児童の性産業の参加に肯定的な人間が主役ですが、決して作者が賛成しているということではありません。
伯爵家の一室に、怒鳴り声が響いた。
「もう困ったものですよ! 若君に少しは女性に興味を持っていただかないことには、お世継ぎがおらずにこの家は断絶してしまいます!」
「ははは。女なんて冗談じゃない。親戚から手ごろな相手を養子に貰えばいいだけの話じゃないか」
「そんな夢見話をおっしゃって! そんな都合のいい養子にとれる子が一体どこにいますかっ」
養子をとると簡単に言ってくれるが、話は多少どころでなく難しい。
「親戚の皆々様に、ちょうどいい年頃のお子さまはいらっしゃいませんよ! いらっしゃったとしても、若君のところに養子に出すなんて真っ平御免、と言われるのがオチです!」
「おおー、私の趣味についてはみんな知ってるからなあ」
「ええ! 若君の『稚児趣味』! についてはもう親戚中周知の事実でございますよ!」
ぷんぷんと叱りつける、骨太で近頃肥満が悩みの種の四十代の女性は、彼にとって身近に置く唯一の女である。
伯爵家当主である彼に他の人間がこんな口をきいたら即刻鞭で殴って放り出すところだが、彼女だけは例外だった。
産褥で亡くなった母にかわって彼に乳を飲ませ、襁褓(むつき)を変え、育てた乳母なので、主従関係とはいえ話し言葉は非常に砕けているし、このような物言いも許す。
「ですからね、一回こっきり、我慢して女性と同衾してみていただければ! それで御子ができればいいじゃないですか。私も金輪際二度とこんなことは申しません。男が好きだろうと幼い男の子が好きだろうと、ご自由になさってくださいませ。ですから、ね?」
「女と寝るなんて死んでも御免だ」
すげなく断ると悲痛な声が響いた。
「わ・か・ぎ・みぃ~っ!」
◆ ◆ ◆
くすくすと、軽やかな笑い声が響く。
変声期前の、少年の声だ。
伯爵は女性が嫌いだが、毛深いごつごつした男も好きではない。
体毛もまだ薄く、骨格もまだしっかりしておらず、滑らかな肌の、男臭さのない相手――つまり少年が好きなのだ。
あまりに幼すぎるのも好みでないが、大体年齢が八歳から十四五歳ぐらいまでが好みだ。
その時期の少年には、男でもなく女でもない、独特の美がある。
微妙な均衡の上に成り立つ一時期だけの美しさが。
一生のうちのほんの一時だけしか成り立たないその美を愛でるのが、伯爵は好きだった。
つい先ほど、その身をかき抱き、深く口づけし、身の内に彼の剛直を受け入れて喘ぎ声をあげていた少年が言う。
「ここまで声が聞こえたよ。ムートさん、また若様に泣きついてたね。あの人も懲りないなあ。若様が女性を相手にすることなんてないって判ればいいのに」
お気に入りの――いや、ついさっきまでお気に入りだった愛人(少年)の言葉に、彼は眉を寄せた。
長年彼に忠実に仕えてくれる乳母を小馬鹿にする口調に、不快さが胸に浮かんだ。
それはあったはずの好意を跡形もなく掻き消していくものだった。
引き波が砂地に書かれた無数の文字を攫っていくように。
よって、口から出た言葉はその内心を映し、冷え切ったものとなった。
「お前ごときが何を言っている」
「――え……若様?」
不安そうに、肌もあらわな姿でしなだれかかる少年を引き剥がす。
「お前に、ムートを蔑む権利があるとでもいうのか」
少年の端正な顔に、困惑と恐怖が浮かび、それはみるみるうちに後者の割合が多くなっていく。
「え、あ、ご、ごめんなさい! ぼ、ぼくそんなつもりじゃ……! ごめんなさい! 謝ります、謝るから……!」
美しい顔に涙が浮かび、転がり落ちる。
必死に取りすがる少年を彼は氷より冷たく言い捨てた。
「五月蠅い。泣きわめくな。女のようで気に障る」
彼はあっけなく興味をなくした少年を執事に申し付けて家から放り出させた。
