ちゃぽん……という音とともに、水面に波紋ができて広がる。
浴槽の縁に腕をかけ、その腕に頬を乗せて、リオンは目を閉じた。ジョカは先にあがり、浴室内はひとりだ。
ジョカを解放してから、一週間が経った。
毎日最低一回、多い時は三回も湯浴みをしている。すっかり、この浴室にも慣れてしまった。
この一週間、ジョカは外へ行くとき、必ずリオンを連れていく。移動手段は魔法で空を飛んで。行き場所は人跡未踏の地ばかりだ。
ジョカは、全身に太陽を浴びて、自由に世界を飛びまわれる権利を取り戻した喜びを、全身で物語っていた。
リオンも、ジョカに抱えられてではあるが、空を飛ぶのが嫌なはずがない。
一方、隠れ家にいる時は、食事をするか、湯浴みをするか、淫らな行為にふけっているかのどれかという、爛れた生活である。
朝起きてすぐ組み敷かれ、朝食をとり、食事後にまた抱かれ、湯浴みをし、場合によっては浴室の中で貫かれ……。
湯を使うのは多くは性行為の後で、ジョカはきっぱりとのたまった。
「俺は汚いのが嫌いだ」
……そう言えば病み上がりで、まだ回復しきっていない時も、湯浴みをしていた。ジョカは、綺麗好きらしい。
思い出してみれば、あの部屋も衝立だらけで雑然とした雰囲気ではあったが掃除は行き届いていたし、シーツもいつも清潔だ。そういう環境で暮らしてきたリオンとしてもとてもありがたいことだった。
当のリオン本人としては、自分でも少し驚かないでもないのだが、嫌だという感情はない。図太いのか、それとも自分は、自分で思っていたよりよほど、プライドが高いのか。
性行為には、感情を安定させる効果もあると聞く。ジョカは、煮えたぎる憎悪を、そういう形でリオンに注ぎ込んでいるように見える。それは、リオンの本懐でもある。それでジョカが少しでも精神の安らぎを取り戻してくれればいい。
黒ずくめの青年は、長年国のために犠牲になってきた。復讐したいと思うのは当然だろう。だが、リオンはそれをされるととても困るので、何とか思いとどまってほしいから、自分に差し出せるものすべてを差し出すと決めた。
そのせいか、こうして一人になって考えてみても、どうにも傷ついたという印象がない。為すべき当然のことをしているだけ―――本当に、そんな感じだった。
◆ ◆ ◆
リオンが浴室から上がると、ジョカが寝台に腰かけ、手で額を覆っていた。そのままの姿勢で、身じろぎもしない。
「ジョカ……」
荒れ狂う復讐心を、必死でおさえつけているのか。
どんな声をかけるべきか、その優秀な頭で考えても答えは出ないまま、ジョカに近づく。
「―――どうしてだ?」
呻くような声があがった。リオンは聞き返す。
「え?」
「三百年だ! 三百年、俺は苦しみ続けた! あの小さな部屋以外どこにも行けず、孤独に苛まれながら!」
ジョカの顔を下からのぞきこんだリオンは絶句する。
透明な筋が、頬を伝っていた。
ジョカがリオンの腕をとり、寝台に組み伏せる。
馬乗りになりリオンを見下ろして、ジョカは、泣いていた。
「呪いの言葉を、百万もつぶやいた! 歴代の王族にはそれは嫌な奴もいた。そんな極上のロクデナシどもに服従を強いられる屈辱が、わかるか!?」
リオンは―――何も、言えなかった。
彼は人一倍誇り高い。従ういわれある相手に従っても心は痛まないが、(ジョカのように)そうでない、それも人格的には到底尊敬できない相手に屈従を強いられる無念さは、理解できた。
リオンは手を伸ばし、ジョカの頬に添えた。
「……すまなかった……。ほんとうに、どう言っていいのかわからないが、これしか言えない。長い間、苦しめ続けて、すまない……」
ジョカの頬を伝う透明な涙の雫が、リオンの顔に一粒落ちた。
ジョカの顔が下りてきて、唇が重なる。離れて、肩口に顔をうずめた。
リオンが片手でその頭を抱くと、震えるような嗚咽が伝わってきた。
リオンは、ジョカの苦しみを想像しようとして、無理だということに気づく。
リオンは、三百二十年の孤独などわからない。呪わずにはいられない心境も、わからない。まだ十五で人生経験が足りないせいというのもあるが、結局のところ人の苦しみは、本人にしかわからないものだ。
でも、気持ちを寄り添うことはできる。
リオンは強くジョカを抱きしめた。
彼の痛みも苦しみも、受け止めたい。
許されるなら、リオンは、ジョカにとっての救いになりたかった。
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