最近ジョカは、怪しげな薬を(またも)作っている。
以前ひどい目にあったリオンとしてはそんな怪しいにもほどがあるものを作るなと言いたい。心から。
なので、濁った青色の鍋をかきまぜているジョカに、リオンは苦言を呈した。
「今度は何をつくっているんだ? また傍迷惑な薬か?」
しかし、ジョカはにやりと笑って、
「魔法使いの作る魔法薬……どんなものができるのか、リオンだって興味あるよな?」
ここでリオンはちょっと考えた。
まあ以前の薬ではヒドイ目にあいもしたが、いい目もみた。
差し引き収支でいえば、ほぼゼロといっていい。
ジョカの女性版は可愛かった……。
ついでに久しぶりに女性を抱いて、まあ気持ちよかったとも言っておこう。
それに、魔法使いの作る薬は、童話でも定番だ。
どんな薬ができあがってくるのか、興味がないといえば嘘になる。
ジョカの事だ。まかり間違ってもリオンに害を及ぼすような薬は作らないだろう。
リオンはやや態度を軟化させてたずねた。
「どんな薬を作っているんだ?」
「うーんそれが……、なかなかうまくいかないんだよな。成功したら教えるってことで」
「そんなに難しいのか?」
「俺がこの薬を最後に作ったのって、三百年以上前だからな。魔術師の国で、実習として作ったきりだ」
実習。
つまり。
リオンは想像して――げんなりしてしまった。
ジョカひとりでももてあますのに、そういう魔術師(の卵)が集まって揃いも揃って怪しい魔法薬をぐるぐる鍋をかき混ぜて作っていたのかと思うと、恐ろしい。
「……魔術師たちが集団でそういう怪しげな薬をつくる練習をしてたわけか。怖い光景だな」
「怪しい薬ではあるけど、面白い薬でもあるんだぞー」
「へえ……」
「怖い薬ではあるけど」
「……やっぱり怪しくて怖いんじゃないか」
「んー。まあ。使いようによっては。それはなんだって同じだろ? 要は使いようだって」
「まあ確かにな」
この間の薬だって、使いようによっては怖い。いくらだって悪用できる代物だ。
眼前で繰り広げられている、ジョカが怪しげな色の鍋をぐるぐる回している姿といったら怪しさ満載で、なのに、どこかで見たことのある光景である。
どこで見たのだろうかと、リオンはしばし考えて見出した。
――おとぎ話の絵本で、怪しげな魔女が鍋をかきまぜているシーンにそっくりなのである。
「魔術師の国では、みんなそういう怪しい薬を作る練習をするのか?」
「怪しい薬って……確かに怪しいけどさあ。魔法だと微妙に影響を及ぼしづらい部分に働きかけたり、魔法を移動できたりするから便利なんだぞ」
「魔法を移動? ……ああ、なるほどな」
ジョカは地上最後の魔術師だ。他の人間は魔法を使えない。
だが、薬は薬だ。
飲めば効果がでる。その場にジョカがいなくても。
ジョカが怪しげな効果をつけた薬を誰かに渡せば、その誰かはジョカのいない場所でも魔法的効果を発現できるわけだ。
「思いっきり悪用されそうだな……」
「実はそうなんだ」
「やっぱりか」
「だから、魔法薬が作れること自体言わない。俺もほんと久しぶりに作ったんだよ」
「ああ……あの頃は、命じられたら作らなきゃいけないものな。そんなものが作れるなんて言わないで、素振りもみせずにいたわけか」
幽閉されていたころ、王族にそれが知られていれば、危険この上なかっただろう。
「ジョカ。聞きたくないような、聞きたいようなことがあるんだが……」
「予測はつくけど言ってみろ」
「どんな魔法薬が作れるんだ?」
「基本的に、魔法を薬に溶かし込むものだから、使える魔法と同様の効果のものになる。薬、という形態だから、どうしても飲んだ人間に何らかの影響を与えるものが多いな」
なるほど、とリオンは頷いて――すぐに首をかしげた。
「んん? じゃあ、どうしてこの間、薬にしたんだ?」
魔法で代用できるのなら、薬にした意味がない。あの状況では、持ち運び可能などの薬にする利点もなかった。
「変化の魔法は、基本的に魔法使い本人にしか使えないんだ」
「……ほーお」
「リオンさん、怖いです! 眼が!」
「つまりなんだ? 魔法使いは、ころころ性別を変えることが可能ってことか?」
「………………可能か不可能かでいえば可能ということになりますです、はい」
「つまり、あなたは女性にいつでも変化が可能、と」
「眼差しが怖い! なぶるような目が怖い! 値踏みしている目が怖い! 視線で膾(なます)にされてる気分!」
「まあ、あなたが女性になってもアレだしな……」
リオンは意外にもあっさり引いた。
想像してみて、想像できなかったのだ。
一時のお遊びならともかく、永続的に女性になったジョカと一緒に暮らす生活というのが。
リオンは筋金入りの男女差別主義者なので、女性を対等に見たことなど、一度たりともない。
そして、今二人の関係は対等であるといっていい。
ジョカは遥か年上の魔術師で、本来ならリオンはそれが許される立場ではないのだ。ジョカがリオンにベタ惚れで譲ってくれているからこそ、対等でいられるだけで。
今のこの関係はジョカがリオンに「負けてくれている」からだと、ちゃんとリオンは知っていた。
その彼が女性になったら、はて、どのように扱えばいいのだろうか、という問題があるのだ。
今まで通り、にできるほどリオンは器用ではない。
女性はか弱いもの。守るべきもの。庇護するべきもの。
そういう意識が働いて、どうしても騎士道精神が発揮されてしまう。
これはリオンが偏狭とはいえない。
実際の話、煮ても焼いても食えない男が、可憐な年下(に見える)の少女の姿になって、同様の扱いができる男というのはまずいない。
男同士だからこそ遠慮なく直截的な物言いもできるし、バッサリ切って落とすような舌鋒もふるえるのだ。
同じことを女性に言うなんてもってのほかだ。
やんわりとした嫌味をオブラートにくるんで言うことはあっても、強い言葉を直接ぶつけるのははばかられた。
「それで、何の薬を作ってるんだ?」
「んー……。ちょっとなあ、三百年ぶりだから、失敗ばっかりで、成功しないんだよな。腕が鈍った。出来上がったら言うよ。大言吐いて、出来なかったらみっともないことこの上ないから」
「わかった。出来たら教えてくれ」
――その言葉を、リオンはすぐに後悔することになった。
次の日の朝、目が覚めたら彼は、にゅるんと長い、鱗のある生物になっていたのだ。
しばしリオンは自分の体を見下ろし、それがまぎれもなく「蛇」と呼ばれる生物であるという結論に達すると、もう一度目を閉じて眠りにつくことにした。
もう一度眠って起きたら、すべては夢ということにならないかと期待しながら。
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