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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

とある令嬢の話


宮廷の貴婦人の一人称。



 女性にとって、何がいちばん大事なのか知っていて?

 地位? 身分? 血筋?
 いいえそれも確かに大事だけれど、もっと大事なものは他にあるわ。

 美しさよ。
 これは貴族の女に限ったことではないわ。
 女性なら誰しも、美しさによって人生は変わるの。農民であっても貴族であってもそこに違いなんてないわ。

 現に、ほら。
 ルイジアナ王宮には、その美しさによって最高の栄冠を勝ち得た方がいらっしゃったじゃないの。

 たかだか中小貴族の娘。
 王宮の侍女と大差ない身分に生まれながら、その美しさによって王妃の位を射止めた御方。
 女としてこれ以上の高みはないところへと、前王妃さまはその美しさひとつで登りつめた。

 ならば私も、と考えるのは当然でしょう。
 宮中で開かれる舞踏会で、その美しさで王族の方々の目にとまれば、中小貴族であろうとも王冠をかぶる妃となれるのよ。

 それに、見てちょうだい。
 前王妃さまが遺された御子であられるリオン殿下の、なんて麗しく聡明で才気あふれていることか。

 純金を紡いだような金の髪。空を映したようなアイスブルーの瞳。
 どんな彫刻家が彫った像よりも麗しいあの御顔。
 優雅でいて身のこなしは俊敏で、武芸の腕もかなりのものと聞くし、頭脳も明晰で、本当にこんな方が現実にいていいのかしらと思うほど、まるで非の打ちどころのない男性だった。

 あの御方の心を射止めることができれば、前王妃さまと同じく王妃となることも可能だわ。
 そうでなくとも、女として、一度でいいから関係を持ちたい御方よね。あの美しいかんばせでわたくしに愛の言葉を囁いてくださるところを想像するだけで夢のようだわ。

 殿下はお美しすぎて冷たさを感じさせるほど整ったご容姿でいらっしゃる。あの美しいお顔が恋情に染まる時は果たしてあるのかしら?
 いつか、あの殿下も、頬を上気させ、どなたか一人のご令嬢に恋の眼差しを捧げる日が、来るのかしら。

 殿下にそんな眼差しを注がれたら、どんなに幸せな心地になるでしょう。損得抜きで女なら、あの御方の心が欲しい、恋をしてみたいと思わせる御方だもの。

 もし殿下のお心をつかむことができ、殿下の寵愛を受ければ、王妃までは望めなくとも、愛妾としてでも十分な出世。
 王太子の愛妾は、いずれ国王の愛妾となるのですもの。

 もちろんそう思っているのは私だけではないわ。
 王宮に住む女なら、誰もが一度は願う夢だもの。

 殿下の御心を射止めるために、ありとあらゆることをしたわ。
 偶然を装って殿下の歩む道筋に姿を現したし、殿下に何通もの恋文をお送りしたし、舞踏会では出来る限り近くにいてお話する機会をうかがったわ。

 でも、それは他の方もやっていたこと。殿下は私という存在がいた事自体、気がつかれていたかどうか。

 わたくしの精一杯の装いも、しょせんは伯爵令嬢のもの。侯爵家以上の方々のまるで宝石をちりばめたような装いには敵わない。
 容姿もそう。
 地方では美しいとたたえられるわたくしも、百花繚乱の王宮の舞踏会においてはありふれた花の一つでしかなかったわ。

 王宮においてさえ際立った花の方々が揃ってリオン殿下に集まるなか、わたくしは外巻きにしているのが精々だった。

 夢は夢だから美しいの。
 少しの慰めは、リオン殿下に秋波を送る貴婦人はたくさんいたけれど、あの御方は誰の手も取ることはなかったということかしら。

 リオン殿下は女性にお優しい御方だけれど、あの方の視線が向けられると、皆どうしてか怯んでしまうの。

 微笑んでいるけど笑っていない。
 あの紺碧の瞳の奥に、そんな気配を感じてしまうのよ。
 私も女ですもの。その視線の意味に気づくのは難しくなかったわ。
 女同士、頻繁にかわしあっている目ですもの。
 値踏みの目線。

 リオン殿下はわたくしたちの何かを値踏みされていた。
 容姿かしら、機知かしら、教養かしら?
 いいえ、そのすべてね、きっと。

 何人もの美貌の、才媛の、と謳われた令嬢が殿下に近づいたけれど、優しく微笑まれてさり気なくかわされてばかり。
 やがて私も諦めたわ。
 元々が手の届くはずもない高嶺の花。
 いつかリオン殿下は御身分が釣り合われた御方とご結婚されるでしょう。

