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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

大人の条件


リオン君の一人称。
リオンから見たジョカです。




 もしこの文を読んでいる方が時間を割いてくれるのならば、しばしの間、未熟だった私の思い出話に付き合っていただけるだろうか。

 ジョカは、優しい人である。
 私は断言する。
 彼ほど優しく、公正で、他人に対し善意で接しようとする人を私は知らない。

 ジョカには、独自のルールがある。
 正確には、ジョカ自身も自分にそんなルールがあるということを明確に言語化して認識しているわけではないだろう。
 かれの内部には極めて明瞭で決して譲れぬルールがあるのだが、それについて無自覚である。

 多くの人がそうであるように、かれもまた、自分自身について意外と知らないのだ。
 そして、多くの人が無自覚のうちに胸の内に自分だけのルールを定めているように、かれもまたそうであった。

 できること、できないこと。
 ゆるせること、ゆるせないこと。
 なにをするか、なにをしないか。

 すべての人間が自分の中に、自分だけのルールを持っている。
 突き詰めて言えば、それこそが個性だ。

 そして、ジョカの中の無数のルールのうち、ひとつについて言及するのならば、彼の厳しくも公正な姿勢について語ることを私は望む。

 ジョカは厳しい人である。
 彼は、私の決断を肩代わりしたり、決断する前に答えを察して有耶無耶にするということをしない。
 かならず、私に決断をさせる。

 たとえ私がその決断から逃げたとしても、逃げた、という行動自体が私の選んだ道となる。
 彼は、私の決断を決して非難しない。逃げようとしたときでさえ止めなかったほどだ。むしろ、逃げるのに進んで手を貸してくれた。
 彼が私に強いたのは、『己で決めること』。それだけだ。

 それが、どれほどつらい決断であろうと、かれは必ず私自身に決めさせた。

 私の決めた道ならば何でも助力してくれる。けれど、『選ぶ道』自体は、私に決めさせる。
 彼の愛は、そういう愛だ。

 人に自分の望む道へ歩んでほしいと願う愛もあるだろう。
 誰かを自分の投影として愛する愛もあるだろう。
 駆ける足を折り、抵抗する腕を折り、鳥籠へ幽閉する愛もあるだろう。

 けれど彼の愛は、私の翼をそのままに、行き先は私に決めさせ、自分はただそれを助ける。そういう立場を己に架していたように思う。
 どれほど私が苦しんでも嫌がっても、選択を彼が肩代わりすることはなく、かならず私に選ばせる。
 そしてそのかわり、どんな選択をしても、私に力を貸す。
 彼の愛は、そういう愛なのだ。

 それについて、彼に聞いてみたことがある。
「あなたは、私なんかよりずっと頭が良くてずっと物知りだろう。私なんかの浅知恵で考えるよりずっと正しい道を知っているだろうに、どうしてそれを私に教えてくれない?」

 その時私は、光の見えない袋小路を、どちらの方角が正しいのかどころかいつか光が射す時が来るのかさえわからぬまま進んでいた時で、彼の助言が喉から手が出るほど欲しい時だった。
 ジョカは、知識は惜しみなく与えてくれたが、逆に言えばそれだけだ。
 どうするのが一番いいのか、『正解』をけっして教えてはくれなかった。

 ジョカは寝台に座って本を読んでいたが、大あくびをして答えた。
「リオン。お前は子どもか?」
「……は?」
「お前は、お前自身のことを大人と思うか子どもだと思うか、どちらだ?」
「私は……」

 その時、私は十五歳。世間では成人とみられる歳であり、私自身、王族で国王以外唯一の成人した直系男子として、立太子を受けた身だった。
 一瞬口籠ったものの、私は答えた。
「私は大人だ」

「だったら、自分で決めろ」
 なげうつような一言だった。
 私はそれを、ぞんざいな、とさえ感じた。
 私が顔を強張らせていると、ジョカは体をねじってこちらを向いた。

「いいかリオン。誰かに言われた通り指示された通りにしか動けない人間は、大人じゃない。人形か子どもだ。お前は人形でもないし、子どもでもない。お前は自分を大人だと言った。俺もそう思う。
自分で自分の選択をすること。そして、その選択に責任を持てること。それができる人間が大人だ。俺はお前が選んだ道なら、いくらだって手伝ってやる。でもな。選ぶこと自体は、お前が、するんだ」

 私は叡智持つ魔術師で万物の知を知る賢者に、訴えた。
「でも……! どうするのが一番いいことなのか、どうするのが一番正しい事なのか、私にはわからない! あなたならわかるだろう!?
 未熟で何もわからない私なんかより、ずっと、ずっと賢い『正解』が、あなたにはわかるじゃないか!」
「わからんなあ。さっぱりわからん」
「え……」

