とんとん。
かんてん。
とててとてて。
以上、何の音かというと、ジョカが料理をしている音である。
料理している音にしてはどうも大工の音に似ているが、料理の音である。たぶん。
ジョカが料理をつくる、と聞いてリオンもびっくりしたのだが、ジョカは別に料理ができないわけではなかったらしい。
ただ単に、王宮の厨房で調理された料理をかっぱらった方が美味だし手間も省けるし、というだけで、料理自体はできるようなのだ。
そしてジョカが現在つくっているのは、「久しぶりに食べたくなった」という異国の料理である。
ルイジアナ王宮の厨房では作っていないものなので、ジョカが自分で作るしかないそうなのだ。
時刻はお昼をとうに済ませた午後三時。
小さな小鉢に入れられてそれはでてきた。
見た目は、リオンから見るとこんな感じで非常に悪い。
曇った硝子のような色をした半透明の物体がサイコロ状に切られ、その上に赤土を煮詰めたようなものがかかっている……。
おまけにほのかに生臭い。
「――なんだこれ?」
「あんみつ、というお菓子」
「菓子なのか?」
「ああ」
「生臭いぞ?」
「それは海藻が材料だから。ちょっと磯の匂いがするんだよ」
「海藻? あれって食べられるものなのか?」
この時代、海藻はただ単に捨てられる雑草である。
「食べられるものもあるし、食べちゃいけないものもある。……とりあえず食ってみ。美味いから」
恐る恐る匙をとり、一掬いして口に入れる。
口の中でぷるぷると未知の食感が弾けた。
半透明のサイコロはそれ単独ではほとんど味がしない。食感と匂いだけの物体だがそれに赤茶色をした甘いソースが実に良く合う。
一口目はおっかなびっくりだったが、二口目からは匙が進む進む。
「煮こごりみたいな食感だな! こんなのは初めて食べた」
「美味しいか?」
「うまい。これは海藻でできているのか? どうやって?」
「煮こごりと同じように、物を固める作用のある海藻があって、それを湯で煮溶かすと、これができる。あとはサイコロ状に切るだけな。さっきの大工音は、サイコロ状に切る調理器具をちょっと作ってたんだ」
「この赤茶色のソースは?」
「茹でた小豆(あずき)に砂糖を入れたもの。美味だろう?」
「小豆? へええ……。これがか? 美味しくなるものだな」
リオンは手をつける前、腰がひけていたことなど忘れたようにおかわりまでして食べた。
「ごちそうさま。美味しかった。寒天に味が付いていないぶん、甘味に舌が麻痺することなく食べれてしまう。甘露だな」
「小豆も寒天も体に良いしな。おそまつさまでした」
ジョカは手を合わせた。
「珍しいお菓子を御馳走になった。……これは見た事のない菓子だが、ジョカの故郷の料理なのか?」
そう聞いた瞬間、失敗したと思った。
ジョカの顔に皺が倍増したのだ。
「――私は、まずい事を聞いてしまったか?」
ジョカは渋面を解いて、額に手を当て、息を吐く。
「いや。お前は悪くないんだ。つい故郷の料理を思い出して……」
そんな渋面になるほどの料理だったのだろうか。
そう疑問に思ったのもつかの間、すぐに答えが与えられた。
「いいか、リオン。俺の故郷はな、ものすごおおおおく、メシがまずい!」
「そ、そうか」
「とんでもなく、まずい」
「……そうか」
「生まれた時からその食事だったからなあ、食事っていうのはそんなものだと思っててな。とんでもなかった! 農民が食べる固焼きパンを食べてうまいうまいと泣いたのは魔術師ぐらいだと思うぞ」
ジョカの子ども時代の話を聞くのは初めてのことなので、俄然好奇心がそそられた。
しかも彼は、普通の国の生まれではない。魔術師しかいない魔術師の国で生まれ育った人だ。
魔術師だけの国。そんなお伽話の中の国の文化には非常に興味がある。
「……つまり、他の人もみんな?」
ジョカはしかつめらしい表情でこっくりと頷く。
「俺の故郷――魔術師の国で出されていた食事は、とんっでもなく不味い。そこから一人立ちした魔術師は、市井の料理食うと決まって感動するんだよな。うまいうまいって。これ、俺だけじゃないぞ。同僚と会って食事の話になると、揃いも揃って、『これまで俺たちが食べていたのは何だったんだ』って話になったからな」
食事の恨みは根深かった。
「……そんなにまずかったのなら、作ればよかったのに。魔術師が大勢いたなら材料なんて入手し放題だろうし」
「いいか、リオン。――生まれて一人立ちするまでずうっと同じメシを食っているとな、そういう発想すらなくなるんだ」
「……お、同じ料理を、毎日三回十何年も?」
「そうなんだ」
と、重苦しい表情でジョカは頷く。
想像しただけでもぞっとする話である。
「今から思うと自分で適当に作ればいいって話なんだが、周り全部それで、生まれた時からずっとそれだろう? 食事っていうのは毎回決まったそれを食べるもの、って頭に染みついちまってて、料理をするっていう発想自体がなかったんだよこれが」
「な、何を食べていたんだ?」
「これぐらいの大きさの……」
と、ジョカは両手の親指と人差し指で長方形をつくる。
「板状のもの。固焼きパンを三日放置した後ぐらいに固くてなー。一生懸命噛んで噛みまくって柔らかくなったのを食いちぎってまた噛んで食べてた」
ジョカは思い出したのか、しみじみした口調で言う。
「顎は鍛えられたし、栄養的にも完璧だったとは思う。それしか食べてないのに、誰ひとりとして発育不全とか栄養素のどれかの欠乏症とか出なかったからな。味も……、今から思うと、それほど悪くはなかった、とは思うんだが」
「まずかったんじゃないのか?」
「……物心ついてから一人立ちするまで、ずうっとそれしか食べなかったからな。もう美味いとか不味いとか通り越してるんだ。今味を思い返してみるとそう悪くもないんだが、染みついた印象がとにかくまずい」
劣悪な食生活を語るジョカの口調は、ひどくしみじみとしていた。
もう頭の中のイメージが「まずい」で固定化されているのだろう。
生まれてからずっとそれ一種類しかメニューがなかったのだ。無理もない。
「……まあでも、ちゃんと食えるものを出してくれて栄養過多にも栄養不全にもならなかったんだから、贅沢な文句だけどな」
ジョカはそう言って締めくくった。
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