リオンの侍従視点の一人称です。
私が殿下の信頼をいただけていないことは、心のどこかで気づいていた。
それでもそれを気づかぬふりをしていたのは、私の他に殿下に心許せる相手などいようはずもないという思い込みゆえであったのだろう。
古来から王位継承者には孤独がつきもの。
近寄ってくる相手はことごとく権益目当て、権勢目当て。
褒め言葉も阿諛追従も、何もかも下心から出ているものだ。
この偉大なるルイジアナを将来双肩に背負うことを宿命づけられて生まれたリオン殿下もまた例外ではなく、殿下の周囲にはそのような輩ばかりがつどっていた。
彼らの口にするおべっかにおだてられればまだいい。
彼らの口にする言葉がすべて虚妄だと気づいてしまう程度に敏い人間であれば、その言葉を信じることができず、心を閉ざしてしまうのがつね。
殿下もまた、冷ややかに周囲の取り巻きたちを見下し、お心を閉ざしておられた。
そう、王位継承者とはそうであるべき。それが正しい姿。
自分にだけ心を開けばいいのです、孤独な王者よ。
今は亡き王妃に任命され、赤ん坊であった頃から仕え、身の回りの世話もその日の予定管理も一手に引き受けている侍従である自分だけが。
リオン殿下が心許せぬ者に向ける冷ややかな眼差しが、自分にも向けられている事に気づいたのは、いつだったか。
リオン殿下の侍従長である私には、取り次ぎを頼みたい、面会の順番に便宜を図って欲しいと何人もの貴族から使いがやってくる。そうした人間から幾ばくかの見返りを貰うのは、王族の信頼を得、側近く仕えることを許された侍従長の特権であり権利だ。
しかし、その事が潔癖な殿下の琴線にふれたのか。
いつ頃からか、殿下の値踏みするような冷えた眼差しが自分にも向けられている事に気がついた。
焦ったが――そんなはずはないと否定した。
人は誰にも心を許さずにいることなどできないもの。それが子どもであれば尚更だ。
年若い殿下が、子どもの頃から仕えた自分を切り捨てるはずがないと、そう思っていた。
多少の不信はあれど、王太子の侍従長というのは生半な人間に務まる仕事ではない。憶えなければならない儀礼儀典は多岐にわたり、貴族への人脈も必要となる。
殿下は私を使い続け、そして私の生活は安泰であろう。
それが誤りであったと気づいたのは、あの日だ。
あの日。
魔術師の恐ろしい声が轟き、それとともに殿下の姿が見えなくなった。
殿下は寝室におられたはずだった。
しかし、その声が轟きわたり、無礼を承知で寝所に駆け込んだ私が見たものは空っぽの寝台だった。
前日は立太子の式典があり、それが恙無く終了した後、王太子となった殿下が寝室に引き取られたところを私はちゃんと見ていた。
なのに、朝になったらいらっしゃらないのだ。
愕然とした。
すぐにあの声と結びつけたのは、当然だったろう。
あの声が、噂の、ルイジアナに幽閉されていた魔術師のものであるのならば、その矛先がまずどこに向かうのかは明白だ。
王家の人間に刃は向かうだろう。
そして殿下は王太子だ。
魔術師の復讐の矛先が陛下を抜かし、殿下に向かったとしても不思議はないほどに、王太子という地位は玉座に近い。
魔術師に連れ去られたリオン殿下。
私は殿下の運命を思い、そして殿下がいなくなったのちの自分の運命を思って涙を流した。
死んだ王族の側仕えであった侍従の行く先など、決まっている。
縁のある貴族の家に潜り込めれば重畳。潜り込めたとしても殿下に仕えていた頃のような余禄は望めまい。二番目以下の侍従として一生が終わる。社会的な地位の低下も避けられないだろう。
王族、それも王太子の侍従長と、そこらの貴族の侍従では外への「見栄え」も何もかも違う。栄達の道はもう閉ざされてしまったのだ。
暗い未来しか見えずに嘆く私は知らなかった。
殿下が私に一切知らせず独自に王宮内に自分の臣下を作り、情報を集めていた事。
殿下が私を罷免しなかったのはただ単に、幼少時から仕えた私を罷免することへの悪評の配慮と、前王妃との縁故を考慮したがゆえである事。
私がどこの貴族に通じ、誰からどれほどの余禄を貰っていたのかは全て詳細に調べられ、王太子の侍従という要職につけられるような人材を見出せた時にはすぐに罷免させる用意ができていた事を。
私がそれを知るのは数年後のことになる。
殿下は、とうに私を見放していたのだ。
リオンくんの人間不信の一端になった侍従の人。彼が賄賂を貰ってイロイロとリオンの情報を流した結果、見事にリオンの不信を買いました。
リオンは後任が見つかったらさっさと罷免するつもりでしたが、彼にとっては幸運な事に、見つかる前にジョカの正体暴露が来ました。
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