 私にとってリオン殿下は見果てぬ夢の御方で、それでいいと思いつつ、同じようにリオン殿下の関心を得ようと競って諦めた令嬢たちと一緒に外巻きに見ていたわ。

 リオン殿下がお選びになる御方は諸外国の姫君か、あるいは王国内の高位貴族の令嬢か。
 非の打ちどころのない殿下が選ばれる方は、非の打ちどころのない令嬢であってほしい――というのは、意地悪な考えかしら。いいえ、普通の思いだと思うわ。

 その思いは、魔術師が解放されたあの日に粉々になってしまったけれど。

 リオン殿下の代わりに世継ぎの王子となったのは、第二殿下のルーイン殿下。
 陛下はいまだリオン殿下を廃嫡はしておられないけれど、殿下が王宮から去られて時が過ぎ、季節が移ろうにつれ、王宮にいるたったひとりの王子は世継ぎの王子として扱われるようになったわ。
 果たしてこの殿下でだいじょうぶかというのは、王宮内に薄靄のように漂っている思いで、誰もが思っていたことだったでしょう。

 ルーイン殿下にとっては、お可哀想なこと。
 どの国でも同じように、一番目と二番目との間に存在する埋めることのできない深い溝。
 万人が認める完璧な第一王子がいて、その影で注目されず、けれどその分平和にひっそりと暮らしていたルーイン殿下は、突然注目を集める世継ぎの王子となられた。

 幸せかしら? きっと、そうではないでしょうね。
 普通ならばなんて幸運と思うでしょうけれど、気弱な殿下の気性では、それは無理。

 なまじ、リオン殿下が完璧な御方であっただけに、ね。
 まだ六歳としても気弱でおどおどとしたところが目につくルーイン殿下を、比較してしまう人は多かったのよ。

 それでもリオン殿下がいない以上、選択肢はないのですもの。
 ルーイン殿下を世継ぎの王子に、という動きは急速に高まったわ。

 何と言っても王宮に他に王子はいらっしゃらない。担ごうにも愛妾の産んだお子様すらもいらっしゃらない現状では、対抗馬の立てようがなかったのですもの。

 宮廷の人々は競ってこれまで馬鹿にしていたルーイン殿下に群がったし、それは女たちも同じ。
 ルーイン殿下はいまだ六歳。愛妾や恋人の地位を、という年齢ではないけれど、それでも次期国王の幼いころから親しくしていたともなれば、様々な余禄が期待できるもの。

 ああ、私はその中には加わらなかったわ。
 だって、その頃にはわたくしには、縁談が決まっていたんですもの。

 貴族の娘の結婚適齢期は、初潮が来てから二十歳ごろまで。
 リオン殿下の目に留まる可能性がない、と父が私の可能性を見極めてすぐに縁談の準備に入り、候補者を選んで見合いの相手が決まり、そして結婚が決まった。

 お相手は自分と同格の伯爵家の嫡子。
 嫡子に嫁げるのは運が良かったわ。お人柄は見合いの時に会っただけだからわからないけれど、貴族の結婚なんてそんなもの。

 生まれた直後の婚約ですら珍しくないのですもの、むしろ顔だけでも拝見したことがあって少しとはいえ言葉を交わしたことのある私は、いい方に入るわね。

 父が決めてきた嫁ぎ先はルイジアナ国内ではなく、川向こうの、王妃さまの生国のベルモント王国。
 昨今では、こうして他国と縁つづきになろうという動きが強まっているわ。

 かつてはまったく逆であったのに……。
 ルイジアナは選ばれし国。神の恩寵深い国として、どこか他国を馬鹿にして王国内で婚姻を結ぶ風潮があったというのに、今では逆。

 あの日、あの魔術師の宣言のおかげで、貴族たちは他国に縁を作ろうという動きが活発になっているの。
 ――いざというとき、逃げ出す先を作るために。

 今のルイジアナは穴のあいた船と同じ。
 そして私も、リオン殿下のいないルイジアナ王宮にとどまる意味を、見つけられなかった。



 婚姻の旅支度をしている今、改めて実感するの。
 今、魔術師の従者として暮らしていらっしゃるリオン殿下。
 舞踏会で、誰もが少しでも近付こうと懸命になっていた「輝ける王子」。

 ろくに言葉を交わしたこともなく。
 あの御方が私を憶えていらっしゃられるかどうかもわからないけれど。

 宮中でどこにいても輝くあの御方を遠くから見ていた、あれが、わたくしの初恋であったのでしょう。




リオンにとっての彼女→顔も名前も知っているけどそれだけ。特に悪意も好意も抱いていない。

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Date:2015/11/14
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