執事も慣れたこととして異議をはさむことなく、淡々と手順をこなした。
少年には、今までの給金と、わずかばかりの支度金と、これまで与えられていた絹の服とは段違いの服が与えられた。
すがりついて嘆願する少年の言葉には誰も耳を貸さず、すがりついていた手も屈強な従僕にもぎ払われる。
女性ならば愛妾でもそれなりの立場と権利が認められているが、小姓の持つ権利は更に弱い。
ただただ主人の愛情のみが彼らの立場の根拠であり、それが失われた時、持っていた特権も羽が生えたように消え失せるものである。
少年はそれに気付かなかった。
ただ一言の失言によって、凍えることのない暖かな家も美味な食事も贅沢な暮らしも無くした少年は今更ながらにそれを思い知ったが、その時にはすでに遅かった。
◆ ◆ ◆
ルイジアナ王国の譜代の臣、クロード伯爵家の第三十四代当主。
彼の評判は、決して良いものではなかった。
気まぐれ。男好き。少年好き。しかも飽きっぽく、寵愛の対象をころころと変える。
それでもそれが咎められることがなかったのは、彼がルイジアナ王国で数少ない領地持ちの貴族であり自領の民をよく安堵していたこと、愛人となる少年は無理強いではなく金を払って身請けしていたこと、公私のけじめをつけていて、己の愛人にはいくら寵愛しようとも公務への口出しを許さなったためである。
付け足していえば、寵愛の対象が頻繁に変わるため、愛人が寵愛を盾に我が儘を通そうとするほど傲慢になることがない、という事も言える。増長する前にこうして些細なことで切り捨てられるのだから。
翌朝、また一人愛人が捨てられたという話を聞いて、乳母が複雑そうな顔で切り出した。
「若君……。聞きましたよ。またご愛人を変えなすったんですって?」
「ふん。閨の中の睦言を本気にして、自分が偉いとつけあがるような馬鹿はいらないさ」
生まれた時から世話になった、この乳母に対しては彼も心を許している。
信じていいと思える、唯一の女である。
言葉もそれにそぐったものになった。
「その……私への悪口を咎めてって聞きましたが、それぐらいは別にいいんですよ」
「何を言う。乳母であるムートすら馬鹿にするような人間は、家臣に対しても尊大な態度を取るだろう? そんな人間はいらないよ」
愛しているだの好ましいだの、お前の髪が好きだの閨の中ではいろいろ囁いたが、どれも閨の中だけの戯言である。
そんな戯言を本気でとる方が馬鹿なのだ。
大体彼には愛人が常に二三人いる。
本気であればそんなことはしないということぐらい、判れと思う。
彼は閨の中と公務をしっかりと分けるたちであり、愛人に出しゃばることは決して許さない。
それを理解し、謙虚でつつましくしている愛人の中には長く続く者もいる。最長で三年ほどか。
そうした愛人に対しては彼も配慮する。
成長し、彼の好みに合わなくなった愛人に対しては、愛人から家臣の一人へと昇格させていた。愛人生活の間に教育を身に付けさせ、床での奉公のかわりに、昼間の仕事をさせるのだ。
「……はあ。若君は、優しいんだか冷たいんだか、わかりませんねえ」
ふう、と息を吐いて、乳母は話を変えた。
「若様のお好みは、白い肌に金髪の、十五歳ぐらいまでの美少年でしょう。見ていればわかります。それに当てはまるとびっきりの美少女がいるらしいんですよ。まあ平民ですが、ちょっとばかし目をつむって……いざとなれば家格の合うどこかの家に養女に出して正妻にするも良し、愛妾にして子だけ産ませるも良し。一度会ってみていただけませんかね? 会うだけでいいんですよ」
「む……」
庶民が貴族と対等だとは、庶民自身も思っていない封建の世である。
その時代を生きるがちがちの貴族である彼がこんな砕けた物言いを許していることでもわかるように、彼は乳母を信頼していた。
