土を入れて混ぜる。
そうしてからジョカは食卓の上に大理石の板を呼び出した。
粘土と砕いた石墨を混ぜたものを大理石の板の上で捏ね始める。真っ黒い事を除けばパン生地のようだ。
「……そっちのは単なる粘土か?」
「そう。単なる粘土」
「そっちの鉱物は?」
「石墨。顔料の一種で、聞いた事ないか? 見ての通り黒いだろう? だから顔料の材料として昔から使われてきた。さっきお前が言った通りの事を、これを見た人間は思って、それに使ったわけだ」
「へえ……」
「時代と住む人間は変わっても、同じ人間だ。発想の根底は共通項があって、同じことを思うんだろうな」
パンをこねるように、ジョカは粘土と顔料を混ぜていく。
小麦粉のようにぐねぐねと捏ね、ひっくり返してはびたんびたんと板に叩きつける。
土の色だった粘土は石墨と混ざり合うことで黒一色になる。そうすると、ジョカは小さくちぎり始めた。
粘土を親指の爪位の大きさにちぎると、今度はそれを一つずつ細く細くこよる。
「……なにをつくってるんだ?」
「見てのお楽しみです」
またリオンはジョカに聞いたが、またはぐらかされた。
疑問符を一杯顔につけた状態でリオンはそれを見ていた。
やがて、大理石の板の上には無数の細い棒が並んだ。
ジョカは細くこよった黒い棒を、この時ばかりは魔法を使って焼く。
「焼くのか?」
「焼くんだ。硬度が出る」
「……」
焼きあがった後には、黒くて硬い細い棒が残った。
「これをどうするんだ?」
「こうする」
ジョカは薪を一本拝借し、それを小さく割って、間に黒い棒を入れて挟む。
ここまでくればリオンにも判った。
「……ああ、そういうことか!」
「そういうことです」
鉛筆。
コレの作り方を知っている人間は、いるようでいない。
作り方は簡単だ。黒い顔料と粘土を混ぜ合わせ、細くして、焼きをいれる。
これで芯の出来上がりで、あとはこれを木で挟んでおしまいである。
「はい、これやる」
ひょいとジョカは鉛筆をリオンに差し出す。
リオンは一本の鉛筆をまるで宝物のように受け取った。
「ありがとう……!」
「リオンはいつも書き物しているからな。これがあると便利だろう?」
「ああ。便利すぎて、手放せなくなりそうで怖いぐらいだ」
さらさらと紙に書いてみたが、非常に書きやすい。
「鉛筆の先が丸くなったら、ナイフで削るといいぞ」
という注意があったくらいだ。
「羊皮紙には書きづらいからやめといた方がいい。書けないこともないけど」
「わかった。紙だけでもこれはいいな……すごくいい」
「お前、書き物ばっかりしているだろう? ペンを何度もインク壺につけるのって、面倒だよな?」
「ああそうか。こういう形状なら、一々インクをつけなくてもいいな。木に挟めば、脆さについてもある程度補完できる。握るときに手が汚れないというのも見逃せない利点だ」
リオンはフムフムと頷きながらそこまで言って、ふと、まじまじと世界初の「鉛筆」を見つめた。
「……なあジョカ。これって、発想はとても簡単だけど、とても画期的な道具じゃないか?」
古来から黒い顔料として使われていた石墨。
そして粘土は土を掘れば出てくる。
その二つを混ぜ合わせ、細長くして焼きを入れたものを木に挟み、使用に耐える強度を実現させる。
言ってみればこれだけの道具なのだが、ペンで書く時のように一々インク壺にペン先をつけなくてもいい、というのは簡便性において革命的なものだ。
なんといっても、ありふれた二つの素材で出来るという点が優れている。後はその発想ができるか否か、だけだ。
聞いてみれば大した労力もかからない、拍子抜けするような発明なのに、それがもたらすものは筆記具の革命といっていい。
「そうだろうなあ」
と、ジョカはいつものようにのんびりした口調であっけらかんと言った。
知識の持つ力を知らないのではない。知っていて、使う気のない人間の態度だった。
リオンはしばらく世界唯一の魔術師を見て、吐息を吐いた。
「……ほんとに、我が祖たちは、宝玉を石ころとして使っていたんだな」
魔術師であるジョカには「魔法を使う」ことへの無数の制約があるが、彼の知識を聞くぶんには制約はほとんどない。
魔術師は、知識の宝庫だ。
