自分の愛する人が他人に触れたら、どう思う?
「いや、別に何とも思わないが」
バッサリといつものように冷然と言ったのはリオンである。
椅子に腰掛けて手には本を持ち、視線はそちらに向いている。
カケラもこの話題に興味がないのは姿勢からも丸わかりだった。
「……なんで? 俺が浮気するの、イヤじゃないのか?」
「遊び女と遊ぶのが、浮気に入るのか?」
「……は?」
リオンは本に目を落としたまま言った。
「あなたが私を愛しているのは知っている。でもあなたは男で、女好きだ。時々つまみ食いしたくなる時もあるだろう」
「……。…………。」
「あなたに言いたいことはひとつだ。つまみ食いするのなら後腐れのない女を選んでくれ。以上」
「――ちょっと待て。嫌じゃないのか?」
リオンはそこでやっと本を諦める気になったらしい。
眩しいほどの金髪の美少年は顔を上げ、まさしく天使のような笑みを向けた。
「遊びなら。少しでも私と天秤にかけてみろ。殺す」
「――こ、こええええ!」
「私は特に他の人間が欲しいとは思わないが――、男の心と体は別物だからな。いつも同じ料理だと、飽きて別の料理が食べたくなる時だってあるだろう」
「お、おれはお前の事好きだからそんなことしないよ!」
「と、女好きの男が言ってもな……」
ふう、とリオンはわざとらしく遠くを見て、ため息をつく。
大いに自覚のあるジョカはひるんだ。
「う……」
「気にしないとは言っても快くはないから、バレないように気を使ってくれ。あなたなら簡単だろう」
「……そう言われると、無茶苦茶不安になるんですがリオンさん! 浮気してもバレなきゃいいとか思ってないですよね!」
リオンはジョカを見て――ふっと、アワレミの眼差しになった。
「ルイジアナで、あなたにバレずに浮気できる人間がいると思うのか?」
「だってリオンだし!」
というジョカの絶叫は、リオンを知る多くの人間にとっては頷けるものだったがリオンには笑止である。
魔術師の目と耳がいかに広範囲にわたっているか、一番に知っているのはリオンである。
いやまあやろうと思えばできるが。
「どういう信頼だそれは。大体毎晩あれだけ絞り取られてて浮気できる余地があると思うのか」
「そ、それはそうだけど……」
「まあ、何かの拍子でつまみ食いぐらいはするかもしれないが」
「……やっぱするのかよ」
大抵の男と同じく、リオンにとっても行きずりの女性と一晩ともにするのは「浮気」ではなく単なるつまみ食いという認識である。
リオンは面白がっている表情でジョカを見やった。
「あなたが嫌だ、やめてくれと言うのならやらないが?」
「う……」
ジョカは頭を抱えてうんうん唸りはじめた。
本来は、ここで嫌だやらないでくれ、というだけで済む話なのだ。
リオンはそういうところでは素直だし約束を守るので、ジョカが嫌だ、といえば頷いて従うだろう。
常識的にも、恋人に他の人間と肉体関係を持たないでほしいというのはごく普通のお願いである。
それがなかなかできないのは――ジョカが、魔法使いであるからだった。
「イヤなのでやらないでください」
と言えば済む話なのだ。ほんとうに。
リオンは約束は守る人間なので(ジョカとは違って)、守ってくれるだろう。
でも……でもだ。
果たして、ジョカはそこまでリオンを縛っていいものだろうか。
こう言っては何だが、ジョカはリオンほど魅力的な人間を知らない。
恋愛フィルターは過大にかかっているにせよ、リオンは滅多にいないほど、魅力あふれる人間であることは間違いないだろう。
リオンの性格からして男は論外としても、女性なら抱けるだろう。
美形で金持ってて頭も良くて女性に優しい(その分見下しているが)。
これで女にもてないはずがない。
リオンが寝台で女性と睦み合っているところを想像すると、胃が消化不良を起こして重くなる。
理屈抜きでイヤなんである。
いい子なら許せる、なんて話ではない。ジョカがリオンに向けているものは、そんな生易しい感情ではない。
どんなに気立てが良くて素敵な女性でも、リオンとそういう事をするというだけで嫌いだ。
それならそれで、そう言えばいい。
リオンは約束してくれるだろう。
この美しい顔で、うっとりするような微笑みで、頷いて約束してくれるだろう。
でも――でもだ。
でも、でも、でもだ。
ここで約束をしたら、リオンは律義だから守ってしまうだろう。
そうなったらリオンがまっとうな道に戻る機会を潰してしまうという事で……、同性愛なんて不毛で不健全で将来性もなくて、戻れるのならそれに越したことはなく、いや浮気してほしいわけじゃないけれども、戻るのならそれに越したことはないわけで――。
戻れるけど戻らない、のと、約束で縛られていて戻れない、のとは大きな違いだ。
別に捨てられたいわけじゃないのだが、さりとて輝くように若いリオンを、この先何十年も自分に縛り付けるのもどうかと思ってしまう。
同性愛なんて、不毛なのだから。
結局、ジョカは沈黙するしかなく、リオンはそんなジョカをやれやれという表情で見ていた。
――俺以外の人間とそういうことをしないで。
そんな当たり前の一言が言えないのが、魔術師というものだった。
相変わらず、自分が魔術師で同性愛ということに滅茶苦茶引け目を感じているジョカでした。
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