彼は、耳に聞こえのいいことだけしか言わない人間が、自分の事を思いやっていると思うほど子供ではない。
乳母が彼に口うるさいのは、彼女こそが彼を真摯に心配してくれている人間だからだということぐらいは、判っていた。
「そりゃあもう、とんでもない美少女らしいんですよ! 目ん玉がつぶれそうな! 太陽かと思うぐらいの!」
「……ほう、そんなにか?」
乳母の口撃は、彼を思ってのこと。
それを知っていたし、何より再三再四の跡継ぎ要請(結婚要請)に辟易としていた。それほどの美少女だというのなら会ってみてもいいかもしれないと好奇心で心が動いた。
噂は実物の遥か水増しとは言うが、火種のないところに噂は立たないともいうし、期待してもいいかもしれない。
伯爵は乳母以外の女が身近にいることには耐えられない。棒で殴って視界から追放したいという衝動がわきあがるのだ。
だが、それほどの美少女ならば耐えられるかもしれない。
そして本当にそれほどの美少女であるのなら、正妻として娶ってもいい。むろん、白い結婚だが。
妻さえ娶れば、乳母も家臣たちも愛人たちに目くじら立てることはあるまい。
それに妻を娶れば彼の事実に基づいた根も葉もある噂も下火になって、今よりは養子を取りやすくなるだろう。
彼は見合いを了承した。
◆ ◆ ◆
見合いの場所は、王宮に無数にある部屋の一室だった。
ある程度以上の貴族は王宮に出入り自由であるため、こうして会談のときに王宮の一室を借り受けるのはよくあることだった。
小さな中庭に面し、日当たりも良い。さすがに王宮の庭木はよく手入れされている。
伯爵家当主である彼がその部屋についた時、中にはまだ誰も来ていなかった。
テーブルと椅子が用意されていたが、そちらには寄らず、窓際に寄って庭木を眺める。
クロード伯爵家当主である彼は、このルイジアナ王国の中でも上から数えた方が早い地位にあったが、彼はいま、後悔のただ中にあった。
うっかり了承してしまったが、これから女に会うかと思うと気が重いのだ。
彼は女性が大嫌いだった。見るのも嫌なほどだ。
生まれついての性向として、女性より男、それも幼い男の子が好きであったが、それでも大嫌いというほどではなかったし、目の前をうろつかれると問答無用で杖で殴りつけたくなるほどでもなかった。
それがこうまで悪化したのには理由がある。
彼が十七の時のことだ。
良家の跡継ぎとしてよくあることが起きた。
見合い結婚をすることになったのである。
その頃には自分の性癖を理解してはいたものの、女性嫌いとまではいかなかったし、存命であった父――当主の命令である、嫌も応もない。命令されるまま受け入れた。
貴族の家における当主の権限というのは非常に強い。
彼が今、年端のいかない少年ばかりを愛人として囲っていても、表だって誰も文句が言えないくらいに。(乳母のぞく。乳母だけは彼に口厳しいことを言える立場である)。
しかし、そうして会った見合い相手は、頭に花畑ができていた。
貴族同士の結婚である。
子どもさえ作ってしまえば愛人を持とうと自由だし、彼もそれを咎める気はなかった。自分も愛人(もちろん少年の)を持つ気であったし。
ところが、何を思ったのか、彼女は自分の愛人と、結婚前に駆け落ちしてしまったのである。「偽りの結婚なんてできません! 真実の愛を貫きます!」と言って。
見合い結婚で男性側がフられることなど、滅多になかった時代である。
顛末は様々に脚色され誇張されて貴族社会一円に広まった。
それも、女性側に非常に都合のいい、女性好みの「真実の愛を貫く二人」と、「それを阻む悪役の、言語道断の稚児趣味の変態貴族」として。