こんな大したことのない知識ひとつとっても、これを商品として売ればバカ売れすることは、商知識のないリオンにさえ想像できた。
リオンはジョカの真っ黒になった手を見た。
捏ねたり、こよったりした結果、当然の帰結としてジョカは手が真っ黒だった。
魔法を使えば一瞬で加工済みのものができるだろうに、そうではなく、手作業で作ってくれたのだ。
ジョカが魔法で手を綺麗にする前に、リオンはその手に手を重ねた。
「うわ! 手! 手が汚れる! 今洗うから!」
慌てて言うジョカの言葉を無視して、リオンは手を握りしめた。
「ありがとう……感謝する」
ジョカが魔法を使わなかった理由は、想像がつく。
魔法を使ったら贈り物にならないという事と、もうひとつ、加工工程をも含めて贈り物にしてくれたのだ。
リオンが完成品だけを贈られたとしても、魔術師の知識で作ったナニカ、としか判らなかっただろうから。
手に黒い顔料がついたが気にならない。
リオンはジョカの手を両手で包んで、感謝の口づけをした。
「……黒くなっちゃったぞ」
「男の手だ。多少汚れたって気にすることはないし、あなたが綺麗にしてくれるんだろう?」
ジョカは息を吐き出して手を綺麗にすると、リオンの小さな顔を両手で包んだ。目と目が合わさる。
リオンは察して目を閉じる。ふっさりとした金色の睫毛が下りる。
唇が重なってすぐに離れ、今度はリオンがジョカに顔を寄せた。
今度は深く。
リオンはジョカに唇を開かせると、深く蹂躙した。
舌と舌を擦り合わせ、お互いの唾液を交換し、啜りあげる。
汚いなんて思わない。愛する相手の体液にまみれるのが性行為なのだと、リオンは実地で叩きこまれた。
「ジョカ……ジョカ」
深い口づけを交わしながら服を脱がすのはもどかしい。かといって、離れるのも嫌だった。
「脱げないだろ」
笑い声でジョカがリオンを引き離し、リオンは不承不承一時体を離した。
服を脱ぐと、ジョカはリオンの青の目を覗き込んだ。
「好きな相手の為に何かするのはすごく楽しい。それで喜んでくれれば、もっと嬉しい。お前が好きだよ、リオン。お前の喜ぶ顔を見るためだけに、何でもしてやりたいぐらいに」
湯水のように、欲しいと思った分を満たしてあまりあるほどに注がれる愛の言葉。
それに溺れている自分がいる。
最初は同情だった。苦しみ涙を流す彼を見て、支えたいと思った。
――でも、ここまで真っ直ぐに裏表のない愛情を向けられて、心動かされない人間がいるだろうか?
二人とも一糸まとわぬ姿で寝台に上がり、絡まりあう。
ジョカが上になる形で覆いかぶさるような口づけをしていると、後ろの窪に指が入ってきた。
「ん……」
もう慣れ親しんだ感覚。唇を封じられ、口腔を愛撫されながら後ろをいじられる感触を味わう。
入ってきた指は二本。ぬるりとした感触でしばらく前後していたが、中で開かれた。
「あ……っ」
唇の戒めが解かれたと同時に声が出てしまう。
どこまでも甘ったるく、熱に浮かされている声。
指が増やされ、抜き差しを繰り返すたびに溢れ出た香油がぬるりと尻を伝ってシーツに染みを作る。
「ジョカ……っ」
もう良いから早く入れてほしい。
リオンはその思いを込めて愛しい情人を睨む。青玉サファイアのような瞳がなじるようにジョカを見た。
ジョカはその壮絶な色香の漂う表情に苦笑し、舌でその目を舐める代わりに目尻を舐める。
「ほんと、お前って綺麗。物凄く色っぽい。……その顔見ていたいから、最初はこっちでな」
腰の裏に枕をつめて、足を大きく開かせる。
あらわになった蕾はついさっきまで指を受け入れていたせいで微かに開き、薄紅色の肉襞をわずかに見せていた。その周辺は潤滑油のせいでてらてらと濡れ光り、要するに――たまらなかった。
「あ……」
ジョカは見るだけで臨戦態勢になった欲望をあてがい、前置きなしで沈めていく。
「ん……あ」
すがるものを求めた手がシーツを掴み、複雑なドレープを描く。
気品漂う美貌のリオンの目は強く閉じられていて、何かを堪えている表情だ。
「痛いか?」
「痛く、ない……っ。早く」
もう、何度抱いたのかもわからない体だ。ずぶずぶとさしたる抵抗もなく欲望をおさめると、ジョカは息を吐き出した。
下に目をやれば、何と言うべきか、絶景である。
あのリオンが。