 昂った感情を呑みこみ落ち着かせる湖のような黒い瞳が、私を見ていた。
 私を覗き込むジョカの顔に嘲る色はなく、いたわるような、慰めるような表情が浮かんでいる。

「正解の基準をどこにするかで、正しいかそうでないかは変わる。国のためにどうするのが一番いいのか、って視点に立てば、答えは歴然だ。
――あのまんま、俺をあの牢獄に幽閉し続けるのがいちばんいいに決まってるじゃないか」
「あ……う……」

「でもな。俺は、そんなのが『正解』とは口が裂けても言いたくない。リオンだって言いたくないだろう? これからどうするのが一番いいのか、なんて、俺にだってわかるわけない。お前が考え、お前が選び、お前が決断して進んでいくしかないんだよ」
「でも……あなたなら、『正解』が……わかるだろう?」

「わかるわけないだろう、そんなもの。というより、現実で正解なんてあるのか?」
「……わからないのか?」
「現時点で俺の興味はリオンの幸福にしかない。そのシンプルな観点で見てさえ、どうするのが一番いいのかわからないんだぞ?」

 ジョカは、重さをはかるように掌を上にして、右手を広げた。
「逃げてもリオンは苦しむ」
 もう一方の左手も広げる。
「逃げなくても苦しむ。……ほら。どうすればいいのかわからないだろう? そして、だ」

 ジョカは目を強くして、私を見た。
 弱点を看破し射殺す狩人のような眼差し。
 ジョカの滅多に見ない表情だった。

「リオン。俺は、子どもと恋愛する趣味はない」
「……は?」
「俺は俺に言われるままついて歩く子どもと恋愛するのは願い下げだ」

 私は言われていることを理解して、衝撃を受けた。
 ……ひょっとしたら、このまま涙を流してとりすがれば、私に甘いジョカの事だ。どう進めばいいのか、助言をくれるかもしれない。
 ただし、そうなれば、私はジョカの愛を失う……かもしれない。少なくとも、その危険がある。

 ジョカに言われるまま、選んでもらった道を歩くのは、木偶か子どものすることだ。
 そしてジョカは、そういう人間を恋愛の対象として、己と対等の相手と見る気はないのだ……!

 自分の身に置き換えれば、よくわかる。
 私も、恋愛の対象者にいくつもの条件をつけていた。
 そうでない相手は、対象外として考慮することすらせず切り捨てていた。

 ジョカは目と目を合わせたまま、私をゆっくりと諭した。

「リオン。人間は、自分で正も負も選択して生きて、その選択の責任を負うからこそ、大人といえるんだ。俺はリオンは充分りっぱな大人だと思っている。だからお前と恋愛をしている。俺に言われるがまま生き、選択する痛みも責任も引き受けない子どもとの恋愛など、端から願い下げだ」

 私は、金縛りにあったように身じろぎさえもできずに、ジョカの視線と言葉を受け止めていた。
 ……これまでいつもそうだったように、ジョカの言葉は正しい。

 選択には、痛みがともなう。
 決断するときに切り捨てる、『あり得たかもしれない未来』。
 決断は、常に胸を痛めつける。
 けれども、その選択をジョカに委ねることだけはしてはならないのだ。私がわたしとして生きるためには。
 彼とともにいたいのならば。

 ジョカはその黒蜜を固めたような瞳をふっとなごませると、私の唇との距離をゼロにした。
 かすめるような一瞬のあと、ジョカは囁いた。

「どんな結果になろうが俺はお前を受け止める。
――だから、どう生きるか、それは、お前が決めるんだ」



 それから後、たびたび私は重大な選択に迫られる場面があったが、どの時も、ジョカは私の選択を肩代わりすることも、優しさという名のオブラートにくるんで選択の権利を侵害することもなかった。
 そして、ジョカはいつも選んだあとの私には惜しみない助力を与えてくれた。

 十代のころは正直、どちらに進めばいいのか助言一つくれない彼の態度に腹の立つこともあったが、大人になった私は、そんな彼だからこそ愛しいと思っている。

 厳しくも優しく、公平な人。
 ジョカは、そういう人だ。




本編でもジョカはリオンに必ず「選択」させます。
その点では一切甘やかしません。
選ぶのは常にリオン。その立場を一貫しています。

そういうジョカの心理はどこから来るのか、それを書きました。
ついでに、この時、まだ十五歳のリオンから見ると、まだジョカは「いつも正しい人」です。
一緒に生活をしているとどんどんその認識が崩れていきますが(笑)。

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Date:2015/11/23
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