彼は確かに年若い少年が好きだが、節度は持っている。無理強いしたことなど一度もなく、妾奉公としてちゃんと給金を与え、愛人でいる間は衣食住や望む者には教育も惜しみなく与えているのに、どうしてか夜な夜な民の家から見目良い少年をさらう悪魔ということになっていた。
そしてその結果。
クロード伯爵家に泥を塗った彼女は責められず、被害者であるはずのクロード伯爵家が責められるという状態になってしまったのである。
そして、この事件で自称「元婚約者の友人」から、ヒステリックな集団での糾弾を数回にわたって食らった結果、彼はすっかり世の女性という女性が大嫌いになったのだった。
この顛末は乳母も周囲の者たちも、むろん知っている。
それゆえに彼の男遊びが黙認されている面もあった。
そんな訳で、非常に憂鬱な気分で逃走かここに踏みとどまるべきかと考えていた伯爵だったが、不意に物音が聞こえて顔を上げた。
中庭に面した他の部屋から、誰かが庭に下りてきたのだ。
誰が来たのだろうと顔をそちらに向けて――伯爵は唖然とすることになった。
――まさか、自分が女に目を奪われる日が来るとは、思ってもいなかった。
眩しいほど鮮やかな色合いの金髪に、白い肌。そして雲一つない夏の空を映したような紺碧の瞳。
なるほどなるほど。これは、太陽のようなという形容も似合うとびっきりの美少女である。
伯爵は女性という女性を女というだけで視界から排除できる特技の持ち主であったが(乳母除く)、その特技も今回ばかりは発動しなかった。伯爵本人がその少女を見たいと思っているのだから発動するはずもないが。
子どもの胸までの高さに切り揃えられた生垣の中にいるので、衣装は木々に隠れて良く見えない。
年のころは十ほどか。少々若いが、見合い結婚なのだから歳はさして問題ではない。むしろ、相手が平民で一度養女に出してその家でしばらく貴族教育を受ける必要があるのだから、これぐらい若い方がいい。
数年貴族の淑女としての教育を受けて、その上で結婚式を挙げればいいのだ。
これだけ伯爵の好みをついた容姿なら、女であっても側にいられることに耐えられそうである。
下降していた機嫌が上昇していくのを感じながら、伯爵は機嫌よく硝子越しにその少女を眺めていた。
少女は室内から伯爵が彼女を見ていることに気づいていないようで、中庭をそぞろ歩きしている。
これは、乳母が伯爵に配慮してくれたのかもしれない。
この部屋に彼がいることは乳母はもちろん知っているはずで、見合い前に男が女性の品定めをする機会を持つのはよくあることだ。
伯爵が事前に彼女を見れるように、乳母は彼女を庭へと出したのではないだろうか。
世の男が大抵金髪が好きなように伯爵も金髪が好きで、大抵の男は白い肌が好きなように伯爵も白人が好きで、要は伯爵の好みは多くの男のステロタイプだった。
しかし、実に惜しいのは、彼女の性別である。
これほど好みの顔なのだ。男であれば即手に入れただろう。
伯爵家は富豪であり、彼の裁量で自由にできる金も大きい。親が頷くほどの金を積んででも手に入れたいものだが。
と、そのとき。
眺める視線に気づいたのか、少女は振り返り、そして彼に気づくと一気に表情を固くした。
その、真っ直ぐに射抜くアイスブルーの視線の強さに、伯爵は一瞬たじろぐ。
間をあけず、鞭のような叱声が響いた。
「無礼者!」
こちらに近づいてくる少女の姿を見て、伯爵は勘違いに気づいた。
――少年だ。
そう気づいた瞬間、歓喜で叫びだしそうになった。
いくら好みの顔でも、女性というだけで対象外であったが、男ならば話は違う。
子どもの胸の高さの生垣に隠れてわからなかった衣服は、少女ではなく少年のものだ。
上等な白い絹のブラウスに胸元に小さな青いリボン、そして絹繻子の黒いズボンである。
衣装は一見して極上のもので、貴族の子息に違いない。
いったいどこの家の子どもだろうか。