あのとびきり気位の高い王子様が、みっともなく足を開いて性器も後孔もさらけ出し、そこに深々と肉棒が挿入されている。
ずりりと抜き出し、突いてやる。ああ入っているなあと、妙な実感が湧く。じゅく、と潤滑油が音をたて、リオンがあえかな声をあげる。
「ん……んんっ」
リオン自身の欲望も丸見えで、奥を穿つたびに首をもたげる。
男性器をぴったりと押し包んで締めつけてくる内壁の感触に、ジョカは早々に理性を手放すことにした。
けぶるような金の髪を指に絡め、ジョカはリオンの額にキスを落とすと、顔の脇に手をついて腰を使い始めたのだ。
「リオン、最高……気持ちいい」
「あっ、あっ、あっ!」
ぬる、と、粘膜と粘膜が重なり合ってこすれあうたびに快楽の波が走る。
腰を使うたび奥でぬめる感触はもう潤滑油だけではないだろう。
ジョカがリオンにとって負担だと知りつつもこの体位で繋がりたいのは、リオンの顔が見たいからだ。
抽送に合わせてリオンの金の髪が揺れ、青い瞳は欲望に潤み、薄く開いた唇からは嬌声がもれる。
「ああっ! あ……は、ジョカっああっ!」
リオンの欲望に乱れる顔は、なんて綺麗なのだろう。
その気のない男でも、見たら邪心を起こすに違いない。
薄く開いた唇からほの見える白い真珠のような歯に、ひどくそそられた。
「ん……うんんっ」
深く口づけをし、その歯に自分の舌を何度も擦りつける。歯の表も裏も蹂躙し、溢れ出る唾液をわざと音をたてて啜りこむ。
「リオン、好き。リオン……」
体を倒して至近距離でそう囁き、薄目を開いたリオンの青い瞳を確認して――ジョカは最初の精を解き放った。
「……疲れた時には甘いものがどうしてこうも美味に感じるんだろうな?」
「疲れているからだろ?」
寝台の上で王宮料理人が丹精込めて作り上げた超高級菓子であるショコラを口にしながら、二人はのんびりとした会話をしていた。
結局あの後、体位を変えて後ろから一回、風呂場でもう一回なんだかんだと致した二人である。
二人とも体力的には底に近く、王族でも年に一度口にできるかどうかという超高級菓子は非常に美味に感じられた。
――その頃王宮では菓子が忽然と消えたことで騒動が起きていたのだが、それについては言及を避けよう。後日ジョカがショコラが入っていた菓子皿を上役の目の前に返却したおかげで盗難の疑いは晴れ、王宮料理人は懲罰を免れた、とだけ言っておく。
体力を使い果たしたリオンはぐったりと寝台に横たわり、その口元にジョカが小さく固めたショコラを持っていく。
大人しくリオンは口を開けて甘露を味わい、時折ジョカとも共有する。
口づけが甘いのは、ショコラの味か、元々か。
二人は素肌にバスローブだけを羽織った姿でいちゃいちゃと菓子をつまみ、ショコラよりも甘い空気を振りまいていた。
「初めて食べたが美味しいな、これは」
「カカオは……ああそのショコラの原料な、それは確か、東方からの交易品だったと思う」
リオンの手が止まった。
「……」
そして、値段を考えない事にしてまた食べ始めた。
「カカオって植物か?」
「植物だな」
「こっちで栽培できないのか?」
「あの植物は結構栽培条件が厳しくてな。砂漠を緑化すればできる。やってみるか? 今から取りかかれば、百年後ぐらいには出来そうだが」
「……遠慮しておく」
黒の瞳と青の瞳が偶然合い、リオンは目を閉じる。
恋人同士の約束事だ。
目と目が合ったとき、相手が目を閉じたら口づけること。
ジョカはその約束に忠実に従い、唇を離して今度はジョカが目を閉じる。
リオンも、もちろん約束事に忠実だった。
リクエストは「いちゃいちゃな二人」です。
が、頑張りました……! この二人は常時いちゃこいているので、逆に糖度が上げずらい……。
もっと糖度上げるのはどうしようかと考え、私が一番嬉しい時って「好きな人が自分の為に努力してくれた」時だなーということで、リオンの為に鉛筆という筆記道具を製作するジョカくんができました。
書いてて思わず「てめーら一生やってろ!」と叫んだくらいの甘さに仕上がりました。うんわたしがんばったよ。
なお、現代の鉛筆は書き味を滑らかにするためにもっと加工されています。一番原始的な鉛筆の作り方でした。
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