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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

怪しい薬にご用心 2


 リオンは目覚めた。
 ……やはり、蛇である。
 事態に進展はなく、リオンは変わらず、蛇のままだった。

 大きさは大人の男の掌ぐらいの、小さな青緑色の蛇である。

 一体どうしてこんなことに……と悩むまでもなく、心当たりはジョカの怪しい薬しかない。
 ジョカは鍋をかき混ぜていた。
 そして、リオンはその側にいた。
 鍋の表面はぐつぐつと煮立っていた。

 薬の成分が、揮発するなりなんなりして、鍋の側にいたリオンに入ったのではないだろうか。
 ジョカは失敗を繰り返している、と言っていた。
 実際、ここしばらく毎日のように鍋をぐるぐるしている。
 そして、その成分は、おそらく本当に微量だろうが、リオンの中に呼吸とともに入り込んでいた。
 ここ数日の間にわたって、だ。

 それ単独では無害な成分も、他の成分と結びついて有害になることがある。
 リオンが取り込んだ、本当に微量のはずの成分が、数日間続けて摂取することでとんでもない相互作用が起き、それによってこんなことになったのではないだろうか――。

 リオンは大混乱の極みになったが、それでも本当には焦ってはいなかった。
 ジョカがいるのだ。ジョカに頼れば何とかなるだろう。それにそもそもリオンがこうなったのは、ジョカのせいである。責任取って元に戻してもらうのは当然だ。

 そんなわけで、現在、リオンは壁を這っていた。
 よくトカゲが壁を這うが、蛇にも似たようなことができるようだ。
 リオンのこの体が軽いせいもあるだろうが。
 細長い体の側稜(そくりょう)を洞窟の壁の凹凸に引っ掛けるようにして、ぐねぐねと登っていくのはなかなかにダイナミックで面白かった。

 蛇の体は実に柔らかい。いや、柔らかいというのは語弊があるかもしれない。蛇の体は頭から尻尾まで無数の関節が連なった一本の骨がずどんと貫いていて、細長い体すべてが関節であり、それが実に柔軟に開くのだ。

 側面の鱗に凹凸を引っ掛けるようにして壁を這い、腹部の筋肉を使って床を這い、狭い洞窟内の、食卓のある最初の部屋に辿りついた。
 ジョカと二人で眠る寝台があるところだ。

 そこで、ジョカは寝台の上にいるようだ。
 しかし。
 まず声をあげようとして、上げられないことに気づく。

 ――蛇は、発声器官がないんだな。

 蛇には声帯がない。
 おまけに視界もかなりぼんやりしていて暗い。
 なのに、熱源(人)がどこにあるのかはよくわかるのだ。

 リオンは知らなかったが、蛇にはピット器官という天然の熱源感知器がある。
 これはきわめて優秀な探知センサーで、人が多い都市部ならともかく、ジョカとリオンが暮らしているような人の少ない洞窟では、間違いようもなかった。

 しかし、その代わりヘビは視力も退化している。
 ヘビの目がぎょろんと露出していることからもわかるように退化しきって視力がないわけではないのだが、薄ぼんやりした視界なのだ。
 視野が狭く、そして前方の一部しか見えない。

 そして、ヘビには聴覚もない。
 空中を伝わる音が聞こえないのだ。

 リオンは蛇の体の機能に驚きながらも、うねうねと床を這ってジョカに近づく。
 そして、気が付いた。
 熱源は一つではなく、二つだった。
 人間はひとりではなく、二人いた。

 ジョカがいて、そしてその隣に、リオンがいた。

 ジョカは優しいという言葉を具現化したような顔で、リオンを撫でている。
 蛇の体になっているリオンではなく、人間の、すやすや眠っているリオンを、だ。

 リオンはぱかりと口を開けた。
 蛇なので物凄く大きく開いた。

 ――ナンダコレは。

 リオンはここに、こうしているのに、どうしてそこに、自分が。
 そう考えて、答えを見出す。

 ――魂。
 そう、ジョカは言っていたではないか。魂は存在すると。
 リオンが丸ごと蛇に変身したのではなく、リオンの体から魂が抜け出て、それがたまたま近くにいた蛇に入ったのか。

 リオンはどうしようかと思ったが、当初の予定通りジョカに近づいていく。

「シュシュッ」
 リオンが今出せる声といったら、息を鋭く吐くことで出るこの音しかない。
 幸いにして深閑な洞窟の中だ。

 音は意外に大きく響いて、ジョカはリオンを見た。
 そのとき、リオンは寝台近くの床を這っていた。
 ジョカからはほんの数歩の距離だ。

「へび? どっから紛れ込んだんだ?」
 ジョカが何か言ったが、蛇のリオンにはわからない。
 何か言ったことはわかるのだ。蛇の体は敏感で、音の振動を大地につけた体全体で聞き取る。だが、音は聞き取れない。

 それに対してリオンは、
「シュッシュッ」
 という音しか出せない。

「んー、……子蛇だな。でも毒蛇かもしれんし、始末しとくか」
 ジョカが魔法を使い、蛇の体が持ち上げられる。
 そして、そのまま入口へと運ばれた。

 洞窟の入口の外は、絶壁の真白い雪肌が広がる。
 ジョカの意図は明らかだった。
 自分たちの住まいに入り込んだ蛇(毒蛇かも?)を、外に放り出して始末しようというのだ。
 ジョカの過保護ぶりを思えば、見逃すという選択肢はありえない。

 ――そんな!
 ――ジョカ! 私がわからないのか!

「シュッシュシュッ!」
 必死に抗議するが、ちっとも効果はない。宙吊りになったまま必死に身をくねらせても逆にかえってジョカの嫌悪をさそったようで、顔がしかめられる。

 ふよふよと空中を運ばれ、そして。
 断崖に落とされた。

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Date:2015/11/16
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