今も一直線に自分を睨みながら近づいてくる。
気の強さを率直に表した青い目の強さが印象的だった。
ぞくぞくする快感が背中を貫いた。
脈拍が自分でも自覚しないままに上がっていく。
ルイジアナ王家有数の名家の嫡男として生まれ、順当に当主となった彼に、こんな不躾な視線を送ってきた人間は滅多にいない。
少年は許可を求めずに室内に入ってくると、伯爵の真正面に立ち、彼を見上げて誰何する。
「何者か?」
己の優位を信じて疑わない、自然な傲慢さがにじみ出ている立ち居振る舞いだった。
「あ……」
女に会うの嫌さに――もっといえば十年近く経ってもいまだ囁かれる噂を嫌厭して、王宮に顔を出すことをめっきり怠っていたため、彼の顔はその地位の高さに比べ、知られていなかった。
「わ、私はクロード伯爵家当主だ。君はいったいどこの家の人間だ?」
クロード伯爵家は、ルイジアナでも譜代の名家である。
この少年が貴族とは名ばかりの弱小の家であれと願った。そうであれば手に入れることができる。この振る舞いからするとどうやら上級貴族の子息のようで、望み薄だが。
しかし名を問われた少年は予想とは違う反応だった。
少年の額にある二本の金色の筋、くっきりした眉がいぶかしげに寄せられた。
伯爵を見上げながら、小さな体で尊大に言う。
「私を知らないのか」
「あ、ああ」
少年は当たり前のように命じた。
「ひざまずけ」
「ひざまずく?」
馬鹿のように鸚鵡返しにして、はっと気づいた。
貴族に対して拝跪を要求できる人種は、一種類しかいない。
王族だ。
いくら社交界から引きこもっている彼だとて、現在王家に一人の王子がいることは知っていた。正妃が生んだ、正当なる第一王子。
リオン・ラ・ファン・ルイジアナ。
常にいるはずの側仕えの者たちがいないのは不思議だが、この年頃の活発な少年の側に常に人をつけることの難しさはわかる。
恐らくは目を盗んで抜け出し、庭を散策していたのだろう。
振り返ってみれば、伯爵は王子に対して無礼討ちになっても仕方のない態度であった。
魑魅魍魎が跋扈し、多くの人間が足を引っ張りあい、わずかな身振りと態度が『無礼』と断じられ処罰されるルイジアナの上流社会である。
伯爵は慌てて膝を折り、床の上に膝をついた。
「も、申し訳ありませぬ、失礼をいたしました。殿下」
少年は鷹揚に顎を少し引くことによって、無礼を流すという慈悲を示した。
「クロード伯爵……。見ぬ顔だな」
「私事(わたくしごと)にて、当分のあいだ、出仕を控えさせていただいておりますゆえ……」
「そなたの噂、聞いているぞ」
少年の高いキィの声がそう言ったとき、伯爵は息を止めた。
「取り巻きの者共が、申しておった。そなた、婚約者に駆け落ちされたそうだな。駆け落ちなどという家に泥を塗る恥知らずな真似をした女より、そなたの方が悪く言われるとは如何なることだ」
その言葉からは、この少年が伯爵に同情的であることが窺いしれた。
安堵し、止めていた息を吐き出しながら、伯爵は答えた。
「……わたくしにも、わかりませぬ。女によって、わたくしの悪評はすっかり広められておりました」
「ふむ。己の正当性を主張するため、虚偽の噂をばらまいたか。よくあることだ。災難であったな」
――伯爵は黙って深く頭を下げる。
体に痺れのような歓喜の波が走り抜ける。それほど、嬉しかったのだ。
思ってもみなかった言葉を投げかけられ、心が震えているのがわかる。
外見も好みで、しかもこんな言葉をかけられて、久しく絶えてなかった陥穽に落ちそうだった。
恋、という名の。
伯爵は愛人は多くても本気になることは滅多にない。
しかしまずい。
恋をするには、最悪の相手だった。
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