リオンは美人である。
自他共に認めるリオンの一番の崇拝者であるジョカとしては、特に寝顔がとびきりだと力説したい。しないが。
普段のリオンはきりりとしている。
凛として一本筋が通っている感じ――と言えば聞こえがいいが、性格のキツさが顔にも出ているタイプなのだ。
もちろんそういうリオンがジョカは大好きだけれども、寝顔だとそういう険の強さがごっそり取れてなくなる。
無邪気、といってもいいぐらいの顔ですやすや眠る寝顔は、何度見ても飽きることがない。
柔らかな頬の稜線をつんつんとつついてプニプニしたくなる。
起きてしまうからしないけれど。
無防備に目を閉じ――ちなみに目を閉じるとリオンの睫毛の長い事がよくわかる――枕に頭を預け、金の髪が白い布地の上に散っている様は、眼福、である。
美人だなあ、と、ジョカはその日もリオンを鑑賞していた。にやにやと不気味な笑みを浮かべながら。
熟睡する美少年を枕元から覗きこみ、にやにやしている青年。
不気味である。
非常に不気味である。
リオンが起きていたら即座にやめろというのは間違いない、いや諦めて嘆息一つで済ませるかもしれないが。
それにしても、リオンは本当に美人さんである。
目鼻立ちもすっと通っていて、眉の形も鼻梁の形もいい。
唇は薄いけれど、これはこれでちょうどいいバランスである。男なのに女性のぽってりした唇だと結構不幸だし。
白い肌はシミもアバタもなく綺麗だし、金髪の色合いも非常に美しい。
この年頃の白人で懸案の吹き出物も、リオンの顔には一つもない。
できたとしてもジョカが治してしまうけど。
そして数年後から懸案となるかもしれない金髪男性の深刻な悩みである頭髪の不足については、今から手を打っておくことにする。
頭髪不足のリオンなんて誰が見たいのか。ああいやもちろんジョカはリオンがどんな姿になっても愛せる自信があるが、ソレとコレは別問題である。
今はふさふさしているこの頭が、額の面積が膨張して頭頂部に僅かな名残があるだけになってしまったら、うんまあなんというかやはり寂しいではないか。
もちろん愛せるけど!
頭髪不足は壮年の男性の間では非常に深刻な悩みで、怪しげな飲み薬だの生え薬だのが流通しているが、ジョカにしてみればどれもこれも効果はなく、百害あって一利なしのものばかりだ。
リオンは密かに自分の祖先の肖像画を見て普段から摂生と運動に励んでいるが、それが正しい。
若い頃からの正しい食生活と運動のみが、毛根の寿命を延ばすにたるのである。
……正しい食生活と運動をしていても若ハゲる人間はハゲるものだが、それはそれ。数年の延命効果はあったはずである。
ちなみにリオンの毛根については絶対に大丈夫である。ジョカがこっそり(勝手に)リオンの毛根に魔法をかけたからだ。
リオンが五十になっても六十になってもふさふさである未来は保障された。
そういうジョカはどうなのかというと、魔術師は一定の年齢から先は加齢しないので、若ハゲる人間以外は大丈夫なのだ。
……若ハゲる人間以外は。
そう、魔術師の中にもたまーに若くしてハゲてしまう人間がいるのだ。
およそ、魔術師の加齢が止まるのは三十代半ば。(ジョカは例外)
……うん、まあ、何というか、その位の年齢で既にアレしている人も、中にはいる。
魔術師仲間たちも、あまりに気の毒すぎて、声がかけられなかったものである。
不老の体で、なぜよりによって若ハゲ。
魔法で解決すればいいじゃない、というかもしれないが、魔法は、「毛根を保護する」のには使えても、「死んでしまった毛根を蘇らせる」ことはできないのである。
死んでしまった毛根が蘇るのなら、死者だって蘇らせられる。
問題の深刻度が違いすぎる気もするが、そういうものなのである。
閑話休題。
ジョカは生贄の美少年……ならぬ傲岸不遜なご主人様を眺めていた。
にまにまとリオンを眺めているジョカの脳内思考はこんなものである。
こんな美人さんが俺の事好きだって言ってくれるんだー、幸せだなー。幸せすぎて怖いぐらいだなー。あー可愛いなあ!
幸せに浸っていると、不気味な空気を察したのか、リオンが起きた。
長い金色の睫毛が震え、持ちあがり、ゆっくりとその下の青い瞳がのぞく。
この瞬間も、ジョカのお気に入りだ。
起きぬけのリオンは頭がぼんやりしていて、表情もぼんやりしている。
リオンの表情にいつもある、芯の強さと言えば聞こえはいいが、きつさがないのだ。
……念の為繰り返すがジョカはリオンの性格も嫌いではない。大好きである。あの傲岸不遜な、恋人にも容赦ない性格を含めて愛している。
ときどき泣きたくなるほどヒドいが、そういうところもリオンの魅力だと思っている。
ただ、ただ!
ほんの寝起きの数秒だけ垣間見える幼い仕草とか、あどけない表情などにココロを震わせて感動してしまうだけなのである。
普段が普段なだけに。
そう、いわゆるギャップ萌え、というやつであった。
普段が普段であるだけに。
「……ん、ジョカ?」
「おはよう。食事にするか?」
「……眠い……おやすみ……」
と、再び目蓋を下ろして眠ってしまった。
この瞬間のジョカの脳内思考を表記すればこんな感じである。
可愛いなあ! 可愛いなあ! めんこいなあ! ああ食べちゃいたい!
食べてしまいたいのは山々だが、さすがにそれはまずいだろう。いや味の方は美味しいことは知っているけれど、倫理的に。
ジョカはリオンを大切だと認めてからは、寝ている間にコトを始めたことはない。やっぱりまずいよなあ、という気分が拭えないのだ。
相手を対等な人間と認めるのなら、いくら恋人であっても相手の了解を得ずに始めるのはよくない。
うむ。
よって、今日も幸せに平和にジョカはリオンの寝顔を堪能するのであった。
余談であるが。
起床時間が逆転してリオンの方が先に目覚めた時は、立場もそっくりそのまま逆転していることを、ジョカは知らない。
タイトルを「魔術師の悲嘆~若ハゲとの戦い~」にしようかとちょっと迷った今回。
決して某国の王子様を想像しないでください。
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